新古今和歌集の部屋

新古今和歌集序における『歌』の用字による分類 1 素案

前田家本新古今和歌集真名序「新古今和歌集」「夫和謌者」


1 はじめに
 新古今和歌集は後鳥羽院が、源通具、藤原有家、藤原定家、藤原家隆、藤原雅経に「上古以来の和歌を撰進せよ」との勅命により編纂された第八番目の勅撰集である。
 新古今和歌集は、元久二年三月廿六日に奏上し竟宴が行われた。その後九条良経や後鳥羽院の命により切入れや切出しが行われ、承元元年最勝四天王院障子和歌のように後から開催された歌も追加され、その都度清書書写が行われた事から、途中経過のまま流布しいくつもの異本が存在する。そして、承久の変で後鳥羽院は隠岐に流され、新古今和歌集を見直し約四百首を削除した隠岐本まである。
 その後、それらを書写した人々も、他の本と校合したため、歌の出し入れが行われており、過去の研究者は、切入れ切出し歌の有無や識語により、異本系統を明かにしようとしたが、決定打となっていない。

前田家本新古今和歌集真名序「謳哥」

 新古今和歌集の「歌」の使用する文字は、「歌」、「謌」、「哥」、「うた」の四種類である。また、「和」の文字を「倭」と表記するものもある。
 新古今和歌集を最初に書写する者は、序から始める。従って序は親本の文字を使用する可能性が高く、その使用する文字によりその傾向が現れるのではないだろかと仮定し、それを検証する。

前田家本新古今和歌集仮名序「やまとうた」

 室町時代の歌僧の正徹は、著書正徹物語上巻において、
和哥の哥の字をも中比二條家には歌の字を書、冷泉家には謌の字を書くと申侍しも、別てさやうに必書べき事にあらず。たゞをのづから御子左の家に大略歌の字を書く。冷泉には謌字をかゝれしを、かやうに申たる也。
にんべんの倭の字は、和と同事也。乍然何もめにたつはわろし。たゞ人にかはらずしたるがよき也。
と二条家と冷泉家では、異なる文字を用いていたとする可能性があり、両系統の特徴を示す事ができるかもしれない。

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