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On the incarnation of gravity in space-time structures

2013-11-25 23:31:57 | 数学・物理
重力を,無限の淵をたどって,われわれの地平へ戻ってくるのだが,そこは,何か異常な,禁忌の領域であり,孤立した点である.というように,われわれの地平に張られた了解を破るものであるとイメージしてみる.あるいは,そのような世界を,技術が制御可能であり,産業化できるなら,放射能を原理的に除去できる可能性もあるのかもしれないが,大げさにいえば,宇宙を飲み込む程のブラックホールを実験装置で作り出すことが簡単にできるようでなければ,不可能である.放射能というものは,そう考えていいだろうか.正しくは,それは,プランク質量に相当するエネルギーをということだろうか.つまり,放射能の本質と,われわれが放射線に対して抱いているイメージの大きなズレが問題なのだろうか.
もちろん,放射能現象がなければ,物質も生物も存在し得ないという意味では,なくしてもらっても困るのではある.原子爆弾や原子炉から放出された放射性物質の除去とはレベルが違うのだろうが.科学者が,科学者としての態度を放り捨てて,科学の悪用に専心するなどということはあってはならないが,原発だけでなく,経済でも政治でも,そういう風潮を感じる.ウムウムである.安易にお膳立てに走り,安易に自らの保身や利便に制度を悪用する.それは,ひいては,ご都合人脈のねつ造共犯で,学問が形成されることにさえなるかもしれない.学会も,ねつ造人脈の下部機関でしかなくなる可能性もある.ウムウムである.例えば,ソ連の国家機関が,アメリカの軍がそういうことをやるとしたら,誰がそれを正せるだろうか.もちろん,そういう危険もはらんでいるが,おそらく,実際には,そこまでひどいことは珍しいのだろう.無限に延びた線を実際たどることはできないが,人間のやることは,大方は,見渡せる範囲で,ごまかそうという程度のことではなかろうか.

質量というものは,ある意味,解析的延長の限界の保存を示す量と考えることもできるだろうか.例えば,電子とミューオンのように,質量のみの異なる,重複する粒子が存在するということは,あるいはワールドシートもそうだろうか,そのような延長が,粒子質量のみの違いとして,その限界が保存されることを意味していると考えられないだろうか.相互作用の統一のためには,それを媒介する重い粒子が存在するということから,重力の作用が,相互作用の微細な構造的な破れを通じて,影響してくるというシナリオにも見える.それはまた,重力の影響による,時空構造が混合的に様々なモードをもっていて,それが基幹となる構造をめぐって絡みあっているというイメージになるだろうか.
重力の化身は,おそらくそういうところに現れる可能性があるということになるから,GPSの機能をもった重力化身の出現位置情報探査システム付き携帯端末というデバイスもあってもよさそうである.

エネルギーおよび運動量の保存則が,場の反作用という形で,特定の観点では保存則を破るものを,一般性へ拡張する役割を果たしている,というように,物質の存在しない重力場の方程式から物質の存在する重力場の方程式への拡張(ニュートンの△φ=0に対応する方程式からポアッソン△φ=4πKρに対応する方程式へ)で,(「物質のエネルギ-・テンソルの導入の仕方」に、従って「方程式の形」に)制限を与えている,と読んでみる(アインシュタイン『一般相対性理論の基礎』).E=mc^2という有名な式は,宇宙方程式(物理の統一方程式)という文脈においては,何を意味しているのだろうか.陽子崩壊やニュ-トリノ振動あるいはレプトン振動のような問題ともつながっているということだろうか(ワインバーグ「陽子崩壊を探る」).対称性や保存則が物理方程式の形に根拠を与える制限の役割をしていると書かれてある(『素粒子論』など). 解析性の保存は,どうなのだろう.その物理的必然性の理論がワールドシートということだろうか.複素数場.

ストリング理論,超ストリング理論ときて,M理論が最も有望な超大統一理論の候補であると認められるようになってきたと,ストリング理論やM理論の研究者は言っている.ストリング理論は南部博士らの提唱らしいが(ある意味では),クォークのバッグ模型もストリング・ブラックホール情報理論の先駆けなら,それも南部博士らに起源を負うということだろうか.

ストリング理論だ,M理論だ,超大統一理論だと,小難しい理論を,僕ちゃんはちゃんと判るけど,ひがみ屋の連中がいるから気をつけなくちゃ,なんてさもしい動機ではない.などと余計な言い訳を付け加えておこう.もちろん,難しくて,よくわからないのである.物理専攻の学生でも,ストリング理論の基礎のための数学や物理の知識を習得するのに何年もかかる上に,その間には,当の理論はさらに理論的進展を遂げていて,なかなか追っ付かないということらしい.場の粒子は電磁場の粒子である光子のように,スピンが整数(つまり,ボーズ粒子(ボソン))で質量が0であるが,そのような場の粒子は,光子と重力子以外にはないとか,そうであるはずの場の粒子が何故異常な質量(重さ)をもつ粒子になるのかとか,言葉としては,素人でも(私でも)感じは掴めるのであるが.非摂動的な双対性の発見が,ストリング理論の根底に,11次元表現であるM理論が唯一の理論として横たわっていることを納得するだけの根拠を与えるとかなると,そういうものだろうと思うしかないのである.

そもそもstring理論は,その,1次元の振動する弦すなわちstringの特定の振動(あるいは量子状態)を特定の粒子に対応させるというstring相互作用の描写は,K中間子の謎に起源をもつということだろうか.対応する相対性理論的な対象として,時空の光円錐があるということだろうか.ボーズ粒子とフェルミ粒子の区別の統計性を物理の本質的な情報性として改変するという意味もあるのだろう.一般相対性理論と量子力学を調和させる,すなわち統一することに伴う克服すべき幾つかの問題のなかに,摂動論でどうしても消せない発散の問題がある(ultraviolet divergences).摂動展開の次数を増していっても,ニュートンの定数が長さの二乗に比例することから,どうしても発散を取り除けないからだそうである.さらに,ストリング理論には,stringのもつ無限の自由度に伴う零点振動に起因する無限大というような,無限の内部自由度に起因する新たな発散が現れるそうである(『素粒子論』).


【コーヒーブレーク】
景色を眺めながら,あれこれと思いに耽る.木々のざわめきに,小鳥たちのさえずりにうながされて,心の中のさざ波が心地よく音のない音楽を奏でている.などと,平和な気分で,ものを考えることが通常あり得るだろうか.観察の中に貫入し,その揺り動かしの気ままさを見極めながら,あるいは,移り行くシーンの連続の中で,あるいは,いくつもの屈折を経て,再来したシーンを突き抜けて,ものごとを考えている自分を見出すことの方が普通ではなかろうか.そういう移り行きの軌跡にへばりついた自分の意識の影を,見つめる自分を形づくっていく,<思い>とはそういうものではなかろうか.<思い>においては,<点>とは,いかなるものなのだろう.伸縮する軌跡,その時空の構成において要請される<点>という概念は,どういうものになるのだろう.流転における点をつなぐ軌跡の内的な闘争をストリングとよぶのだろうか.弦は奏で,奏でられる音は様々な音楽を作り出す.私の音楽への苦手意識の原因には,多分,ストリングの闘争的本性が根底にあるからだといえないだろうか.音楽の先生なら「といえない」と評価するだろうが.

stringのスケールとして,またコンパクト余剰次元を特徴づけるスケールとして,プランク・スケールが目安だから,プランク・スケールがどれ程のものかみてみると,
プランク長=1.6×10^(-33)cm、
プランク時間=10^(-48)秒,
プランク・エネルギー(質量)=1.2×10^{19}GeV/c^2,GeVはギガ電子ボルトすなわち10億電子ボルト.
である.例えば,プランク長は,次元解析によって,光速c,ニュートンの重力定数G,プランク定数h(ここではディラック定数h/2πをhで表す)から長さの次元をもつように組み合わせたもの(√(hG/c^3))である.ストリング理論は,重力を含む相対論的量子力学理論であり,stringは長さのスケールで特徴づけられる.また,プランク・エネルギーは,強い力と電弱相互作用が統一されるエネルギースケール10^(15)GeVから10^(16)GeVに近いらしいが,2,3桁から4桁ほど違うようにもみえる.陽子質量がおよそ1GeV/c^2弱である.
加速器で,粒子同士を衝突させて,元の粒子がどのような粒子に崩壊するかとか,どのように崩壊するかとかを調べるのが,加速器実験であるなら,高いエネルギーで観測するということは,ほとんど当たりそうもない的同士を衝突させなければならないから,大量の粒子の光速ビーム同士がたまたま小さいな衝突領域で衝突した結果を検出して,それを解析することから,割り出していくということだと,簡略な説明ではなっているから,100GeVから数Tev(テラ電子ボルト)あたりの加速器の限界エネルギー領域で,検出可能にするというのは,難しい.が,可能性があるらしい.ヒッグズ粒子あるいは超対称粒子の検出ということが,その例であるということである.

「プランク・エネルギーより低いエネルギーでは,プランク長より短い距離に分解できないから,ストリングは点と見なしてもかまわない.このことが,素粒子を数学的点として扱う通常の量子場の理論が成功した理由となっている」.

『数学辞典』から,特殊相対性理論について,斉次Lorentz群(homogeneous Lorentz group)と非斉次Lorentz群(inhomogeneous Lorentz group)について,簡単にみてみる.
4次元擬ユークリッド空間で,基本形式が
ds^2 = g_{ab}dx^adx^b≡cdt^2 - dx^2 - dy^2 -dz^2
x^i =(ct, x, y, z)
で与えられるものを,Minkowskiの世界とよび,その運動群は非斉次ローレンツ群とよばれる.その元は
x'=c_a^ix^a+c^i
g_{ab}c_i^ac_j^b=g_{ij}
の形に書かれる.c^i=0とおいて得られる変換はローレンツ変換とよばれ, それらの作る群Gを同次ローレンツ群(homogeneous Lorentz group)とよぶ.Gの単位元の連結成分をG_0とするとき,剰余群G/G_0は(2,2)型で位数4のAbel群である.G_0を固有Lorentz群という.

「stringが運動するにつれて,時空に2次元[超]曲面を描くが,それをstringの描くstring world-sheetとよぶ.ストリング理論における摂動展開は,様々な位相をもつstring world-sheet を含んでいる.string理論における相互作用の本質は,world-sheet上の局所特異点の結果というより,world-sheet位相の結果であると理解される」.「stringが運動するにつれて,時空に2次元曲面を描くが,それをstringの描くstring world-sheetとよぶ」の部分は,`As a string evolves in time it sweeps out a two-dimensional surface in space-time, which is called the string world sheet of the string.'である.細かい含意がありそうだが,おおざっぱな訳である.

原子核の粒子,陽子と中性子を核子としてつなぎとめる力である強い力(強い相互作用)は,湯川の中間子論で,その機構が明らかにされたが,すべてを説明する理論というわけではなく,その後生じてくる様々な謎を解明する鋳型のようなものであるから,さまざまな予測を超える事態の解明のための理論の試みの中で,検証されていく宿命の理論である,というようにいえるだろうか.クォーク理論や量子色力学,string理論がそのような検証の結果を踏まえながら,生じてきたとしても不思議ではない. string理論は1960年代後半に,クォークを陽子や中性子としてつなぎとめる力を説明する(量子色力学(Quantum Chromodynamics)がその理論)とともに核力(核子の粒子をつなぎとめる強い力)を説明するために生じたものであると書いてある.

関連する事柄として,「Galilei変換からLorentz変換へ」ということがあるだろうか.(狭義の)Galileiの相対性原理は,「力学現象の法則は,相互に一定速度で運動する異なる観測者の間で共通の形でなければならない」というものだが,異なる観測者の座標の間の関係を表す式をGalilei変換という.Maxwellの方程式(4個の連立偏微分方程式)を,電気場の力のベクトルEと磁気場の力のベクトルHの代わりに,Maxwell方程式から存在が保証される,ベクトル・ポテンシャルAとスカラー・ポテンシャルφを使って書き直すと,Maxwellの方程式はd'Alemberの方程式の形になる.この方程式がGalieiの相対性を満たすかというと,満たされない.そこで,Galilei変換の本質を残して,d'Alemberの方程式の形を保存するような変換を採用する.それをLorentz変換という.Galilei変換からLorentz変換への発展が内蔵している時空概念の変革をEinsteinがとりあげ,特殊相対性理論そして一般相対性理論の構築に進んだ.(『古典力学II』). このような変革に当たるものが,ファインマン図から位相スケールへという,トポロジーの変革のような感じになるのだろうか.

---> エントロピーの流れと近傍系の改変という感じで,ストリング理論では位相概念を処理する見方が必要とされているということだろうか.時空の双対性というのは,時間を空間化して得られる理論と空間を時間化して得られる理論の間に区別が生じないという感じなら(そういう対称性は破れているらしいが),そういう対称性の破れによる双対性を保つ変換はエルゴード性をもつなどというのは,といっても,こういう結果があるのかないのかさえ知らないが,ありそうな感じもあるから.はったりで感知してみました.双対性の典型的な例は,ディラックの磁気単極子の理論であるというし.そういう双対性による制約が,M理論を生み出すものとなったという感じでもあるし.双対性が[行列]表現を選ぶという感じだろうか.
 流れというイメージには,そのもとにある時空との結びつきが破れるような感じがあって,理論から破れをもたらすような対象を区別して作られる同等な双対な理論が伴っているんだというところが,対称性と双対性が異なるところなのだろうか.σ有限とか,モジュライとかそういう関連だろうか.
string理論は,しょっけから,近傍だの位相だの双対性だの,質量の縮退だの,コンパクト化だの,モジュライだの,SO(32)だのE8だの,が絡み合っていて,当たりつけないと,判りにくいから.スピンはめぐって変遷して,string理論の理論構成を支えているような感じだろうか.

双対性が,無限小の微細な空間をトーラス空間に埋め込むようにして,リーマンの量子空間を構成する手続きとなっている感じがする.スケール作用をホロノミックに量子性と同一視するという感じはどうなのだろう.T双対性とかS双対性とか,カラビ-ヤウ多様体とか,ミラー・カラビ-ヤウ多様体とか,リーマンの無限小な連続多様体の構成の手続きぽくはないだろうか.そのような作用を積分したものがワールド・シートとかワールド・体積とか, メンブレーン(膜宇宙)とか.埋め込まれた空間は元々の空間と同一視できるという感じだから.(参考:『数学辞典』の「スペシャル幾何学」の項目)

仮に.内部空間と外部空間が隔絶されているとして,相互につながりがないとしたとき,どういうわけかその隔絶を出し抜いて,内部の情報が外部に,外部の情報が内部に作用し合っているようなことがあったとしたら,どうやってるのだろうと考える.完全な機密に穴が生じている訳だから.そのことを可能にするには,外部と内部に非常に小さな接続部分があって,対称性と双対性のねじれるようなコンパクト化された微小空間が,両者の橋わたしとなるような構造をもっていると考える.そういう部分は顕微鏡でも探知できないものであるとすれば,一応,謎は解ける.ホロノミック・スペシャル・情報理論で機密は暴露される.
機密なんてものは,元来,情報価値のないものに,軍事だののバーチャル価値付けをするためのものだから,機密が多いだけ,無理がたたるのである.「真理の追究に勝る機密保護はない」のである.論理的には,「機密の暴露は,これを保証されなければならない」があっての「機密保護」である.

「素」なstringの集まりをstringスペクトルと名付ければ,stringは「イデアル」をある意味拡張した対象のような感じもしてくる.非可換類体論の類数問題みたいな感じで,出所の異なるものが結びついている,そいう意味では,指数定理とよばれるタイプの問題だろうか.
M理論で,スーパー・ストリングの諸理論を導出するという目的のために,「10次元IIB型のsuper string理論が非摂動的なSL(2,Z)対称性をもっていることは.利用できる.しかも,この群はトーラスのモジュラー群であり,IIB型の理論は,SL(2,Z)のもとで,トーラスの複素構造と同じ複素構造をもつものに変換される複素スカラー場τを含んでいる.」


ここまで,K.Becker, M. Becker, J.H. Schwarz, ``STRING THEORY AND M-THEORY"の序文を読みながら,ざっと,あれこれひねくりまわしてみたのだが,多少,感じは掴めた気がしている.


K.Becker, M. Becker, J.H. Schwarz, ``STRING THEORY AND M-THEORY"




 前書き

ストリング理論は,現代物理理論のなかで,最もエキサイティングで挑戦しがいのある理論の一つである.1960年代の後半,強い核力を説明するために展開されたものだが,そのプログラムが完全な成功を収めることを妨げる問題が生じたのである.特に,基本ストリングのスペクトル[粒子の存在系列?]には,望まれない,スピン2の,質量をもたない粒子が含まれることが分かったのである.量子色力学(QCD)が,強い力とハドロンの特性を説明する正しい理論であることが,結局,証明されたのだった.1974年,ストリング・スペクトルでのスピン2の粒子は,重力の量子化で現れる重力子であるという考えが提唱されて,ストリング理論は新たな展開をみせた.ストリング理論は,その他の力と重力を統一する量子重力理論の最も有望な候補になり,高エネルギー物理の最も魅力的な理論の一つに成長したのである.

ストリング理論は,長年にわたる,多くの創造性に富む人々の貢献によって,理論の大きな進展がなされた.ある時期には,他の時期より急激な進展がはたされた.特記すべきことは,この理論が,二回,大きな変革を経験していることである.1980年代半ばの変革では,この理論が広く受け入れられるものになり,二番目の変革,1990年代半ばのスーパーストリング革命は,それらの理論の根底に,ただ一つの理論のみが存在し得て,そのことは,非摂動的双対性の発見によって納得のいく証拠が与えられるということで特徴づけられる.それはまた,M理論とよばれる11次元表現の理解へと導いたのである.継続しておこった進展は,ストリング理論,現象論的素粒子物理,宇宙論,そして純粋数学の間の結びつきを以前より強いものにしたが,その結果,ストリング理論は,アメリカをはじめとする各国の大学の,主流的な研究分野になったのである.

*ストリングという基本的な対象は,無数の場や物質粒子の集団的振る舞いを抽出して,基本的な対象として同定し直したようなものだと考えればいいということだろうか.

1. 序文

20世紀の理論物理学は,一般相対性理論と量子力学によって革命的進展を遂げることになる.巨視的スケールにおいては,一般相対性理論が,膨張宇宙の現代的な理解の要となっており,それによれば,惑星の運動や光線の偏差に関して,ニュートンの重力理論には小さな補正が必要なこと,そして,重力波やブラックホールが存在することを予言する.今日,この理論は[古典]力学になっている.他方,量子力学は,微視的な物理を理解するために不可欠な理論的武器であり,そのための厳格に正確な理論であることが証明されてきた.そして,ストリング理論というものは,この理論の精密性を前提として成り立ているのである.

自然の基本法則を理解するには,この両理論の融合・統一がなされなければ,完全なものとならない.この統一を成功させることは,様々な面から,やりがいのあることであるが,理論特有の,概念も,観測内容も,計算の仕方も著しく異なっている.しかも,この二つの分野は,1980年頃まで,数少ない例外を除いて,まったく独立に展開されていた.それらを統一させるなどというのは,科学においてだけでなく,社会的にも,細心の注意が必要だったのである.

量子場の理論とよばれる相対論的量子力学では,空間的に分離される時空点で定義される二つの場が,可換(あるいは,それらがフェルミ統計に従うような場なら,反可換)であることが必要ある.重力を含む文脈では,時空点が空間的に分離されるのかどうか,計量が計算されるまで判らない.それは,力学の問題の一つである.さらに困ったことに,計量は,他の量子場でもそうであるように量子的揺らぎに左右される.この問題はかなり取り組みがいのある問題であることは明らかである.もう一つ別な,やりがいのある問題群は,ブラックホールの量子論的な解明およびごく初期の宇宙の解明に結びついている.

摂動論的量子場の理論の枠組みの中で,量子力学と一般相対論を直接結びつけようとする試みのほとんどは,取り除くことのできない発散に起因する問題を抱えることになる.紫外発散は重力を含む過程への補正を困難にする特有の性質を持っており,摂動論の精度を上げる程、ひどくなっていく.なぜなら,ニュートンの[重力]定数は四次元では長さの二乗に比例し,簡単な乗数計算から,量子場の理論の常套的な繰り込みの方法では,これらの発散(無限大)を取り除けないことを意味している,詳細に計算すれば,この単純な次元解析が有効でないことは,不思議でもないことが証明される.

ストリング理論は,これらの困難を解決し,重力を自然に含む量子論を与えるものとして提唱された.しかし,この理論がどうやってそれを果たすのか,詳細に関しては,まだ十分には分かっていない.研究すればするほど,ストリング理論は,多くの深い真理を発見し続けていかなければならないものであることを,何度も思い知らされたのである.一般的に言って,理路一貫した像が得られるかどうかは,この魅力を持った期待のできるストリング理論が,量子力学と一般相対性理論を首尾よく統一するために,多くの困難をどう切り抜けていくかにかかっているのである.

1.1 歴史的起源

ストリング理論は,1960年代の後半,強い核力を解明する試みから生じたものである.これは,クォーク同士を陽子や中性子としてつなぎとめる力であるばかりでなく,陽子や中性子を原子核としてつなぎとめる力である.点粒子ではなく,ストリングとよばれる一次元の広がりをもつ対象を基本とする理論は,強い核力および強い力と相互作用する粒子(ハドロン)の諸特性を量的に説明することができる.

強い相互作用をストリングの観点から説明する場合,特定の粒子はストリングの特定の振動の仕方(あるいは量子状態)に対応しているという考えが基本的である.無数の異なるハドロンが観測されることを説明するために,単一の基本的な対象(すなわちストリング)を仮定するこの考えから,非常に満足のいく統一的な像が得られる.図1.1参照.

1970年代初頭,量子色力学(QCD)とよばれる,もう一つの強い核力の理論が開発された.その結果,ストリング理論は,時代遅れとなり,様々な技術的問題へのストリング理論のアプローチも同様であった.現在的な観点から見て,そのもくろみは意義のあることであって,再び活発な研究が行われている.強い相互作用を説明する具体的なストリング理論は,いまだ知られていないが,その問題にどのように取り組めばいいかは,今では,ずっと良く分かってきている.

ストリング理論が,重力とその他の自然界に存在する基本的な力を統一する量子理論を建設するという野心的な目的さへかなえることのできる理論であることが判明した.原理的には,ストリング理論は,素粒子物理と宇宙論の完全な解明を与える能力を持っている.それはまだ遠い夢であるが.この魅惑的な理論では,確かに,サプライズは何度もおこっているのである.

1.2 一般的特徴

ストリング理論は,未だ十分に定式化されていないし,素粒子の標準モデルが,低エネルギーで,どのようにして現れるのか,宇宙の起源はどのようなものなのか,詳細に説明できていないが,よくわかっている理論のもついくつかの特徴をもっており,その特徴は,ストリング理論の最終的な定式がどのようなものであっても,まったくかわりなく備わっていると思われる特徴である.

  重力

ストリング理論の,第一の特質は,おそらく最も重要なものだが,一般相対性理論が理論に自然に含まれるということである.一般相対性理論は,非常に短い距離や高エネルギーにおいては修正されるが,通常の距離やエネルギーにおいては,アインシュタインが提唱した通りの形式で現れる.一般相対性理論が量子力学と調和した枠組みの中で現れるのだから,このことは顕著である.通常の量子場の理論は,重力を含まないが,ストリング理論には,それが含まれる.

Smtx11


 ヤン-ミルズのゲージ理論

素粒子物理の結果を十分に説明するためには,ストリング理論が重力を含むということだけでは十分ではない.標準理論のSU(3)×SU(2)×U(1)ゲージ群に基づくヤン-ミルズ理論を説明する必要がある[強い相互作用と電弱相互作用を統一するような理論,大統一理論.SU(3)は量子色理論,SU(2)×U(1)は量子フレーバー理論(電弱統一理論)].標準理論(量子色力学+量子フレーバー理論)をまとめあげるようなヤン-ミルズゲージ理論が生じるということは,ストリング理論の一般的特徴である.さらに,物質は,複素カイラル表現で表すことができて,それは,標準モデルの基本的な性質である.しかしながら,何故,三つの世代のクォークやレプトンをもつ特定のSU(3)×SU(2)×U(1)ゲージ理論を自然が選ぶのかは,いまだ解明できていない.

* ヤン-ミルズ理論は,アイソ空間というような仮想的な統一空間の回転対称性を含んでいるから,ストリング理論もヤン-ミルズ理論のやり方にならっているということだろうか.

  超対称性

ストリング理論の第三の一般的特徴は,理論の整合性のために超対称性を必要とするということである.超対称性は,ボソンをフェルミオンに関連づけるときに必要となる対称性である.超対称性をもたないボソン的ストリング理論が存在するが,フェルミオンを含んでおらず,まったく非現実的である[物質粒子と相互作用しない場だけの理論は,非現実的であるという感じだろうか].フェルミオンを含むストリング理論の数学的無矛盾性は,局所超対称性に厳格に依存している.超対称性は,可能な現実的ストリング理論すべてが共通にもつ特徴である.この対称性が未だ発見されていないという事実は,超対称性の破れと既知の粒子の超対称性パートナーの質量を特徴づけるエネルギースケールは,実験的に検証で生きる限界を超えているということを示している.時空超対称性を実験的に実現できるエネルギーで検出できるということは,ストリング理論の重要な予言の一つである.ストリング理論に限らず,様々な検討から示唆されていることは,超対称性が破れるエネルギースケールは,電弱相互作用のスケールと関係していて,それは,100GeVから数TeVの範囲であるということである.このことが正しいなら,スーパーパートナーは,2007年稼動予定のCERNのLHCで確認できるに違いない.

 余剰次元

多くの物理理論と対照的に,スーパーストリング理論は,理論が生息する時空の次元を示すことができる.この理論は,10次元時空でのみ矛盾のない理論となり,幾つかの場合,11次元であることも可能である.

ストリング理論と四次元経験世界につながりをもたせるには,6次元あるいは7次元は内部多様体にコンパクト化されており,そのサイズが検出できない程小さいものだとすることが,可能性として最も分かりやすい.素粒子物理に対しては,残りの四次元は,われわれの四次元時空を与えるものとしなければならない.もちろん,宇宙論に対しては,それとは別な,時間従属な幾何学として生じることもできる.

Scylinder


コンパクトな余剰次元のアイディアは,1920年代に, カルツアとクラインが最初に考えたものである.彼らは,一つの円上に5次元一般相対性をコンパクト化することによって,4次元のなかで電磁気力と重力を統一する理論を作ろうとしたのである.現在では,そのやり方では電磁力学が生じないことが分かっているが,そのすばらしいアプローチの本質は,ストリング理論で再び採用されている.今日,コンパクト化とよばれる,カルツア-クラインのアイディアは,図1.2にある二つの円筒を使って説明できる.第一の円筒の表面は二次元である.しかし,もし円筒の半径が極端に小さくなっていくか,あるいは,同じことだが,円筒を極遠くから見たとしたら,円筒は一次元であるとしてもいいだろう.円筒の側面の次元をわれわれの四次元時空に置き換え,円筒の底面の次元を6次元あるいは7次元コンパクト多様体に置き換えて考えてみよう.大きな距離や低いエネルギーでは,コンパクトな内部空間は見ることができない.世界は四次元とみてかまわないことになる.第9章および第10章で議論されるように,たとえ内部多様体は見えなくても,それらの位相的な性質は,粒子のもつ内容や四次元世界の理論構造を決定する.1980年代半ば,余剰6次元をコンパクト化するために,カラビ-ヤウ多様体がまず考えられた.ストリング理論の予言力を損なうような幾つかの深刻な問題(第10章で議論される,モジュライ空間問題のような)をもっていたが,かなり有望であることが現象論的に示された.円とは異なって,カラビ-ヤウ多様体は等長的でなく,対称性を作るというより,対称性を破る役割を果たしている.

 ストリングのサイズ

通例の量子場理論では,素粒子は数学的点であるが,他方,摂動的ストリング理論では,基本的な対象は(厚みゼロの)輪っか状の線である.ストリングは,l_sと記される,特徴的なスケールをもっており,次元解析から求めることができる.ストリング理論は,重力を含む相対性理論的量子論であるから,基本定数として,c(光速度), h(2πでプランク定数をわったもの),およびG(ニュートンの重力定数)をもっている.これらから,プランク長とよばれる長さを作ることができて,

Plength

である.
同様に,プランク質量は,

Pmass

である.

プランク・スケールは,コンパクト余剰次元特有のサイズと同時に基本的ストリング長のスケールを粗く見積もるものであると,当然第一に考えられた.プランク・エネルギーより遥かに低いエネルギーでの実験では,プランク長より短い距離に分割できない.そのため,そのようなエネルギーでは,ストリングは点粒子としてかまわない.このことは,量子場の理論が,何故,われわれの世界の記述に非常な成功を収めているのかを,明らかにする.

1.3 基礎ストリング理論

ストリングが時間をかけて何らかの運動をするとき,時空のなかに二次元曲面を描いていく.それを,ストリングのストリング・ワールドシートと呼ぶ.これは,点粒子モデルにおける世界線のストリングモデルにおける対応物である.量子場理論では,摂動理論で解析する場合,[確率]振幅(係数)はファインマン・ダイアグラムを使って配分され,世界線の可能な形状が描かれる.特に,相互作用は世界線の交点に対応している.同様に,ストリング理論における摂動展開は,様々な位相のストリング・ワールドシートを含んでいる.

ストリング理論における相互作用の存在は,ワールドシート上の局所特異点の存在の結果というより,ワールドシート位相の結果であると理解される.この,点粒子に基づく理論との違いは,二つの重要な意味を持っている.一つは,ストリング理論では,相互作用の構造は,相互作用をもたない理論(free theory)からただ一つに決定され,理論ごとに相互作用を選ばなければならないという任意性は存在しない.二つ目に,ストリング理論は,短距離における特異性をもたないから,ストリング理論の[確率]振幅は,紫外発散をもたない.ストリング・スケール 1/ l_s(ストリング長)は,紫外発散部分の切り捨てとして作用する.

 ワールド体積と臨界次元

ストリングは,pブレーンの特別な場合であるとみることができる.それは,p空間次元と張力(あるいはエネルギー密度)T_pをもつ対象である.実際,スーパーストリング理論には,非摂動励起状態として,まさに,様々なpブレーンが現れる.pブレーンの古典的な運動は,時空の中でその運動が描くp+1次元体積Vを最小にするものである.そのため,S_p=-T_pVで与えられるpブレーン作用が存在する.基本的ストリングの場合は,p=1で,Vはストリング・ワールドシートの面積であり,その作用は南部-後藤作用と呼ばれる.

古典的には,南部-後藤作用は,ストリング σ作用

Sigmaact

に等しい.[...].ある手続きを施せば,この作用は,南部-後藤作用になる.

量子力学的には,その手続きはもっと巧妙になって,古典場の方程式(補助的なワールドシート計量hの逆行列に対するオイラー-ラグランジュ方程式)を使ってhを消し去る代わりに,ファインマンの経路積分を計算して,局所対称性やゲージ固定を扱う標準的な機構を使うことになる.これを正しく実行すれば, 時空次元がD=26以外では,共形異常が存在することがわかるだろう.これらのことについては,第2、第3章で詳しく調べられる.スーパーストリングに対する類似の解析は,臨界次元D=10を与える.   

 閉ストリングと開ストリング                              

埋め込み関数X(σ, τ)における[XはX^μの代わりである],パラメータτはワールドシート時間座標であり,σは,与えられたワールドシート時間でのストリングをパラメトライズしたものである.閉ストリングに対しては,それは位相的には円であるが,空間的パラメータσに周期を与えなければならない.周期をπとすれば,ストリングの両端は一致する.X(σ, τ)= X(σ + π, τ).すべてのストリング理論は,閉ストリングを含んでおり,臨界ストリング理論の閉ストリング・スペクトルの質量なし型として,グラビトンがつねに現れる.

開ストリングに対しては,それは位相的には線区間であるが,各端は,(μの各値に対して),ノイマン境界条件あるいはディリクレ境界条件のどちらを満たさなければならない.ディリクレの条件は,ストリングの端が結びつく時空超曲面を特定する.これは,開ストリングの端が,Dブレーン(Dはディレクレの略)とよばれる物理的対象につながっていると考えるときにのみ意味を持つ.すべての開ストリングの境界条件がノイマン型なら,ストリングの端は時空のどこにあってもいい.この現代的解釈は,時空全体を覆うDブレーンが存在することを示しているとするものである.

 摂動論

摂動論は,量子電気力学(QED)のような,小さな,次元のない結合定数をもつ量子理論において有効である.小さなパラメータを使って展開される物理量を計算できるからである.QEDでは,小さなパラメータは微細構造定α~1/137である.

物理量T(α)は,

Ptbxpn

と(ファインマン・ダイアグラムを使って)計算される.
摂動級数は,通常,収束半径0の漸近展開であり,さらに,展開の第一項が正しい近似を与えるのだから,展開パラメータが小さいとき,摂動展開は有効である.

ヘテロおよびII型スーパーストリング理論は,向きをもつ閉ストリングのみを含む.その結果,それらの摂動展開におけるワールドシートは,向きづけられた,閉[つまりコンパクト]リーマン面である.摂動展開の各階で,ただ一つのワールドシート位相が存在して,それは,紫外効果を有限にする働きをもつ.摂動展開の各階でちょうど一つのストリング・ファインマン・ダイアグラムが存在するという事実は,量子場の理論[場の量子論]では多数のファインマン・ダイアグラムが現れるということと著しく対照的である.ストリング理論においては,結合定数g_sは小さいと期待できる特別な理由は存在しない.そのため,摂動論のみで現実的な真空を正確に解析できそうもない.このことから,ストリング理論では,非摂動的効果を理解することが重要となる.

 スーパーストリング

1984年,最初のスーパーストリング革命は,N=1超対称性をもつ10次元の理論が,量子力学的に矛盾のないものであるためには,二つの有望なリー代数; SO(32)あるいはE8×E8のどちらかの局所ヤン-ミルズ対称性を要求するという発見で始まった.第5章で述べるように,この二つの代数のうちから選択する場合にのみ,ある種の量子力学的アノマリーが取り除かれる.この2つの群のみが有望であるという事実は,ストリング理論は非常に制約された構造をもっていて,そのために,とても予言力が強いのかもしれないということを示唆された.

left-moving型とright-moving型の双方に対して,形式的にスーパーストリングを使うときは,left-moversとright-moversに結びつけられた超対称性は,パリティ反対称(opposite handedness)か,同じパリティ対称性(same handedness)をもつかどちらかであり,この二つの可能性から,IIA型かIIB型という,異なるスーパーストリング理論が生じる.第三の可能性として,左右対称性で類別することで,IIB型の理論から,I型のスーパーストリング理論を派生することができる.その手続きを,多重有向射影(orientifold projection)という. この射影で生き残ったストリングは,向きをもたない.I型およびII型のスーパーストリング理論は,それぞれ,ワールドシートと時空対超称性をもつ形式で,第4章と第5章で議論される.

さらに驚くべき可能性は,形式的に,left-moversには26次元ボソニック・ストリングをあて,right-moversには10次元スーパーストリングをあてるということである.このように作られるストリング理論を「ヘテロ型」とよぶ.ヘテロ型ストリング理論は,第7章で議論される.時空の次元が一致しないのは奇妙だと思うかもしれないが,実は,正しく必要とされるものである.余分なleft-movingの16次元は,矛盾のない理論を与えるための特別な性質をもつトーラスを表す.要求される性質を持つきっちり二つの異なるトーラスがあって,それらは,リー代数SO(32)とE8×E8に対応している.

10次元には,全部で,5つの異なるスーパーストリング理論が存在するのだが,そのうちの3つ,I型理論と2つのへテロ型理論,は10次元の意味でN=1超対称性をもつ.10次元での最小スピノルは16個の実の要素をもち,そのため,これらの理論は,16個の保存量としての超電荷をもつ.I型スーパーストリング理論はゲージ群SO(32)をもち,他方,ヘテロ理論はSO(32)およ

原発ゼロか,再稼働および増設か

2013-11-17 08:55:24 | インポート
小泉元首相の原発即ゼロ発言をめぐって,安倍現総理やその周辺とのまた周辺の見解の対立が,ニュース欄にちょこちょこと掲載されている.石破が対応に当たっているようだが,再稼働,新設という方針を述べたらしい.

私は,「即ゼロ」という判断なのだが,理由は,
1. 原発は,もともと,安全に作れないことは,最初から判っているものだし,経済的に引き合うようなやり方のできるものでもないことも,最初から,判っている代物だと,本などを読んで,判断したから.例えば,記憶違いでなければ,原子力潜水艦の事故のニュースでも議論されたのではなかろうか.


2. 関連して,必要最小限などということは,原理的に無理であるから.そういう意味では,石破氏が,その立場から,新設をいうのも,理屈の上では当然といえよう.原発依存を低下させるということは,理屈の上では,新設を伴う増設なしには成り立たないから.矛盾しているようで,矛盾していない.シェールガスだのの低価格なエネルギー資源と,原発の新設・増設は同じではないから,石破氏のような立場に立てば,シェールガスなどで,新設や増設をやめる理由にならないから.    

3. また,とりあえずのやり方は,思っている以上に,経済でも政治でも,社会でも,破滅的な無理なしには,保ち得ないから.

4 プラン実現のための具体案をということも書いてあったが.具体案といえば,原発資金を即ゼロ選挙運動に使うとか,コンピュータセンターなどを即ゼロのスマートグッリドに変えるとか,思いやり予算を,対外調整に使うとか,そういう意味だろうか.利権人脈が,具体案などというものをほんとに望んでいるのだろうか.怪しい話である.

重要な関連する事項や,詳細に議論があるのは当然だが,果たして,議論するだけの資格のあるものの議論に,現状なっているだろうか.原発利権の鞄持ち程度の恥知らずや,ヤーチョンにすぎない右翼の縄張り根性で,行われていないだろうか.原発問題は,演歌好きの一杯気分でくだまいて済ますような問題ではないのはいうまでもないか.

原子力の問題を考えるとき,メディアによる誘導を別にしても,奇妙にひっかかる感じが消えないものがある.原子核の科学的な難しさや政治的経済的な核利用の節操のなさも原因の一つであることは確かなことだろうけれど,もっと,日常的な感覚でもそうである.日常的な感覚は,現象とそれを観察するわれわれ自体が,相互に作用し合いながら双方が変遷を遂げる流れのようなものだから,原子力の問題がそれとズレを生じているのかもしれない.そうであれば,原子力の利用を推進しようという立場に立てば,そのズレに浸食するような,つまり侵略的な延長を,説得材料にしようと考えるのも,あり得る手段である.それ自体は科学の悪用だとしても,ひっかかる感じは残る.この感じは残すべきではなかろうか.日常感覚でとらえられる情報は粗いものかもしれないが,粗視化も大事なことであるということだし,あるいは,粗いにしても情報をとらえられるということ自体が,すでに,大きな可能性を秘めている証拠なのかもしれない.


2013-11-10 13:20:10

2013-11-10 13:20:10 | インポート
ポルチンスキ著『ストリング理論とは何か』の序文

このテーマに関する一連の講演の案を練っているとき,たまたまKen Wilsonが彼自身の初期の著作に関して語っている記事を読み直して,30年前の量子場の理論と今日のストリング理論の間の類似に思い至ったのである.現在でも,われわれは,摂動論以外に良い技術的制御を有していない.Wilsonは「量子場の理論とは何なのか」と自身に問いかけることを忘れなかったが,それは,私には,シンプルで強力な答えを見出すまでに,彼自身が「藁を掴む(clutching at straws)」と表現した,様々なモデルの研究や接近法の試みを読むための,心地よい導きであった.その理論は,graph-by-graphというよりscale-by-scaleに作られるべきものである.そのように諒解すれば,摂動論なしで量子場の理論を作るにはどうすればいいのかというような原理的な問題と,どのように量子場の理論の基底状態と位相を決定するのかという実際的問題の双方に答えるものとなるだろう.

同種の問題が今日のストリング理論に存在するが,同等に強力な構成原理を見いだせるだろうと期待するに十分な理由があると思っている.ストリング理論が,重力,量子力学,および素粒子物理を正しく統一するものであると信ずる,後に取り上げるような,多くの理由がある.それは,摂動論のようなものが`存在する' という意味ではないが,そういう統一理論が実際存在することを意味している.構成原理が本質的にどういうものであるかは,現時点でまったく謎であるが,量子場の理論でそう考えていたものとはまったく違っているかもしれない.

ストリング理論をめぐる今日の状況は,60年代初頭の場の理論の状況に比較して,実際うまくいっているだろうか.難しい質問である.もちろん,量子場の理論がどのようにその問題に取り組んできたかがより一層整備されてきたし,それらを補強するために,さらに経験を積んで,より多くの数学的な武器を手にしている.楽観的に見れば,Wilsonの繰り込み群,電弱相互作用論におけるゲージ対称性の自発的破れの発見,一般相対性それ自身の発見というような,場の理論の多くの主要な発展が,単純なモデル系を研究したり,その振る舞いを制限したり,内的な無矛盾性を考察することで,広範になされてきた経緯に勇気づけられて,今日のストリング理論でも,それらのやりかたを同じく使うのである.

講演は二部に分かれる.現在理解する限りでのストリング理論の紹介と理論のさらなる発展の試みを考察する部分である.あらかじめ,五つの講演の中で,スーパーストリング理論全般に言及できないことを述べておく.時間的な制限や研究者の関心が広範にわたることから,一般的な原理に焦点を絞るつもりである.共形場の理論からはじめるが,もちろん,ストリング理論の中心的な理論的武器として適用できるように,凝縮して組み立てられている.第二章でストリング理論それ自体を紹介する.第三章では,双対性や等価性について,異なったストリング理論として現れるものが,多くの場合,単一の理論の異なった基底状態に対応するものであるという証拠が確実に増えていることを述べる.第四章では,`ストリング場の理論’が,われわれの求める構成原理であるのかどうかという疑問に答える.第五章では,行列モデルを議論する.正確にいえば,低い時空次元における可解ストリング理論である.


<出典,原文>

WHAT IS STRING THEORY?

Joseph Polchinski

Institute for Theoretical Physics University of California Santa Barbara, CA 93106-4030


ABSTRACT
Lectures presented at the 1994 Les Houches Summer School “Fluctuating Geometries in Statistical Mechanics and Field Theory.” The first part is an introduction to conformal field theory and string perturbation theory. The second part deals with the search for a deeper answer to the question posed in the title.


   While I was planning these lectures I happened to reread Ken Wilson’s account of his early work[1], and was struck by the parallel between string theory today and quantum field theory thirty years ago. Then, as now, one had a good technical control over the perturbation theory but little else. Wilson saw himself as asking the question “What is quantum field theory?” I found it enjoyable and inspiring to read about the various models he studied and approximations he tried (he refers to “clutching at straws”) before he found the simple and powerful answer, that the theory is to be organized scale-by-scale rather than graph-by-graph. That understanding made it possible to answer both problems of principle, such as how quantum field theory is to be defined beyond perturbation theory, and practical problems, such as how to determine the ground states and phases of quantum field theories.

In string theory today we have these same kinds of problems, and I think there is good reason to expect that an equally powerful organizing principle remains to be found. There are many reasons, as I will touch upon later, to believe that string theory is the correct unification of gravity, quantum mechanics, and particle physics. It is implicit, then, that the theory actually exists, and ‘exists’ does not mean just perturbation theory. The nature of the organizing principle is at this point quite open, and may be very different from what we are used to in quantum field theory.

One can ask whether the situation today in string theory is really as favorable as it was for field theory in the early 60’s. It is difficult to know. Then, of course, we had many more experiments to tell us how quantum field theories actually behave. To offset that, we have today more experience and greater mathematical sophistication. As an optimist, I make an encouraging interpretation of the history, that many of the key advances in field theory?Wilson’s renormalization group, the discovery of spontaneously broken gauge symmetry as the theory of the electroweak interaction, the discovery of general relativity itself?were carried out largely by study of simple model systems and limiting behaviors, and by considerations of internal consistency. These same tools are available in string theory today.

My lectures divide into two parts?an introduction to string theory as we now under- stand it, and a look at attempts to go further. For the introduction, I obviously cannot in five lectures cover the whole of superstring theory. Given time limitations, and given the broad range of interests among the students, I will try to focus on general principles. I will begin with conformal field theory (2.5 lectures), which of course has condensed mat- ter applications as well as being the central tool in string theory. Section 2 (2.5 lectures) introduces string theory itself. Section 3 (1 lecture), on dualities and equivalences, covers the steadily increasing evidence that what appear to be different string theories are in many cases different ground states of a single theory. Section 4 (1 lecture) addresses the question of whether ‘string field theory’ is the organizing principle we seek. In section 5 (2 lectures) I discuss matrix models, exactly solvable string theories in low spacetime dimensions.

I should emphasize that this is a survey of many subjects rather than a review of any single subject (for example R-duality, on which I spend half a lecture, was the subject of a recent review [2] with nearly 300 references). I made an effort to choose references which will be useful to the student?a combination of reviews, some original references, and some interesting recent papers.



2013-11-02 13:44:43

2013-11-02 13:44:43 | インポート
多分,顰蹙ものだろうが,そのような重力の化身に,私は子供の頃一度出会ったきりなのだが,はたして,また会えるだろうかというテーマで考えていきたいと思っている.

その前に,日本はどうなるんだろうとか,経済はどうなるのだろうとか,原発は必要なのだろうとか,オヤジらしい話題に関して,ざーとぼやいてみたい.

天皇へ直訴状を私が書くとすれば,ヤーちょんの公金横領の手先の政治が,原発問題を道具にして,横行しているのではないか.仙谷とか民主党や,公明,自民などの一部に,経団連や経産省のヤーちょん公金詐欺の人脈をつくって,原発立地自治体などのヤーちょんに取り込まれた手先を使って,再稼働だの原発の輸出だのに,税金投与で,うやむやにしよう的な動きがあるのではないか.そのための皇室利用にもっていきたいのではないか.そこらを,事実に従って,判断された上で,日本国民の象徴として,不遜な政治家や財界人等の悪意にさらされないことを,願っているという感じになるだろうか.

そういう意味では,徳田虎雄の事件は,ありきたりの政治の現実の一つでしかないということなのだろう.そういうの,多いのではなかろうか.徳之島は目立って,そういう面が出てしまうのだろうか.

みずほのマル暴融資事件は,石原銀行とか小泉の郵貯銀行のマル暴融資体質と似てるような気がする.そういう体質は,元々浸透していたものだろうが,例えば「路地裏のアベノミクスの店」的に,最近,ハイカラな議論を装って,目くらまししよう的なことも多い気がする.不況だ先行き不安だとなれば,そういうことが多くなるのも,善し悪しではなく,分かる気はするが,組織便乗詐欺だの,節操を欠いて,大銀行でさえ,ヤーチョンピラ程度で,しっぽを出す的なことになっている.で一方で,勝ち組世相を演出したいという不遜がはびこる.そういうときには,何故か,ハイカラな議論と中華・朝鮮カルト的な「裏町の店」の勘定計算が一致していく.公明の裏稼業的なこと(学会活動というやつ)も影響あるんじゃないだろうか.信心は自由だろうが.公明が創価カルトというだけでなく,旧社会党や,自民の右翼主義もカルトの類いではなかろうか.カルトの勝ち組だけが,フェラーリに乗ればいいのである.そういうのの代名詞が,官僚出身とか弁護士出身の代議士というのは,古いだろうか.あれこれ手の込んだことやる割に,地這いのチョンピラ程度のが多いのが,そういう連中で,今でもそういう感じらしい.チョンピラカルトの価値観は,ゲンナマでっせ以外は,さっぱりわけ分からんのが多い.

北朝鮮の拉致問題も,私がTVのニュースでそんな事件の存在を知った頃は,大韓民国のスパイだとか,神隠しだとか,恋の行く末からの心中だとかいっていたが,北朝鮮というなじみの薄い国の仕業だとなって,政界や財界が,ややこしくごまかして,解決を泥沼化させた印象なのだが,どんな利害があったのだろうか.政財界の地這いチョンピラ体質の犠牲者が,拉致被害者という面もあるのじゃなかろうか.経団連の会長もそういう空気の感じだし.政財界の疑獄政局なんて時代もあったわけだから.

アメリカが日本で盗聴,諜報活動していたというニュースがあったが,盗聴したところで,しれチョンはしれチョン程度の話しかできないのだから,どうでもよさそうなのにと思う.結局,何決めるにしても,アメリカのフォローが必要なのなら,アホ臭い話じゃないだろうか.日本の警察がやればいいことだと思う.せっかくだから,盗聴内容公開してもらえば,日本の企業でも,政界でも官界でも,意義のあることやってるのが誰か,論文ねつ造のような仕込みでイキがっているのはどんな奴らか,はっきりすれば,日本の国益になるのではなかろうか.これもアメリカの仕組んだヤラセなんじゃないか.しょうがないから,日本企業の内部留保でも口止め料に、アメリカに渡せばいいのではなかろうか.盗聴などしなくても,一般庶民の税だ何だは,やらせ詐欺みたいなご時世ではないか.盗聴したところで,いい年したオヤジ連中の,愛人話だの,オバン連中の陰口じみた話しかないだろうに.あるいは,ゼニのごまかしぐらいが,まともなところだろうか.

表示の偽装は,プチセレブにスーパーの値引きトリックが及んだということで,食べる方も,車エビはカッパエビセンのエビを大ききくしたやつだというぐらいの見分けがつくようでなければならないという教訓らしい.

小泉の原発廃止論は,息子が,科学音痴で,例えば,昔の角栄政治へのゴマスリ政治家にすぎない奴だと思われては,谷垣のようになるからという,配慮からなのだろうか.それとも,あくまで,変人政治家を貫いているのだという話なのだろうか.
原発の是非などという話題は,どんな芝居で,どんな姑息な演技しようと,だれもたいして咎めはしないから,原発推進の言論人やメディアが,原発反対のような芝居しようと,しばらくは小銭儲けできるから,あまり本気の議論があるとは思えない.
私とて,そう原発や核の問題を熱心に考えたことのなかった人間だから,ある意味,分かるのである.以前にも言ったことがあるが,私が物心ついた頃の核問題と言えば,地下核実験だの大気圏核実験だののニュースがあるくらいで,原発がどうだのということは,ほとんど記憶にない頃だったから.もちろん,断片的には,大きな問題を裏にかかえていそうなことは,自ずと察知はできたが.そういう意味では,核問題に漠然とした関心を抱えたまま,大人になったのだが,俄か原発評論家や俄か専門家と変わらないが,別に小銭稼ぎしようと考えてないところが違うだけである.電力会社は,退職金も年金もいいというような話で,核の問題も雲散霧消しそうなご時世に埋もれて過ごしていたわけである.福島の原発事故で,核の専門家も仕込みサクラのようなのにすぎないことが判って,純粋に知りたいと願っていた私には,ようやく落ち着いて,核の科学的な知識を勉強できる時間ができたのである.ピノキオのおじいさんがクジラの腹の中で得た安らぎに似たものである.その安らぎの中から,欲や思惑や,虚偽や無節操にまみれた核問題がどうなっていくのか,見守っていたい気分なのである.残念ながら,ピノキオのような内にある資質は,原発利権のボンボンには期待できないだろうが.表現は悪いが,ヤーチョン崩れな連中にすぎないから.そういうのに育てられた連中なのである.
小泉VS石破という慶応対決のようなこともあったが,通販対決じゃないんだから,せめて,「もてなしvs歌手」ぐらいの趣向がないと,意味をなさないのではなかろうか.旧軍部のガラチョン作りの遊郭みたいなところなのだから.地下壕で芸者遊びがせいぜいな訳である.銀座のチイママよりススキ野のチイママの方がいいらしいぜぐらいの対決だろうから.


結局,雑多で気まぐれな,人間社会に関わる事件や問題を,何故,考えようとするのだろうか.そこにも,原子論的に物事を変換していこうとする思考の働きが,人間には備わっているということだろうか.それは,過去から現在を,そして,未来から現在をとらえるための思考の パースペクティブが要請するものなのだろう.質量とは,そういう変換をもつ時空構造そのものであり,それは極あるいは零点である,と読み替えるなら,人間社会の問題を考えることは,どこかに,原子論的に因果関係をとらえて,その問題の意味を,人間社会という仮設的な対象の統一像の中に確定したいという動機があるのだろう.などと,評論家じみたことを言ってしまったが,『素粒子』のS行列に関する説明文からのアレンジである.

ついでに,f + igで, fかgの一方は0である,なら,実か純虚であるが,「時空構造そのもの」が,表現行列を選択するというのはどうなんだろう.

生命と時空構造という問題を考えるには,生命の科学そのものと,物質の究極を求める理論の双方を融合させる必要があるということになると考えれば,素粒子生物学なるものも可能なのだろうか.量子生物学はあるだろうけれど.遺伝子のコードがどのように区切られ,どのようなきっかけで働きだすのかとか,「極小領域を延長するのに必要な情報は,座標の間の解析的関係である」というような文から類推すれば,時空問題とパラレルな見方もありそうではなかろうか.(粒子,場,時空)が, ところどころ互いに変転しながら,その物理的な理論を形成しているような感じを受けるときもあるのだが、それも生命現象と通じる面もあるんじゃないか, そんな疑問である.Molecule=(particle, field, spacetime)というとシャレになるが.シャレとはいっても,一応,基本三重項q^α=(p, n, λ)の話から,パロったつもりのものである.「このような半端の量子数をもつ基本三重項をGell-Mann(ゲルマン), Zweig(ツワァィク)のクォーク(quark)という」.粒子,場,時空はどのように変転するのか,どのように記述されるのか,クォークモデルが電弱統一相互作用の仕掛けを導く役割を担っていたことに通じる感じがあるではないか.そこには, アルファ崩壊やベータ崩壊などの放射性崩壊の本質を探る探求が含まれているわけだろうから,原発や核兵器などの,政治や軍事サイドの話と,あるいはそのための架空経済のサイドの話と,科学の対象としての話に,違ったアプローチがあっても当然ではないだろうか.日本の政治,経済,軍事サイドの話は,ためにせん的な,痴れ者話が多いから,ウンザリ感があるのも頷けるが.例えば,規制を厳しくして,その費用も,事故が起こった場合の費用も,日立や東芝などの原発関連企業が共同で出資して積み立てておくとかなら,企業活動の自由と合理的な規制の対立となるかもしれないが,そういうことしたくないのは,企業やそれにべったりのヤーチョン人脈みたいな政財官のほうなのだから,ヤーチョンの仁義だけでエネルギー政策などは判断してはいかんということにすぎない.だいたいそういう連中は,なんか中国や旧ソ連の科学信仰というのか,発展途上の科学信仰に隠れて,ちゃんとした議論をしようとしないのが多い.だから,中国で新式の100%安全な原子炉が開発されるんだとか,そいういう嘘でいいわけして取り繕うのが多い.チョン助ゴロが多いわけである.チョン助銭でいい気になりたいだけの連中なのである.まあ,そんなこんな,ヤバい話もつきまとうので,うんざりするのも無理もないと言っているのである.核燃サイクルの性質から考えれば,即時ゼロという基準の上で,当然必要となる時間を見積もっていく流れ以外にないわけで,何十年後だの何基だのというのは,それ自体ごまかし以外の何者でもないと言える.私はそう思っているが,もちろん,信頼できる論者の意見に基づいて,判断されればいいのではなかろうか.ヤーチョンは原発推進だから,核なめて,調子かこうてきな話にしたがるわけである.原子核が膨大なエネルギー(原発なら熱だろうが)をもっているということと,それを産業というものにすり替えて,エゴをごり押ししようというのでは,話が異なるんだと考えれば,俗にいう経済性や経済的理由などという話が,ヤーチョンの原発便乗商売用語にすぎないことは,判りやすいのではなかろうか.経団連も「ヤーチョンに頼ればヤーチョンに滅ぶ」とポスター張っとけば,そういうのも少なくなるのではなかろうか,そんなことないか,だろうか.例えば,原発関連企業が,世界最先端のフィルター技術を持っていても,それを原発再稼働の安全神話復活に使う以外,使うのがはばかられるなんてことがあれば,もともと無理なところに特化して売れないという,企業利益を犠牲にするということではないのだろうか.