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暗いブログ
 



半端な大人の男はマッチョイズムが強い。

自分を強く見せようとする。
肉体的に限らず、自分の理想とする部分を強く見せようとする。
面白い人でありたい場合は、そこを顕示する。

このこと自体、一向に構わないことであると思うが、
半端な男は
「他人を下げることで自分が上がったように見せる」
のである。

これを行ったが最後、永遠に自分の実力がつかない、
むしろ中身はどんどんお粗末になっていくという無限ループに陥る。

新人という立場にあると、新人に対する接し方でその人がどっちの人間かわかる、
というメリットがある。
いろんなことがうまくいかず苦しんでいる新人を見て喜んでいるのは
「半端マッチョイズムマスターベーション症候群」である。
そういう人は、たまに新人が予想以上に高いパフォーマンスを発揮すると
「むむっ」と思うのである。

新人に越される前に手かせ足かせをはめて身動きを取れなくしようとしてくる。

「まだまだ若いなぁ」なんてのも同類である。
「年齢」という覆すことの出来ない差を誇示することで、
あたかも自分が人間的に高いレベルにあるかのように見せる。
中身が無くても年だけいってれば年下に向かって「まだまだ若いなぁ」といえば
押さえ込める。
そういう人に「いやぁ、○○さんも全然若いですよ」なんていうと
「むむっ」と思うのである。

「若い」という言葉が褒め言葉になるかならないかが、最大の分かれ道だ。
「若い」と言われて素直に喜べる大人の男は本物だと私は思う。

「若い」と言われて「むむっ」と思ううちは、まだまだ半端モンだろう。
当然私は、まだまだ後者である。


♪若さ若さってなんだ?
振り向かないことさ~

この歌が何かわかる世代は新人としては決して若くない。。
若い世代にわからない話をして喜ぶのも、半端マッチョイズムの特徴である。



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大昔の日記より引用。



「人を嫌うというのは、自分は弱い人間ですと公言している行為に他ならない。」


強い人間は人を選ばない。(仕事は別だろうけど)
人を嫌ったり、悪口を言ったり、バカにしたり、といったことは
「境界線」を引く行為である。
人との比較により、いろんなとこに境界線を引き、自分の属する範囲を
明確にする行為である。
「あいつはホモだ」=「自分はホモじゃない」

そういう人間は、群れる。群れて人を嫌ったり悪口を言ったりする。
一人で勝手に嫌って、誰にもいわなきゃいいのに、
なぜ周りに言うかというと、それがアイデンティティの確立という役割を果たしているからだ。

その事に気づかずに、陰口たたいたり、嫌ったりしていることのなんと空しいことか。

そしてこれを書いている私も、境界線を引いている。
自分はそんな人間ではない、と言おうとしている。


ただ、「愛を持ってバカにする」
これには大いに賛成である。
「不具合の鬼 ○○○」
これほど愛情に満ち溢れた表現は他に無い。

最後は完全にうちわネタで終わりました。。

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今日は日曜なのに早起きして、浅草に行ってきました。

浅草の駅をでると、男ばかりが列を作って歩いているので、
私もその流れに乗って歩きました。

その列は公民館に続いており、私はその公民館に誘われました。

さらに流れに従い、机がいくつもならんでいる広間にたどり着きました。
男たちは、各々机に着いたので、私も席に着きました。

しばらくすると、「ネットワーク」とか書かれた変な冊子が渡されました。
私はその冊子をパラパラとめくり、一緒に渡された一枚の厚紙に黒い丸をいくつも
描きました。規則正しく並んだ黒い丸。
それをひとしきり作り終え、軽いため息をつき、ふと時計に目をやると
針は10:30をさしていました。

私が手をあげると、一人の男が近づいてきました。
私は、その男に黒い丸の作品を手渡し、公民館を後にしました。

そのあと、雷門や人力車を眺め、帰路に着きました。

すがすがしい、秋の休日でした。



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どうやらドンジャラの王道といえば「ドラえもん」のようですが、
私のドンジャラは「聖闘士星矢」です。

聖闘士星矢

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重苦しい話が続いたので、
口直しにおもしろビデオをおひとつ。



取り返しのつかないこと


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大人になっていくにしたがって、
はっちゃける奴。

若い頃に散々なんかやって、
大人になるにしたがって
まじめになる奴。

私は後者の方が格段にかっこいいと思う。

年をとり、汚れていくことに喜びを感じる大人、
それって最高にカッコ悪い。

そういう大人って、子供の頃ぱっとしない奴だったんだろうなって思う。

「すれてる」「腹黒い」
なんて言葉を言われて喜んでる大人って、へぼすぎる。
子供の時にすさんどけ。
順番が違う。

と、個人的に思う。(普通はそうは思わないだろうけど)
暖かい家庭で育つと、大人になって黒さにあこがれるのかね。

ようは、ファミレスで横柄な態度をとるようなオヤジって、
子供の頃とかへぼかったんだろうなって思う。

「まじめだねぇ」と言われて、バカにされてると思う奴、
まだまだヘボいぞ。まじめって最高だよ。



おっと、すげぇ愚痴ってる。
どうした俺。





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ちかれた。

いやぁ、うちの部はなかなか幹事いびりが激しいですわ。

余裕だと思っていたら、なかなかめんどくさいですわ。


バイト時代は昼間やってたと言うこともあり、
50台のおっちゃんやらおばちゃんやらと、
大人の間でやってきたわけですが、
そういった方々と、会社人の年上の方々はちと違う。

一言で言うと、いやぁ、めんどくさいですわ。

バイトの時は50のおっちゃんが部下だったり、
社員を教育したりと、していたもんで
自分の中に妙なプライドが芽生えていたのでしょう。

ここであえて「会社人」と言わさせていただいているのは、
紛れも無く、批判です。
つまりバイトで接してきた大人と、アイデンティティの持ち方が違う。
自分が会社と言うコミュニティの中にいる限り、
その方々のアイデンティティを刺激してはいけないのです。

なんていうか、
みみっちいよね。

高学歴だったり、長いこと社会でやってきたりすると、
頭が固くなってしまうのかね。
歪んだプライドを捨てて、「バカになる」ともっといいのにと思ったり思わなかったり。
つまり、生身の自分でいられる強さ。たくましさ。
そういったものを失ってしまうのだろうか。

ようは、新人幹事をいびるという行為は、
自分のアイデンティティを保つ行為でしかない、
ということ。

だと思ったり思わなかったり。
それで盛り上がって満足するなら、新人いびりをすればいいさ。
わたしゃつきあいますよ。

いつの時代も、若者と同じ視線になれる人が本当に強い人だと、私は思う。
経験やらなんやら、全ての面で劣っているのは当然ですが。

まあ、よう意味がわかりませんが、
このようにして、私は志村3丁目まで乗り過ごしてしまったわけです。
そして、1時間以上歩いて西巣鴨まで帰って参ったわけです。

さて、単独幹事をしたことで、
周りが新人をどう思っているかが少し見えたわけであります。

結論としては、一部の「会社人」にとって、
新人はマスターベーションの道具でしかない、ということがわかった。

そんなみみっちい人間にならぬためにも、自分を磨かなければ。

気づかせてくれて、ありがとう。



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ジダン頭突きゲーム

↑最高のゲームを発見しました。


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マトリックス


↑やはり最高に面白い映画です。

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