ここに新三菱重工業の非売品書籍の中にジープの年別(年度か暦年かは定かではありません)生産実績をしるした記録があります。数字は『三菱ジープのあゆみ』と同じ記載内容でした。但し、1960年以降は微妙に合致していません。ただ興味深いのは、APA(米国域外調達用)向けのJ4Cの内訳台数が区別されて表示されているところです。
《新三菱重工業によるジープ生産実績記録》

《個人的に理解した1953年、1954年頃の生産展開》
ここで、あらためて4Jエンジンが搭載されたCJ3B-J3の諸元表をじっくりと観察してみました。例の120台は、どうも1953年(昭和28年)に生産・販売された可能性は低く、1954年式として、また新型外国車としての型式認定を取得して生産販売されたと考えられます。上記生産台数実績表及び三菱ジープのあゆみP164,165から、1953年(昭和28年)、1954年(昭和29年)は、CJ3B-J4を主に生産していたものと考えるとスッキリします。そして民間向けCJ3B-J3については、1954年(昭和29年)に4Jエンジン搭載の新型外国車届出の120台が生産され、1955年の55-CJ3BM、1956年の56-CJ3BM・・・と生産が進んで行ったと考えると辻褄が合うと思われます。このように考えると有名なCJ3B-J3のカタログは、やはり1955年頃に発行されたものと考えると自然にこれまでの流れが理解できます。
《前向きリアシートが搭載されたであろうCJ3B-J3の諸元関連資料》

《1955年国産CJ3B-J3のカタログ》

★三菱ジープ互助会★
代表発起人J57改@日野市
当方へのアクセスは、jeep-gojyokai@crux.ocn.ne.jp
塩井まで。
《新三菱重工業によるジープ生産実績記録》

《個人的に理解した1953年、1954年頃の生産展開》
ここで、あらためて4Jエンジンが搭載されたCJ3B-J3の諸元表をじっくりと観察してみました。例の120台は、どうも1953年(昭和28年)に生産・販売された可能性は低く、1954年式として、また新型外国車としての型式認定を取得して生産販売されたと考えられます。上記生産台数実績表及び三菱ジープのあゆみP164,165から、1953年(昭和28年)、1954年(昭和29年)は、CJ3B-J4を主に生産していたものと考えるとスッキリします。そして民間向けCJ3B-J3については、1954年(昭和29年)に4Jエンジン搭載の新型外国車届出の120台が生産され、1955年の55-CJ3BM、1956年の56-CJ3BM・・・と生産が進んで行ったと考えると辻褄が合うと思われます。このように考えると有名なCJ3B-J3のカタログは、やはり1955年頃に発行されたものと考えると自然にこれまでの流れが理解できます。
《前向きリアシートが搭載されたであろうCJ3B-J3の諸元関連資料》

《1955年国産CJ3B-J3のカタログ》

★三菱ジープ互助会★
代表発起人J57改@日野市
当方へのアクセスは、jeep-gojyokai@crux.ocn.ne.jp
塩井まで。