日本古靴資料館

日本の靴の歴史についてのデータベースですが、まだ未完成ですので気長にお待ちください。

松屋百貨店のエナメルのストレートチップ

2019-06-14 11:10:47 | 百貨店
松屋百貨店オリジナルのエナメルのストレートチップです。

フォーマル用の靴らしく、底はカラス仕上げ。

ヒールには「EeocH」と書いてあるのでしょうか?

履き口の縁はカールエッジで仕上げてあり、ライニングはキッドスキンでしょうか。
百貨店の靴らしく、かなり手が込んだ靴です。

この松鶴マークは1907(明治40)年から1978(昭和53)年まで使われていたそうなので、この靴は78年以前に作られた物でしょうか。


2 コメント

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着々と進んでますね (しんのすけ)
2019-06-15 14:15:27
 Japan_shoesさま

お疲れ様です。
雨なので、家にずっといます(笑)。


松屋ですか、ハイソな雰囲気のペアですね。タキシードと合わせたんでしょうか。昔は、ドレスコードのあるパーティもあったのか、と時代を思わせますね。ありがとうございます。

ところで、靴オタク入りすぎなのですが、武具の研究をしている方とお話しする機会がありました…。そこで、「武具甲冑に、矢筈形で仕上げる慣習ってあるんですかね?」と聞いたんです。お答えは「わからない…」と(笑)。その方、興味持っていただいてまわりの専門家の方にも聞いてくれました(日本でも有数の方です)が、江戸時代には、少なくとも無いだろうとの結論でした。
なので、「矢筈仕上げ」自体は、明治以降、靴づくりが日本で普及してくるなかで出来上がってくるもののようです。

あと、わかってきたのは、日本では「沓」「履」の伝統があることです。布製のものですね…。これは、調べるの大変なので、すこしづつ研究開始です(笑)。
もう、ほとんど、現在の靴とは関係ない世界ですが(笑)、Japan_shoesさんだけ、興味持っていただけそうなので、お知らせしました。ではでは、失礼します。

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Unknown (japan_vintage_shoes)
2019-06-15 18:01:29
ちょっとやる気が出始めたので、更新してみました。
いつまでやる気が続くかは分かりませんが…(笑)

矢筈仕上げは武士が由来と言われてますが、そもそも江戸時代の戦争は鉄砲が主流なので、武士と言うよりも武具を作っていた職人が始めたものでは無いかと思ってます。

ちなみに「靴」という文字が登場するのは1873(明治6)年4月17日に西村勝三が東京府に靴の献上を願い出た「奉願候覚」が最初と言われています(それまでは沓でした)。
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