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「勘竹庵」evnc_chckの音楽やそれ以外

音楽の話題が中心になるかもしれませんが日々の雑感など書いていけたらと思っています。

泣かずに観ないで。「真夜中のカーボーイ」

2008-07-23 02:09:30 | 映画

泣いた泣いた。とにかく泣いた・・・。 映画「真夜中のカーボーイ」であります。

真夜中のカーボーイ(1969) - goo 映画

先日、水野晴夫氏がご逝去されたとのニュースを見て、ふと見返しました。この邦題は水野氏がユナイトの宣伝マンであった時代に付けられた名邦題の一つとして有名なんです。ってご存知ですよね・・・。

この作品の存在を初めて知ったのは中学生のころ。たまたまダスティン・ホフマンの「卒業」が何年ぶりかでリバイバル上映されたため、少々マセガキであった私は友人と見に行きました。そこでダスティン・ホフマンがこの「卒業」の後に一気に汚れ役に挑戦した「真夜中のカーボーイ」という作品を知ったわけです。

この「真夜中のカーボーイ」はホフマンの演技やら、成人指定であるにも関わらずアカデミー賞を受賞したことなど話題性も高く、作品自体も名画としてあの淀川長治氏も絶賛の作品でした。ジョン・バリーが作曲した哀愁を帯びたハーモニカのテーマ曲にも心を締め付けられます。

 しかし実は私なかなかこの作品を実際に見る機会が訪れないまま、結局、見ることができたのは10年くらい前です。ある文化センターみたいな施設で1週間くらいの短期上映で、観客もその時は私を入れて2人でした。 もう最後は涙がボロボロこぼれてしばらく席から立てませんでした(恥ずかしくてですが)。

この作品を実際に観る前の作品に対する私の期待は、「若手の青春スターとしての路線を拒否し「卒業」とはあまりに大きなギャップのある役に挑んだ」ホフマンの演技でした。実際、彼が演じたラッツォはしたたかに生きているかのようで、実はあまりに弱く繊細なじっと見ていると辛くなるようなキャラクターで、さすがホフマン。と素直に賞賛できる演技です。

しかし田舎から何の算段も無く夢だけを求めて都会に出てきたジョーを演じたジョン・ボイトはどうでしょう。必死に都会で生き延びようとあがきながらも田舎育ちの人の好さから徹底的に収奪されて、悲しむより途方にくれるそのとぼけた演技はラッツォ以上の悲しさを感じさせます。

あれから40年。演技派・個性派俳優としてハリウッドの名作に出続け、今もトップ名優として名の挙がるダスティン・ホフマン。対してごつい体格と田舎臭い風貌でアクション・スターでも演技派スターでも無く、何となく中途半端に現代まで生き延び、ミッション・インポシブルやスパイダーマンの脇役として不器用ながらもそこそこの知名度のジョン・ボイト。あの40年前の演技は本人達の意識には無かったかもしれませんが、彼らの姿そのものであったように思います。

その年齢から重厚で深みのある演技を求められるジョン・ボイトですが、どこかいつも視線がキョロキョロとしているような表情が「真夜中のカーボーイ」のラスト・シーンの表情にダブります。バスの最後部座席にちょこんと座り、自分の前から振り返る乗客たちの好奇と疑心の混じった視線に、「何でこんなんなっちゃったんだろう・・・。おれこれからどうなるんだろう・・・。」と困り果ててる悲しいジョーの表情に。