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田舎都会からの便り

古道研究家・毛利剛さん「二股口台場の全容とその戦い」

 フォト・・・古道研究家・毛利剛さん講演会

ブログは 毎朝更新努力しています

更新は 私が「元気で自遊人」している写真記録の便りです

田舎都会通信フォト毎日更新中

 興味のある方はご覧下さい

過去記事 2017年の出会い熊さん 

海道上士幌町・三国峠

幹線国道273号線は 道内一高所の標高1139mを走る人気ドライブコースです

観光名所や温泉もたくさんありますが 熊さんも気分良く共生できる山間地帯です

その三国峠でニペソツ山を眺めていたら 真下に熊さんがいた 

 

急勾配の下にある左で食事作業をしていた 

木の根を口で引っ張ったり 土を掘り起こしたり・・・

歯を使って木の根を引っ張る様子は 豪傑

好物のアリの巣を荒らしているように映りました

PM 5:20

食べ終わったら 悠々と出てきました

私は怖さを忘れ 魅入ってしまいました

PM 5:24

一旦藪の中に消えましたが すぐ戻ってきました

写真では小さく見えますが 実物は大柄な熊さんです

熊さんは人間を見ると 「去る」 と思っていたが 「去らず」

パンダに似ていて 人なつっこくも見えたが 怖くも見えた

 見ていた人は数人 

大声で 「戻れ 帰れ 来てはダメだ ・・・」叫んだが・・・聞く耳もたず 

「俺は日本語わからないよ」と訴えているようにも映りましたが・・・ 

大声を出すと熊さんは逃げ出すと言われてますが・・・怯まずでした 

数人の大人がいたので飛んで逃げ帰ると思ってましたが・・・これもダメ 

うなり声などは出さず 「仲良くしようぜ」という態度に見えました 

しかし 今にも駆け上がってきそうな雰囲気になりました

見ていた人から 「危ない 逃げろ」の声が飛び交い・・・

気づいたら 私一人が残ってました

熊さんは体格がよく  腕力では太刀打ちできないことを教えられました

 

秋田県でタケノコ採りが熊さんに襲われた時 「熊除け鈴をいくつも着けていたのに なぜ襲われたのか」というテレビ取材の質問がありました

ハンターの答えは 「熊除けの鈴を鳴らしていれば安全・・・馬鹿話こくな(するな)」を思い出しました

熊さんと出会ったら 「逃げるが勝ち」が一番 心に納めました

みんな車に乗り すぐ走り去りました

この後 どうなったのかなあ


翌日また立ち寄ったら 平穏な三国峠展望台でした

熊さんと共生は 油断大敵

もしかしたら 熊さんも「銃を使う人間には 油断大敵」と警戒しているのかも・・・

PM 5:30

 行雲流水  古道研究家・毛利剛さん「二股口台場の全容とその戦い」

2019年12月6日 古道研究家・毛利剛さんの「二股口台場の全容とその戦い」の講演がありました

場所は函館中央図書館 会場は満員御礼の盛況でした

北斗市最高峰の二股岳から大野川支流の下二股川を挟んで箱館戦争があり 榎本軍が陣をとった場所が台場山です

そこには主なる塹壕が16ヶ所あり 毛利さんが5年かけて調べあげたお話でした

毛利さんは本州などから訪れる台場山に興味を持つ方を案内されたりして 北斗市に貢献をされている著名人です

一人で黙黙と古道を探し回る活躍は 「すごい」の一語です


講演された歴史的なことはさておき お話しされた道標と熊などのことについて記してみました

国道227号(わが家の地域では 以前「江差山道」と呼んでました) 北海道新幹線・新函館北斗駅から車で約20ほどに入口標識があります

この標識が立っているので「入口はわかりやすいが 傷みが進んでいるのでまもなく倒れるでしょう」と話されました

この標識は郷土史に情熱を傾ける地元の三上敏一さんが 旧大野町時代に奔走して数カ所立てたうちの1ヶ所です

近くにあった「檜沢の滝・大石の沼入口」と「二股岳登山道入口」の2ヶ所は 近年倒伏しました

立てた団体名は 架空の「大野町文化財研究会」と記されてます

最近は本州からも訪問される方も多く 目印としての役割に貢献しているように私は感じています

今年は文字の塗り替えをしたので見つけやすくなりました

下記2枚の写真は 講演日の朝に撮りました

入り口前の路盤は テカテカ

台場山を車で訪問される方は要注意です

下記の図を使って台場山手前にもいくつか小さな台場があったことも話されました

わが家は写真右下の市渡(いちのわたり)稲荷神社の近くにあります

小さい頃から 茅葺き屋根(今は市渡神社に併合)の社で旧幕府軍の作戦会議が行われたことを教えられました

また図の真ん中当たりの四稜郭・五稜郭台場のことも話されました

私ごとで恐縮ですが わが家の所有林にも五稜郭の形をした台場があり 父に「掘ると十手や砲弾が出てくるかも・・・」・・・掘ってみたら出てきたのは「暖をとった炭火の残」ばかりだった記憶が残っています

私の曖昧な記憶ですが 昭和時代・北海道新聞に航空写真入りで記事が掲載されたました

また小さな沢の対岸にも台場があることを父から教わりましたが 確認しないまま今に至っています

毛利さんの講演は わが家にとっては貴重なお話でした

右下・牛立山(べこたてやま)と呼びます

5年かけての調査は 手強い根曲がり竹の藪漕ぎや熊との遭遇危険などなど・・・大変なご苦労をされたようです

塹壕の図面づくりなどのために何回も足を運ぶことが苦にならないようですが 熊には敬意を表しているようでした

写真は塹壕跡探しでみつけた冬眠用の熊の穴 よりによって塹壕につくられていたという

下記写真は 後日ハンターと捕獲に行ったときのものです

ハンターは最初に穴の前に三本の棒を立てるそう

熊は穴から出るときに棒を引く習性があり その引いた時に銃で打つのだそう

しかし 熊は不在でした というより利用しなかった空穴なのかも・・・正解は不明のよう

熊は2~3の穴をつくり その中から冬眠用を選ぶとも話されてました

写真はスクリーンに写ったものを撮ったので 見づらく コメンナサイです 

 

2014年「熊の穴」調査に向かうことを当日の朝に毛利さんのブログで知りました

足跡をたどって追いかけましたが 私が到着したときには確認が終わってました

下記は その当時の私のブログ記事です 

過去記事2014年  熊の穴

情報 熊 冬眠中

場所は箱館戦争・古戦場跡 道路は国道227号線

熊の穴は 正面の山・左の裏手

情報を発信されたのは 大先輩の歴史研究家・毛利剛さん

熊穴発見から当日の作戦は 下記のブログをご覧下さい

毛利剛さんのブログ 自遊旅(12/5~12/7

(申し訳ありません 今は繋がりません)

場所は北斗市中山・国有林 二股口古戦場跡

熊の穴には不在

私は20代に見て以来の熊の穴

中は深く抉られている

樹間に見えてる山は 毛無山

この辺りは熊の生息地

昭和時代は 樺太からの引揚者開拓地で

熊の被害に悩み多き地域でした

熊が選んだ場所は 古戦場塹壕跡

造りやすい場所を選んだのでしょう

向かって右がリーダーの谷内田博さん

若い時から地域の熊害駆除に貢献されています

後方の方が 発見した毛利剛さんです

箱館戦争の跡地を訪れる方は少なくない

見学の時は 熊除け鈴などを持参して安心入山しましょう

リーダーの谷内田さんは 経験豊富のハンターです

今回の熊穴は 失敗作だそう

雨水が入りそうに造られ 冬眠場所としては不適だという

ハンター減少が深刻だそう

今回も子息や親せき・親友でチームを組んだよう

わが家の裏山は 毎年熊がウロツキます

小学校も側にあり 出没するたびにお世話になっています

この地域で苦労された山口さん 山案内も詳しい

谷内田さんとコンビで地域に貢献されています

ただの木の棒・杖ではなさそう

使い込まれて ビガビガに光っています

銃が手振れしない優れものだそう

奥に見えるのが北斗市最高峰 二股岳

熊の穴は右側・台場山の森の中です

熊の穴の場所から見えていた 毛無山

 

 

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先日 北海道帯広市の学校敷地に熊が侵入したニュースが流れました

街中に熊が出没し 悠々と舗装道路を歩く光景は 怖さを覚えます

わが家の裏山も 以前は熊がウロツイテいました

熊出没は他人ごとではないなあ 感じます

下記は 昭和時代に近くに住む方の「熊との武勇伝」です 興味のある方はご覧ください

 過去記事2006年 熊と闘う「熊との武勇伝」

 

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