IMPULSE 日記

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交通事故

2007-11-19 | 介護
9月に父が交通事故にあった
高次脳機能障害をおこし、今も入院している
まだ若い父、これから長い家族の闘いがあるだろう
約2ヶ月放置したブログ、もうやめてしまおうとも思ったが、今までのこと、これからのことを書き綴っていこうと思う。

父は信号のない十字路で車を満載したトラックと出会い頭で衝突
父の乗った乗用車は左側面よりトラックに突っ込まれ、そのままトラックの進行方向に押し込まれた
相手方に怪我はない
父はそのまま救急病院へ
外科医の先生ほかスタッフの尽力もあり、腹部内出血による失血死は免れた
手術中に相手方会社社長がみえたが、「こちらも迷惑している」という言葉に怒りを覚える
術後腹部は快方に向かうも、頭部を激しく打ったらしく、左の頬など腫れ上がり意識は戻らない
検査の結果、「びまん性軸索損傷」ではと言われる
脳全体に細かいキズが残っている状態らしい
記憶・記銘力障害、集中力障害、判断力の低下、人格の変化、羞恥心の低下、時折大きな声を出す、感情の起伏が激しいなど
担当医は「簡単に言えば少しバカになってると思います」・・毎日脳外科の仕事をしてると麻痺するのだろうか、家族への配慮がない
いや、おおよそ医者というものは、家族に変な期待をさせないようはっきりものを言うようだ

一ヵ月後に意識が戻るも気管切開して管を入れている為、言葉が出ない
こちらの問いかけに頷く・・・泣いた
鼻には流動性栄養物を流す為のチューブ
腕には点滴
激しく動かないよう手足には拘束
痛々しい

更に半月、管が外れ声が出るようになったがそこには全く別人の父の姿があった
記憶は何年も前で途切れている
子供の数もあってない
映画好きの父、現実と虚構の世界が入り混じり、話すことは支離滅裂
私の腕をつかみ、「ご家族は?」・・・ショックが大きい
数分前の記憶も残らない為、見舞いに来てもすぐ忘れる

そんな状態だが、急性期の病院は約2ヶ月ほどで次の病院を紹介するらしく、回復期のリハビリ科がある病院へ転院した
ここで大変なことがおこる
転院初日の夜、慣れない環境で目覚めた時にパニック症状を起こし暴れてしまう
父の体力は回復していた為、かなり大変だったらしい
夜中に呼び出しを受けそのまま宿泊
記憶が止まり、興奮状態の父は、(実家に)帰りたい、親父に会いたいと言う
暴れたことも忘れている
看護師の言うことは嘘とさえ言う
何とかなだめて朝を迎え、母と交代した私は仕事に向かう
病院からは面倒見れないというような事を言われ、一週間待たずに精神科の病院を紹介される・・・たらいまわしか
父の家族に対する依存が強すぎて、看護師の言うこともきかないらしい

転院が決まるまでほぼ24時間付き添い看護を要求される
泊り込みで一日中、病室で父の看護
トイレは看護師の方々に手伝って頂いているが、リハビリは一日数十分程
入浴は週2回、、、その位か
徘徊癖があるため、目が離せない
今も、母と私と妻で付添い看護を現在も続けている





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