昨日、伊賀市で行われた「ひゅーまんフェスタ」の講演会に田中麻莉絵さん(旧姓小崎さんで四日市出身)という若い女性が来てくれました。
内部障害という面で同じハンデを持つ身として、ヘルプマークを普及しているこの方の人生を聞きたくて、参加しました。
(ネットより)
この方は悲しいことに、5年前の31歳の誕生日を迎える前日に「余命5.3年」という宣告を受けたとのこと。
病名は「骨髄異形成症候群(MDS)」という血液が正常に作れなくなる病気だそうです。
それまでは、民間で働いたりホームページ制作の会社を立ち上げたりとかなり忙しく全国を飛び歩いておられたそう。
それが、宣告によってすぐに緊急入院。
病院でのつらい(痛い検査等)生活が約1年。
父に買ってもらったそでを通していないスーツを着ることを目標に療養に励みどうにか社会復帰。
「残りの4年はできるだけ笑顔で過ごそう」と考えて通勤するが、しんどくて「優先座席」にすわろうとすると、
「若いのにそんなところに座って恥ずかしくないのか!」というおじいさんの声。
それから、しばらくして東京都が既に2012年から啓発していたヘルプマーク(写真に出ている+と♡マーク)を普及する活動を始める。
始めにターゲットとして選んだのは河村名古屋市長。アポをとるのに1万人の署名を集めるのに苦労されたそうです。
その後、イベントなどを通じて徐々に広まり今では東海3県ではかなり認知されている。
こう書くと、簡単に広まったみたいだが、実際はかなり苦労されているようだ。
(以上のことを詳しくお知りになりたい方は「東洋経済ONLINE」の記事に出ています。)
さて、ここで考えるべきは「外見からはわからない障害的なこと」(これは、何も内臓や血液とかの障害だけではない。目が見えないとか関節を骨折しているとか、LGBTとか日本人の顔をしているのに外国人なので言葉がわからないとか)
そうしてこと全てに配慮することが大事です。そして、本人はどうしてもしんどい時は「ヘルプマーク」を利用する勇気を持ちましょう。
田中さんに関しては、今は結婚され、やさしいご主人に支えられ、昨日は元気そうだったけど、病気は徐々に悪化しているようで、既にエンディングノート的なものまで作られているようです。(今は元気でもこれを作っておくといいとアドバイスしてくれていました)
これからも、元気でいられることを祈るばかりです。(ドナーが見つかり最後は骨髄移植もできるようですので少し安心しています)
PS
何かで見たが、「不幸は突然やってくる」ようです。
それにどう対処すべきか。
また「死は刻一刻と誰の身にもせまってきています」
どう、有意義に生きるべきか。
人生は「長いようで短く、短いようで長くて」複雑です。
自分が使命と思えること、自分が楽しくやれることに全力を尽くしましょう。