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どうでもいいこと

M野の日々と52文字以上

天気は回復

2016-09-10 00:59:18 | 日記

 

昨日の大雨は通り過ぎて、今日は天気がいい。どうも岩手県は被害がなかったようでホっとしている。もしかすると台風10号の被害に紛れて見えていないだけかもしれないし、崩れるところは全部崩れてしまっていただけなのかもしれない。ただそれでも前線があと40キロ内陸に寄っていたら大変なことになっていいただろう。これでも半分以上海に降ったのだ。

ただ今年の北海道は踏んだり蹴ったりだ。8月からの大雨続きで被害が相当だろう。いや熊本の地震もあるが九州から中部地方の梅雨から続く雨もひどかった。そのせいだが、今年はまだ野菜の端境期が遠いのに野菜が高騰しだした。特に葉物が高い。播種期とか今年は判断が難しかったと思う。夏の乾燥もひどかったが、一息ついたら大雨ばかりだ。降ったら大雨。これでは野菜は上手く育たない。

イマ時期に野菜をいっぱい食べておきたいのだが、今年は少し無理だ。

 

 

以前第一次世界大戦後のジャズブームと言うのがクラシックに与えた影響が大きいと書いた。ただそれは以外とわかりにくいかもしれない。直接的な導入が少ないからだ。4ビートですらないものもある。ビックバンドでもない。ここが面白いところだ。

多分直接引用したのはクルト・ワイルだろう。ただそこにあるのはブルースとアメリカンポップスだ。ジャス的ではあるが少し違う。ストラヴィンスキーはラグタイムを使ったが、ロシアンメロディだ。プーランクは自在に使いこなしたがオシャレになってしまった

ダダイスムを少し書いたが、第一次世界大戦はヨーロッパ人の価値観を分裂させたと思う。もう旧来に戻れないと思った人たちが作ったのがダダであった。美術の世界はそうだったが、音楽だと現実的に娯楽という要素がある。クラシックが?あれは金のかかる娯楽です。金がかかる言い訳が高尚なだけです。ただチケット代が高いだけです。とは言っても今の日本のポップスの最高席を取ろうと思ったら、以外とクラシック並ではないのでしょうか。

なので観客の財布を見ながらその当時の流行を見て作られたのが「三文オペラ」。ストラヴィンスキーの「兵士の歌」もその流れです。そこに流行のジャスを入れるのは当然なことでした。娯楽だったのです。逆に超真面目なウイーン新学派は、今でこそその功績が讃えられていますが、お客が入らなかったようです。

それではお客が喜ぶようにするためにはどうすればいいのか、ジャズを思いっきりヨーロッパに寄せてしまうわけです。流行の意匠を借りるわけです。でも本当のところを少しは理解していたというのは、確かです。アメリカの進駐軍がいたからです。その範囲で、わかりやすくジャズの影響があるわけです。フランス・ドイツです。ただロシアまで行ってしまうと、何が何だかよくわからないショスタコーヴィッチの「ジャズ組曲」が出来上がるわけです。だって本当のところを知らないわけで、自分のところに寄せまくっているんですね。

次に大きいのは、アメリカのことを心の底では馬鹿にしているのがヨーロッパです。なのでジャズは下品だったものを高尚に仕立て上げなければいけません。そういったのが、かなり変な具合に響いてくるのが、その後に来た新古典主義の大オーケストラの楽曲たちです。もうヨーロッパの古い楽曲からインスピレーションを受けたという現代音楽スレスレの壮大な曲が描かれます。レスピーギのローマ三部作もそうですが、ストラヴィンスキーのこのころの楽曲にはギリシャ悲劇を題材にした「エディプス王」や交響曲が並んでいます。これって反動です。

さてそれではこれらを裏付ける材料の前に、ヨーロッパジャズってどうなのというのを見ていただければ、私のいうのはそうだなと思っていただけるかもしれません。なんで国別に方向性が違うの?そう、彼らは寄せないとダメなんです。

ではなんで日本があんまり寄せなかったのかといえば簡単です。シャンハイがあったからです。租界地であったためにアメリカのジャズがあったということ、租界地ならではの国際性もあってその音楽性が偏らなかったというのは大きい可能性があります。そこから導入されたものと、レコードでの学習が大きかった。で、当時の日本人はジャズを下品なものと思っていた。徹底的にくだらないと思っていた。だが流行している。プレーヤーはそこでギャフンと言わすべく努力するわけです。もう本場物のコピーから始まってシャンハイで修行して頑張るわけです。そして進駐軍が来たわけです。ジャスもきたわけです。もう直接的に貪欲に導入したのが、日本のジャズです。

まあでも、なんか違うよねというのが日本のジャズですが、この時点であとはアメリカに認めさせるのが決まりになります。まあ日本のジャズと認めてもらいましたが。

さて日本とヨーロッパの最大の違いは何かといえば、音楽で踊るのが西洋。日本は踊らないんですね。踊る人たちは自分たちに合わせて作り直した。踊れない人たちは音楽として全く違うように取り扱ったわけだと思います。その後ジャズで踊らなくなった西洋人、特にアメリカ人というのがあって、正統的ジャズというのがなくなったと考えています。

ただ、本当にバーバーのピアノ曲の中にキース・ジャレット顔負けの曲があって、そこからパイプオルガンの即興演奏の伝統と、インプロビゼーション・ジャズがつながったというのがあって、真面目にジャズの奥行きの深さに驚きます。

 

 

ゆぴあすに泳ぎに行ったのだが、今日はプールお年寄り無料デーだった。向かっている最中に気がついた。

悲惨なことになる可能性大だった。そう、お年寄りは決して譲らないのだ。ただ仲がよくなればいいのだがそんなに泳ぐわけではない。だが今日はみんな和やかに泳ぐことができた。そしてそんなに混雑しなかった。いい感じで泳げた。

で、ゆぴあすのロビーで見かけた布製積み木。結構面白いのだが、色がアレ?図柄がアレ?。なんだろう。ディック・ブルーナーカラーでイラストも似ているのだが、これはなかなかに逃げていて感心した。ブタのイラストはブルーナーそのものだろう。でも違うんだな。まあいいや。

帰りは昨日の雨で自転車のチェーンオイルが抜けきっているようなので、ホーマックによってオイルを買う。ただどのオイルがいいのかはわからないが、今は軽いものが欲しい。本来ならば値段と性能で二硫化モリブデン配合のハンマーオイルがいい。ただこれは汚い。完全スポーツ用にはいいのだがママチャリには不適当だ。

で、どうでもいいと思って買ったシェーバー用のオイルが絶妙の硬さでいい感じです。マジで。これは想定していなかった。とはいえシェーバーの説明書には髭剃り後毎回オイルをさせと言っているのだが、真面目にオイルを指している人はどの程度いるのだろうか。一生ものの買い物をした気分だ。

響によって、「秘境釣行記」を返却する。ついでにベアレンのオクトーバーフェストの案内を渡す。さてどうなるか。今年は4日間開催で最終日が水曜日だ。響は休みだ!

 

 

深夜に歩道の脇で自転車が倒れている。そして白い塊がある。異様なので近ずいてみると知り合いの学生だった。スポーツをやっているやつなので真っ黒で、白のシャツに黒のスラックスなので、まるで白いズタ袋が落ちているようにしか見えなかったのだ。ズタ袋?ドンゴロス?

どうしよう。体育会系は寝起きに何があるかわからん。幸いに武道系ではない。少しづつ揺り起こしながら、様子を見ながら少しづつ目覚めさせる。以外と体脂肪率が高いな、こいつとか思いながら起こしてゆく。

起きた。服とか点検したがどうも転んでそのままだったわけではなさそうだ。眠くてフラフラ自転車に乗っていて歩道の端にタイヤが引っかかって止まってしまって、転倒というわけではなくそれをきっかけに自転車を捨てて寝てしまったようだ。酒ではないようだ。

頭を打った可能性があるから、起きたら気を付けてねと言ったのだが、完璧に寝ぼけている。頭痛がするとか異変があったら明日病院に行ってねと重ね重ね言うが、多分覚えてはいないだろう。いきなり猛ダッシュで自転車こいで本町通を横断して、もう少しで車に轢かれるところだった。

大人としては、もう少し話をして目を覚まさせて、自転車を押させて一緒に家の近くの安全なところまで行くべきだったのかな。でも少なくとも、細い断続的な雨に濡らさなかったということだけで、勘弁して欲しい。


また雨だ

2016-09-09 03:12:14 | 日記

 

今日の朝は晴れていた。11時くらいまではなんとかといった塩梅だったが、14時頃から降ってきた。この前の台風10号で大被害を受けた岩手県沿岸だが、その後も晴れが続いたわけでもない。地盤が緩んでいるということで避難注意情報が出ている。

とはいえ台風10号の被害だが、まだ完全に全貌が明らかになっていない。一体ここはどこの国だというくらいに遅れているのだが、通信網がズタズタに成ってしまったためだ。その上道路も寸断され復旧できそうにもないところが多い。9月1日に県知事が激甚災害指定を要望したようだが、この時点でもまだ被害が確定していなく、最近になってもまだ新たな被害が見つかるといった状況だ。

岩手県の、しかも一番山深い地域で起きただけに、道路が寸断されると簡単に孤立してしまう。そして通信網の復旧のための工事車両も入れずに、徐々にだが復活しつつはあるとはいえ、それでもまだ情報が集めにくい状況だ。

 

 

今日はISISが女性に課していたブルカを限定的に解除せざるを得なくなったという話が入った。ニューズウイークだ。

イラクの英語ネットメディア「イラキ・ニュース」の報道によると、事件は9月5日にイラク北部モスルの南方にあるシャルカットの検問所で発生した。ベールで顔全体を覆った一人の女が、隠し持っていたピストルでISISの戦闘員2人を撃ち殺したのだ。」

これはヨーロッパでも問題になっていたことだ。完全に体を覆う、歩くテント状態なら服の下に何を隠してもわからない。爆弾かもしれないしピストルかもしれない。だから怖いとされていた。特にブルカより厳しい、目を紗で隠すタイプになると女かどうかもわからない。だから禁止にしようということであった。

その是非は置いておくが、イスラムにおいても女は女なのだ。ブルカ並みに厳しい服装のイランでは、鼻の整形が流行ったという。理由は見せられる場所が目と鼻しかないからだ。鼻も穴は隠しているから鼻筋の矯正と高さだろうか。イスラム原理主義は人類の半分を無視してできている。


ブルカの着用は、厳格なイスラム国家の樹立を目指すISISにとっては絶対のはず。それが治安上の理由で例外を認めなければならないとは実に皮肉だ。今後も町の中ではブルカの着用が強制されるが、モスルにある治安施設や軍の検問所では着用が禁止される。」


ただ慎ましやかで賢明なイスラム女性の中から、テロリスト達にテロを起こす勇気のある女性が現れたのは、よっぽどだったのだろう。夫か息子を殺されたとか、その上犯されたとか、いやそれだけではなく様々な恨みがあったのだろう。しかもその検問所にいたのだろう。シャルカットの検問所から出るのかはいるのかはわからないが、口実から全てを作って入ったのだろう。計画的だったのだろう。そしてブルカからの中で安全装置を外したのだろう。外からは音は聞こえない。銃はオートマティックだろうが。練習したのだろうか。したのだろう。ブルカの中でもできるようにしたのだ。

個人的に日本の右翼とかもそうだが、保守主義者は女性の怖さがわかっていないよ。特にこの原理主義者達は、全くわかっていない。男女の絶対的な経済格差があった時代はともかくとして、シリアやイラクのように進んだ地域だとこうなる。アフガニスタンはまずしかった故に成功しただけだ。

アフリカのポゴ・ハラム?あれはイスラムなのか?



今日はNHK交響楽団90周年記念ということで、パーヴォ・ヤルヴィ指揮でマーラーの8番を演奏した。録音したのだが、冒頭10分くらいが欠落してしまった。インターネットラジオのストリーミングを無理やりソフトで録音するからそうなるのだろう。未だ嘗てこの障害がなんで起きるのかがわからないのだがまあそれでも聞ければマシだ。

1000人の交響曲と言われているが、半分以下の編成で行ったようだ。なので合唱が少なくなっている。実はこれが効果的な気がする。合唱が、特に少年合唱のクリアーさが出ていて名演だと思う。

多分お父さんのメーメーに比べると普通の速度。で、解説を聞く限り指揮台で踊っていないようだ。やっぱり編成がでかすぎて踊ってられないと思う。だからパーヴォ、歌いすぎだってばさ。

いかに90周年とはいえども、マーラーの8番はかなり物理的に難しい曲だ。いかに芸術監督とはいえ、予算をどう引っ張ってきたのか。パーヴォに対するN響の信頼が伺えるんだが、まあ彼のコンサートはチケット発売即日完売なんで。冒険やり放題ということで。でも多分パーヴォはN響でマーラー全集は作らないだろう。作ったとしても、ライブのみのものだ。今の所全て名演だ。

まあN響は放送交響楽団でもあるので、多忙すぎるというのはある。貸切録音の少ない楽団である。



午前2時時点で、宮古に一時間あたり36ミリの雨が降ったようだ。レーダーナウキャストから短期降水予報から気象衛星まで含めて、沿岸部にきつい雨雲が通過するのはわかっていたが、発達しながら通過したようだ。沿岸部を中心に降ったと思うが、宮古で午前三時時点で今日の降水量は104ミリに成っている。

雨はこの後遠ざかるが、にしても大雨で、盛岡はさほどでもない。

申し訳ない。


今日はさらに何もしない

2016-09-07 19:13:30 | 日記

 

本当に何もしなかった。ご飯を作っただけか。後は洗濯だろうか。ブログを書いているのが一番の仕事かもしれない。

特記するとすれば、腱鞘炎だろうか。何もしないのは腱鞘炎に良い。何しろ日常で手首を使わないというのは、ほとんどないからだ。

 

 

腱鞘炎も湿布の方がいい。特にテープタイプがいいのはわかっているが、やはり複雑に動く場所なのでテープが剥がれやすい。そこでサポーターをするのだが、どうも具合が悪い。

そう、腕時計をどうするのかだ。特に左手が痛いので腕時計とバッティングするのだ。で、右手につけるとこれまた慣れていなさすぎてえらく不便だ。右手内側という方がいいのだが、男としてそれはどうかと思う。

 

 

ということでローションタイプなのだが、そろそろなくなりそうだ。あまり効いたとは思わないが、無くなるなら薬剤を切り替えなければいけない。さてどうするのか。インドメタシンにするべきかジクロフェナクで行くべきかフェルビナクで行くべきか。

ふぇるび泣く じくろふぇ泣く 印度めた 真こそつけづ 未だ治らず

狂歌ができた。対処療法だもんね。でもフェルビナクもジクロフェナクも、なんかシクシク感がある名前だ。

 

 

まあ後はたまった写真の整理でもして寝よう。


今野保著「秘境釣行記」を読んだよ

2016-09-07 01:03:51 | 日記

 

今日の天気予報はあまりいい話はなかった。雷があるという。雲の具合も悪い。なので外にでるタイミングを失った。部屋の方付けとか掃除とかすることはあるのだが、ボーっとしてしまう。

そこで響の熱田氏絶賛の、どうも戦前の北海道の渓流釣りの空恐ろしいほど川が豊かだった時代の途方もない釣果の話、今野保著「秘境釣行記」を読み始めた。店で最初の3Pを読んだだけでこれはヤバイと思った本だ。

 

 

ものすごくやってしまった感が残った。しまった、こんなにいい本だったらもっとじっくり読まなければいけなかったのを、また一気に読んでしまった!

出だしから、何かとても静かで文体も少しそっけなさすぎるほどで、単純なのだが的確な言葉なので少し飽きるかなと思ったのだが、時々出てくるディティールの細かさがおかしいほどなのだ。「アオダモ・マイタヤ・ニガキ・クワなどの木材も収納してあった」ここだけ読むと何が何だか今の人にはわからないだろう。昔の人は仕事で使う木を集めて保存していたのだ。ニガキはもしかすると魚毒用なのかとも思うが、クワをカンジキに使うというというのは正しい。

シナノキの皮で縄を綯うのも正しい。こういった描写はよっぽど山仕事に詳しくないとできない。

そう、最初は北海道の伝承を寄り集めて一つの作品にした、お話だと思っていた。だが読み進めれば進むほど、これは本当の話だと気がつく。とにかく空恐ろしい釣果なのだ。尺ヤマメを一人で70匹とか90匹とか、2尺のイワナとか、伝説でしかない話が書いているからだ。そういった話をプロがいかにも素人が書いたように書くことはできるが、こういったディテールとなると調べたことを喜んで書いてしまったりするので、なんとなく嘘くさくなる。だが当たり前のように書かれてしまうと、疑えなくなる。

というか、これは本当の話だったのだ。

 

 

特に気がつきにくいディティールに、アイヌ人の清水という男の描写がある。冬は猟をしているので山に避難小屋や宿泊する小屋を幾つか作っているがそれが広範囲にあることと、その作り方がこれまた正確に書かれているのだが、実は言葉がものすごいのだ。

「「こんにちは。ここで何をしているんですか」と丁寧な言葉使いで尋ねてきた。」

全体の口語は方言を標準語に近く落とし込んであると思う。ただ清水の言葉だけは文語に近い標準語なのだ。これは当時のアイヌ人に対する強制的日本語化の成果なのだ。アイヌ人や沖縄の人たちに対して徹底的にやった政策だ。小学校で少しでも民族の言葉を使うと、罰を与えられた。少数民族だったアイヌ人は特に順応しなければいけなかった。なのでアイヌでも地域言語は失われてしまったという。そして日本人を前にして絶対標準語しか話さない。

さらに「奥地へ」で清水は作者を「帳場さん」と呼んでいる。役職で呼ぶというのも少し変なのだが、これは確かアイヌ人の概念だと思った。役割で呼称が変わるということだ。名前を直接言わない為のことだったと覚えている。

そして作者は清水さんとは言わずに、常に清水といっている。

 

 

小学生の時に読んだ本で、山の中で小熊を見つけてあんまりにも可愛いので家に連れて帰ろうとしたら、母グマに追われてしまい山で迷子になる兄弟の話があった。山でサバイバルをしながら小熊を手放せずにさまよう兄弟の生命力がなんかすごいのだが、最後に小熊を連れているのが間違いだと気がついて手放すところが、淡々と描かれていて切なかった。

お話かと思うほど、メチャクチャなのだが、確か実話だった。ただ子供文庫的な書き方に近かった。とはいえ時代なので漢字とか省略しないし大人の本であった。

小学校の図書館にあったのだが、あまりにもボロボロで私がさらに読みまくったものだから、いつの間にかなくなっていた。欲しくて本屋に注文したら絶版だった。そりゃそうだ。

体験記というのは記憶の中で装飾されたり粉飾したりとあるが、子供の時の記憶というのはどうも嘘はつけないような気がする。小熊の話もそうなのだが、確か辻褄合わせというのはなかったように覚えている。ディティールは後から補強されたところはあるかもしれないが、書き出しが16歳なので多分全部わかっていたと思う。

68歳の時に事故で利き手を壊して左手で字を書いた。字を書くことが困難というのが、記憶を明晰にさせ文章を簡潔に、しかも的確にさせたのかもしれない。ただ、不幸の結果でなければこの本はなかったのだろう。

北海道旅行はしたが、日高山地の下の方の最も山深いエリアは掠めたこともなく知らない。だから他の北海道の山や東北の山と白神山地と八甲田山を重ね合わせながら記述を読むのだが、どうも巨大すぎて途方にくれることがある。ただ私でも途方にくれるというのは、都会の若い人にはもっとわからないだろう。簡単に言おう、記述されている4.5メーターのリールではない竿で、対岸に人がいる状態でバカスカ釣る為には最低でも9メーターの川幅が必要だ。つまりその倍の川幅がある。それが支流なのだ。

ただ一つだけ謎がある。3人が一日で大体200匹釣ったとして10日間で2000匹だ。一匹当たり300gとしても600キロだ。これを焼いて干して乾燥したとしても半分で300キロだ。最初の釣行で5人だから帰りに60キロの荷物になる。女性もいるので男性にはさらなる重量が来るだろう。

分散して荷下ろしをしている記述もあるが、真面目に当時の人は強いと思った

欲しかった小熊の本を、さらに高度化した本を読んだ。


今日も平凡で結構おかしい

2016-09-06 01:25:16 | 日記

 

今日は泳ぐ。2000メートル泳いだ。盛岡市のクリーンセンターの排熱利用施設のゆぴあすなのだが、最近まで国体の影響がなかったと思う。夏の間に都南の屋外にいたのでその点はわからないのだが、7月上旬までは影響はなかったと思う。だが戻ってきてみると、何か少しだけ影響が出ている。総合プールの人がチラホラといる訳だ。そして今までのゆぴあすのお客さんがいる。

まあこの2回は早い時間に来ているので比較はできないのだが、客層が少し動いている。今まで見たことのない人がいるのは当然だが、真面目な人が増えたのは間違いない。

今日は泳いでいて、コースに入ってきたおじいさんがいたが、考えられないほど遅い。25メーター1分以上のクロールというのはどうやればできるのか。しかも、ずっと泳ぎ続けるのだ。インターバルで泳ぐにしても、休む時間が長くなりすぎる。さてどうしようかと追いついて足を触ってみるが、気が付かない。それでは肩を触っても泳ぎ続ける。久し振りのあるあるだった。公共プールのお約束は追い越し禁止だ。二人しかいないと思っていても突然誰かが入ってくることがあるからだ。

ということで、隣のコースに移るが、すると競泳経験者が登場してタイムアップしてしまった。隣のコースで休み休み泳いでいた昔のお嬢様ははじき出されて、25メーター1分のコースに移るがどうしてもタイミングがつかめず、上がってしまった。

こちらは若いのと張り合ってクタクタになるが、それでも互いにタイミングを合わせられる。25メーター1分のコースには、そしてしばらく誰も入れなかった。そこに現役マスターズの選手が入ってきた。最初は戸惑っていたがガンガン追い抜くようになって、でも当惑していた。

遅い人はダメだという訳ではない。早い人は逆に遅い人に合わせてトレーニングメニューを変えるべきだと思っている。だがどうこうしても全く合わせられないのだ。だから一緒に協調して頑張りましょうと行きたかったんだけど、全く無理だった。

ただこれだけは言いたい。25メートル1分では運動にはなっていないし、逆に体を冷やす。それをどんなに長時間やっても、健康には良くない。裸に近いという心理作用の方が大きいくらいだ。そして古くなったがケネス・クーパーのエアロビクス理論を大きく誤解していると思う。

ただ、25メーター1分で2000メートル泳ぐ自信はない。その点は完璧に認める。実はそういった泳法も身につけていたのだが、最近進化してどうもそれでも無理になってきた。

個人的にお年寄りでもインターバルの方が効率はいいと思う。技能習得の練習方としてもそっちの方が早いと思う。

 

 

クルト・ワイルばっかり聴いているのは前回書いた。

その少し前に、ジャズの影響を受けたと思われるクラシックを探して聞いていたのもあって、少し感慨深いものがある。以外と歴史に沿った聞き方なのかもしれない。

第一次世界大戦はヨーロッパを、特に人中心だったヨーロッパを荒廃させた。そこに入ってきたアメリカ軍が持ち込んできたのがジャズだった。もちろんそれ以前にラグタイムとかは入っていたが、多分なのだが直接的に入ってきたのはこの時なのではないのだろうか。ドビッシーの曲でラグタイムを使った曲があるが、かなり違うものになっている。譜面だけで影響されたとも思う。それがストラヴィンスキーの兵士の歌では明確にラグタイムになっている。

ジャスの影響は私の考える範囲で、相当に広い。

ただインプロビゼーションの手法は、パイプオルガンの即興演奏が先にあり、バーバーがそういった曲を書いたとしてもおかしくない。それをキース・ジャレットが引用したとしても別に不思議ではない。また全員が独立して考えたというのが正しいのかもしれない。だがね、あのグルグルは神秘主義者の技法でもある。パイプオルガンに関してはまさしくそうだ。神からの霊感を受けた演奏なのだから。

 

 

実はここで、シェーンベルクを考えなければいけない。理由はヨーロッパクラシックの異端児だと思われているが、正確に言えば改革者だ。音の響きと音楽を追求して行けば、最後には無調に成るというのを手法と実践で追求した。なのでこの世界には追随者がいっぱいいる。

ではこれがメインストリームだとして、なぜジャスという調性と変拍子可の世界に惹かれたのだろうか。

多分これを読み解く鍵が、チューリッヒ・ダダだと思う。ヨーロッパ中から逃げてきた芸術家が中立国のスイスににげてきたのだ。そこで既存の芸術というのを破壊するべき行動が、否定されなかったのだ。いやもちろん今で言うところのハプニングでひどい目にあった観客もいるだろう。

だが否定されずに、逆にダダはヨーロッパを席巻した。アカデミズムの否定というのは長く続いた闘争だったが、ここでもはや終戦とそのゴタゴタで、アカデミズムの存在が難しくなった。

ヨーロッパの音楽史の嫡子たる無調は、この間有名曲を編曲し直して観客を集めつつ自作を発表する。それは嫡子たる証明であり義務だった。だがヨーロッパを否定する作家が出たわけだ。それがクルト・ワイルだった。

だがその前に共産主義がある。究極的には世界に富が偏在しないようにすれば世界は平和になるし、国家も安定するという考えだ。ヨーロッパ的な王族と豪商がいる世界のアンチテーゼであり、実際ドイツでは共産革命が起きた。

ブレヒトは共産主義だ。

惨憺たる第一次世界大戦後に二人が出会ったのは奇跡だろう。二人とも一次大戦前を全部否定したいた。そこで注目したのがアメリカの音楽だった。すなわち当時だとジャスだ。ヨーロッパでない音が必要だったのだ。

 

 

神秘主義がなぜこの時代にいきなり消えるのかといえば、人が大量に死んだためだ。しかも機械のためにだ。

時代の端境期だったのだと思う。

ジャズというのは必ずしも自由な音楽ではない。だがそれに惹かれ影響された曲がある。

旧来の体制が崩壊した時に、しかも峻烈な時の、ジャスは強烈な印象だっただろう。これだけは確かだ。