ようやくイタリアの至宝・史上最高のバイオリニスト、とイタリア人だけが言っているウート・ウーギの全集を聞き終えた。全体ものすごく保守的に聞こえて細かく革新的解釈と、過剰なまでに美しい音色と美しすぎてどれも同じ音に感じてしまうほどの貧しさと、聴かせどころで全く使わず(使っていないように聞かせるほどのテクなのだが)フツーのところで使いまくる超絶技巧、完璧を追求して完璧であるがゆえの不完全さ、強さと弱さが同居する謎のバイオリニストです。聞いているわたしも覚醒しながら酩酊してゆく感覚がたまりません。伴奏のサヴァリッシュが徹底的に合わせているのですが、ウーギも傲慢なまでに合わさせているわけでもなくものすごく楽しんでいるフシもあるわけで、まあ用はおぼっちゃまなんですね。ものすごくわがままなのだが、実は気配りがすごくて周りは気がつくと乗せられているというところでしょうか。
まあとにかくすごい。わかりにくくすごい。だから少し疲れてきた。
ようやくクルト・ワイルにたどり着いた。仕事で忙しすぎて疲れた特にウーギがいて、さらに弱った時にワイルになったわけで、この恐ろしくバカバカしさが丁度良い。ロッテレーニャのソング集3枚組がとても安かったので買ったあった。だがそれは少しゴージャス過ぎた。さらに特売の10枚組のベルト・ブレヒト/クルト・ワイルの10枚組がもっと安く、ロッテレーニャの三文オペラが1930年版と58年版と二つ揃い、マハゴニーの興亡が入っていた。大体のとことは入っているのだが、ハッピーエンドだけは、実はソング集だったし、先の三枚組の中に入っていた。若干音が違うのでありがたい。というか中古CD以下の値段で新品を買っているのだから文句は言えない。
やっぱりワイルはいい。ブレヒトの台本はかなり人を食ったものだが、それでも共産主義への傾倒が強く実はマジメだ。ワイルの持つポップス志向がなければ伝わらなかった可能性はある。いやでも、マハゴニーの興亡のテキストをネットで探して読んでいたら、ハリケーンとタイフーンを同列に扱うドイツ人の無邪気さに微笑んでいたら、マハゴニー上陸3分前に迂回してしまうというところで、吹き出した。本当にモニターは茶だらけになった。最後には神様まで出てくるが、その神様に向かって「今が地獄だ」と言い切るあたりが、今も通用する。
アメリカのミュージカルに影響を与えたと言われているワイルだが、それ以上にのちのお笑いにも影響があるのではないのかと思う。
とにかくこのバカバカしさは最高だ。そしてなぜかオーディオファンをあざ笑うように、音が悪ければ悪いほどワイルの音楽は光り輝く。ただ歌手がロッテレーニャ以上の「ヘタウマ」が出てこないからそうだというのもあるのだが。
水曜日に学生が走り高跳びで遊んでいた。正確に言えば授業なのだが経験者がいない中ではすべてが純粋に遊びになってゆく。テクニックとかうるさいことも様々消えて、初めてのチャレンジでなんとかしようと、そしてなぜか誰もが一番高く飛びたいと純粋に思う。出来ないとわかっていてもチャレンジしなければいけない。自発的な意識というのは、遊びから始まるのだ。小学校体育の教則本を読めばそこがわかるだろう。
えらく無邪気な場にいた。
それを撮影すれば、えらく不均一な、予測不可能な世界だ。ところが失敗はしない。正確に言えば失敗はないのだ。そこには遊びしかないからだ。すべてが遊びの世界では結果はないからだ。カメラマンとしての精度の問題はあるがある精度は保証できる。その上での驚くべき自由な世界に私はいた。
まずい感覚を覚えた。
仕事の上で参照する写真家は何人もいる。そのスタイルを直接まねすることはないが、意識とか歴史背景はよく考える。メインの仕事ではユージン・スミスの歴史背景を意識した構図、カルティエ・ブレッソンの徹底したリズム、そしてすべてが謎の木村伊兵衛だ。特に木村伊兵衛の戦前の写真はわけがわからない。これは見た人でないと全くわからないだろう。中国でのスナップ写真のあのわけのわからなさと、それを称賛した当時の人たちと、それを継承する現代の人たちのわけのわからなさだ。ユージュヌ・アッジェの方がまだ謎は少ない。
一つだけわかっていたのは、木村伊兵衛は何も考えていない、ということだった。だがその称賛し続けられるのがよくわからない。
その謎は一つだけわかった。木村伊兵衛という男は、写真で遊んでいた。真面目でなかったから称賛されているというのもおかしな話だが本当に変だ。
その意味ではナゾな男はもう一人いる。ラルティグーだ。特に子供の時の無邪気な写真はどうしようもなく謎だ。だがどうしようもなく愛おしく、喜びにあふれている。木村伊兵衛の中国でのスナップのような乱雑さではなく、まあ被写体が違いすぎる。ノーブルだ。
それはできないな。
しばらく伊兵衛もスミスもブレッソンも忘れてしまおう。
歌詞はきついが、ワイルの音楽はすべてを消しとばしてゆく。
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