佐々木俊尚の「ITジャーナル」

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松下電器産業とジャストシステムの訴訟

2005-06-13 | Weblog
 少し時間が飛んでしまったが、松下電器産業とジャストシステムの訴訟についての話をもう少し続けたい。

 松下がジャストシステムを訴えた裁判の一審判決は今春に下され、松下の勝利に終わった。「一太郎」「花子」の両製品が松下の特許権を侵害しているとして、両製品の販売差し止めを求めていたのに対し、東京地裁は松下の請求を認める判決を2月1日に下したのである。ジャストシステムは即座に控訴し、現在は設置されたばかりの知財高裁の初の合議案件として、審理が進められている。

 ジャストシステムは私の取材に対して、2点の論点を挙げている。

(1)問題の特許は89年に出願され、あくまでワープロ専用機についての特許だったということ。その特許を、ソフトウェアに適用するのが妥当かどうか。
(2)「一太郎」のヘルプの機能は、WindowsのAPIを使って開発されたものであるということ。

 ジャストの幹部は、私の取材にこう話した。「OSネイティブな機能をアプリケーションが使用した場合、その機能の実現には当然もともとのOSの機能が必須になる。OSの機能の特許権については、OSのレベルでクリアされていると今までは考えられていたし、そんな部分に特許権抵触の可能性があることに留意してアプリケーション開発をするべきだとはだれも考えていなかったはずだ。それが世界共通の認識だったのではないか」

 たしかに、ヘルプアイコンの機能はごく一般的なユーザーインタフェイスとして、昔から存在している。たとえば1991年に発売されたMacintosh System 7。バルーンヘルプという機能が搭載されており、マウスカーソルをさまざまなアイコンにフライバイさせるだけで、マンガの吹き出しのような機能説明が表示された。そしてこの機能はその後、Windowsにも採用され、そしてWindowsネイティブな機能としてさまざまなアプリケーションにも搭載されるようになった。

 1970年代にゼロックスのパロアルト研究所で最初のグラフィカルユーザインターフェイス(GUI)を持ったマシン「Alto」が作られて以来、LisaからMacintosh、そしてWindowsへとGUIの技術とデザインは素晴らしく進化してきた。技術者たちの努力の結晶としてそうした流れを見てきたソフト業界人たちにとっては、たしかに松下電器産業のライセンス供与は受け入れがたいものだったのだろう。

 一方、松下の側は、「大きく言えば、ひとつのマーケットの基盤を作るような特許に関しては、一社だけで開発をしていくのは不可能であり、各メーカーで協調していかなければならない。しかしユーザーインタフェイスやデザインに関しては、各社が権利保持をしっかり行って、それぞれの会社らしさを守っていかなければならないと思う」(松下幹部)という。要するに基盤技術は特許プール、そしてデザインは各社の特許という二本立てで考えるべきだという論旨である。

 特許プール(Patent Pooling)というのは、特定の技術に関する複数の特許について、複数の企業がライセンスを一カ所に集中させ、広く利用できるようにするというものだ。DVD-ROMやMPEG-2、IEEE1394などコンピュータ関連の規格に関してもこの特許プール制度は数多く利用されており、成功を収めている。こうした技術を使って製品を開発する際、どのメーカーも巨額の特許使用料を支払う心配なしに、製品化や新たな技術開発に取り組んでいくことが可能だからだ。

 ジャストシステムの考え方と松下電器産業の考え方――それぞれに理はあるように思えるが、しかし決して相容れない部分も多いように見える。文化の衝突ということなのかもしれない。

 そのあたりには、ハードウェアを作ってきた電機業界と、ソフト業界という文化の違いがあるのだろう。同じプログラムといっても、組み込み系からスタートした電機業界と、ひとつのプラットフォームでさまざまなアプリケーション開発を花開かせてきたソフト業界にはかなりの考え方の違いがある。

 組み込み系は各社独自の開発から始まり、その中で徐々にソフトが汎用化されていくという流れをとった。たとえば今回のアイコン特許のきっかけとなったワープロ専用機についても、当初は各社がまちまちのプラットフォームでソフトを開発し、データフォーマットさえまったく互換性がなかったのである。1990年代までは、家電というのはあくまで閉ざされた世界だったのだ。だが2000年にさしかかるころから情報家電やネットワーク家電といった枠組みが生まれ、各電機メーカーは自社製品相互だけでなく、他社の製品とも相互に接続しなければならない状況が急速に生まれてきた。そうした状況の中で特許プールのような考え方も生まれてきた。

 それに対してソフト業界は、MS-DOSやWindows、MacOSなどの共通のプラットフォームが存在し、その同じ土俵の中で多くの技術を共有しながら育成されてきた。技術はプログラマたちの共有物であるという意識は根強く、「ソフトには特許権の考え方を当てはめるべきではない」と考える業界人も少なくないのだ。

1 コメント

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松下は得るものが有るのか? (kutch)
2005-06-29 01:31:21
有るとしたら、松下の特許事務局の方々の仕事の口実?(それは無いか…)

ユーザーインターフェースのデザインに対価を求めるのは、明らかにその独自性が革新的で、ユーザーにとってありがたい場合には発生すると思う(別に、間違っている訳ではない)。



しかし、このヘルプの元々の目的は、膨大な説明書や手間もお金もかかる電話などによるユーザーサポートが、これらの実現する機能により軽減できる事では無いのか?



今やワープロ専用機は殆ど見かけない。松下式のバルーンヘルプが無いと文書作成が困難なユーザーの為にサポートセンターを充実させる必要性は既に皆無と思うがどうだろうか?特許の役目は終わっている。それほどまでに今後もこの特許を温存する必要性とは何だろう?



車をお持ちの方であれば理解頂けると思うが、殆どの車は、グローボックスを開くと取り説が入っていて、困ったときに役に立つことがある。その置き場所に対して、各車メーカーの個性は必要ないと思う。

考え方としては、それの置き場所やボックスの蓋の開け方を独自に開発して、他社の追随を許さずユーザーに個性を主張したいらしい。恐るべし、松下。



今まで他社を追随してきたメーカーは、既存のデザインや操作性を装備するには覚悟が必要になる。ユニバーサルデザインで、他社に真っ向から対立する松下が、今後開発する製品のユーザーインターフェースに注目したい!
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