佐々木俊尚の「ITジャーナル」

佐々木俊尚の「ITジャーナル」

技術志向モノ文化への強烈なアンチテーゼ

2004-12-06 | Weblog
 インターネットブラウザ「NetFront」で知られるACCESSの荒川亨社長を取材したことがある。今でこそ携帯電話向けブラウザ市場を制覇している同社だが、決して順風満帆だったわけではない。過去には失敗もある。

 もっとも大きな失敗は、1991年にネットワークテレビを発売したことだった。「これからはすべての家電がネットワークに接続される」と確信し、満を持して発表したものの、製品はまったく売れなかったのである。

 1991年は、インターネットはまだ一般社会に認知されていない。ISPが登場し、ごく普通の人々でもネットに接続するようになったのは、1994年以降の話である。WWWも電子メールも普及していないような時代にテレビをネットに接続しても、確かに使い道はなかった。それでもある電機メーカーが製品化の道を探ってくれ、プロトタイプも作られたが、メーカー側の企画担当者のこんな言葉で、商品化は立ち消えになった。

 「で、これはいったい何に使うんですか?」

 荒川社長はこの疑問にうまく答えられなかったのである。インタビュー取材の際、荒川社長は当時を振り返ってこう述懐した。

 「家電をネットワークにつなげたのはいいけれど、それをいったい何に使うのかという提案がまったくなかった。すばらしい技術を持った製品を出せば、使い道は後からついてくると思っていたのが、完全な誤りだった」

 話は改まって先日、通販大手のジャパネットたかたに取材した。通販番組への出演で有名な高田明社長にインタビューし、その人物を描くという取材である。東京から片道六時間、長崎県佐世保市の海に近い高台にジャパネットたかたの本社はある。

 この高田明という人は、テレビであれほどまでに電化製品やパソコンの魅力を語っておきながら、不思議なほどに物欲というものがない。車は社有車しかないし、自宅には大型液晶テレビこそ社員の手によって据え付けられているものの、それ以外にはめぼしい電化製品は見あたらない。

 「最近買ったモノは?」と聞いてみると、携帯電話を取り出して、ストラップを見せてくれた。「この二つは沖縄旅行で買ったもの。もうひとつは人からもらった沖縄みやげ。この二年で買ったのは、これぐらいかな」。そしてこう言うのである。「モノ自身にはあんまり興味はないですね」

 高田社長のメッセージは、明快だ。モノ自身へのこだわりではなく、モノを媒介にして、いかにわれわれの生活を豊かに楽しくできるのかということなのである。マニアックにモノを愛するという発想はそこにはない。確かにジャパネットたかたの通販番組やコマーシャルフィルムを見ていると、「どうやってモノを使うか」というメッセージが前面に打ち出されていることがわかる。

 「メーカーの打ち出す新機能ってのは消費者を見ている部分ももちろんあるけれど、それと同じぐらいにライバル社を見ている部分もある。他社との競争の中で、他社に負けないような高性能をアピールしてるんです。だから実際に必要のない高性能へとどんどん走っていってしまう。だからテレビで紹介する時に、そこをわかりやすい言葉に置き換えることが大切だと思います。カタログの最後のページにしか載っていない小さな部分を、頭に持ってきて解説することもありますね」

 彼の思想は、モノ文化へのアンチテーゼなのかもしれない。モノ文化の権化のような通販番組をビジネスにしておきながら、こうした発想を持っていることは非常に興味深い。