佐々木俊尚の「ITジャーナル」

佐々木俊尚の「ITジャーナル」

韓国インターネットのパワーの源泉は……

2004-11-20 | Weblog
 韓国では、インターネットがオールドメディアを凌駕する力を持ちつつある。

 たとえば2002年のワールドカップでは、インターネット上で場所と時間を決めて応援が呼びかけられ、その書き込みに応じて参加した人がふくれあがり、やがて市街地を埋める400万人もの大応援となった。これ以降、ネットの影響力が日増しに高まり続け、先の大統領選挙では盧武鉉氏を当選させる原動力にもなった。

 そのパワーの中核に位置するのが、「オーマイニュース」というニュースサイトだ。韓国ではネットメディアは1995年ごろから現われ、中央日報や東亜日報、朝鮮日報などの有力紙がネット新聞専門の子会社を設立するようになった。だがこうした従来メディア先導型の展開は、21世紀に入ってから大きな変わった。オーマイなどネットから生まれた媒体が主導権を握るようになったのである。

 前回の大統領選挙でも、オーマイはきわめて重要な役割を果たしたとされている。世論調査では「投票に大きな影響を与えるものはなにか」という質問に、「ネットの影響が一番大きい」と答える人が最も多かったという。政府や従来メディアもインターネットの影響を無視できなくなり、公式発表はまずネットでリリースし、その反応を見てから記者会見を開くといったスタイルが生まれた。また紙媒体の有力紙も「インターネットの情報によると」というクレジットをつけてネット発のニュースを流すようになってきている。

 こうしたパワーを持つに至った要因はいくつもある。何と言っても、韓国のブロードバンドが世界に先駆けて普及したという点は大きい。少し古い数字になるが、2002年ごろには普及率は97%を突破し、インターネットの平均利用時間は週14時間に達していた。

 だがこれだけでは、韓国のネットメディアのパワーを説明する理由にはならない。韓国より数年遅れでブロードバンドが普及した日本が、同じような状況にはなっていないからだ。

 実はもうひとつの大きな背景として、韓国では新聞や雑誌、テレビなどのオールドメディアに対する報道規制がきわめて厳しく行われていたという点がある。

 たとえば韓国の国内では1980年の光州事件は当時はいっさい報道されず、93年の北朝鮮の核危機も国民にはほとんど知らされていなかった。北朝鮮拉致問題の報道もほとんどない。報道統制は、長く続いた軍事政権時代の遺物なのだろう。そして事実を詳細に報道しないオールドメディアに対する不満は、国民の間にくすぶり続けていた。そうしてその不満が、オーマイニュースをはじめとする新しいインターネットというメディアへと奔流のように流れ込んだのである。

 オーマイニュースは、新聞やテレビがいっさい報じなかった事件や政府の腐敗などをこと細かに報じた。たとえば金泳三・元大統領が高麗大学に講演に行った際、反発する学生から卵を投げつけられた事件。新聞では報じられず、オーマイニュースだけがこの話を唯一報道するメディアとなり、事実を知りたい国民はオーマイのウェブサイトに殺到した。またテレビの記者が、「オレを記者様と呼べ」などと暴言を吐きながら警察で暴れたという不祥事。勤務先のテレビ局が警察に何らかの圧力を加え、逆に被害者の警察官が更迭されてしまうという事態になったことが、怒った警察官によってオーマイの掲示板で暴かれた。

 ではなぜ、オーマイニュースは報道統制を受けなかったのだろうか。以前、ソウル在住の女性ジャーナリスト、趙章恩さんに聞いてみたことがある。彼女は以下のような話をしてくれた。

 「ひとつは政府のIT推進政策の一環として、ネットメディアが今後の成長産業として保護されているから。1997年の通貨危機で苦境に陥った韓国経済を救うため、IT分野への集中的な傾斜が国策となったことが背景にありますね。それからもうひとつの大きな理由としては、オーマイニュースの創業者であるオ・ヨンホ氏が金大中前大統領にきわめて近い存在だったから。彼は『金大中の息子』とまで呼ばれている存在で、非常にかわいがられていた。オーマイがさまざまなタブーを打ち破る報道を続けていたのにもかかわらず、何の統制も受けなかったのは、金大統領の大きな後ろ盾があったんです」

 意外にも、政府首脳とのコネがインターネットのパワーの源泉になっているという話なのであった。同じインターネットであっても、その国によって状況はかなり異なる。その国の持つ事情によって、インターネットのあり方は変わってくる。