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百聞は一見に~ダリ・諸橋近代美術館

2005-08-29 22:45:00 | アート・文化
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この旅のメイン、諸橋近代美術館へようやくブログもたどり着きました。
様々な美術雑誌等で会津の裏磐梯に近代的な美術館があるらしい、しかもダリを相当数コレクションしているらしい・・という情報を仕入れてから、ずっと行ってみたいと思っていました。
会津は何度も訪れていますが、この美術館の存在を知ったのは1年ぐらい前です。
冬期間は閉館していますので、行くならこの夏と、密かに決めていました。

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会津は磐梯山が噴火して美しい湖をたくさん造り出しました。檜原湖や五色沼です。湖に沿って車を走らせていくと、美術館の看板がみえてきました。その前景をデジカメに収めました。雑誌等で見たとおりのメルヘン調の建物で、異国の世界に迷い込んだかのような錯覚を覚えました。
館内に入ってからもその雰囲気が壊れることはありませんでした。

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この地に美術館を建てダリを蒐集したのはゼビオの創立者諸橋廷蔵氏です。蒐集数はおよそ350点、スペイン、アメリカの美術館に次いで世界第3位を誇るそうです。おまけにセザンヌやピカソの作品もありました。
ダリの作品をこんなにたくさん、しかも彫刻等までじっくり見たことが無かったので、今回少なからずもショックを受けました。幻覚的とも言われるダリの作品・・・自分の心の中にすんなりと
入っていかないだろうと考えていましたが、絵が私を強い力で引き込んでくれました。
「記憶の持続」は舌なのか時計なのか、ダリの作品によく登場するモチーフです。「時間はいつでも同じ長さではない」というような解説があったような。愛妻ガラと2人で「戦ってきた」ことを象徴するかのような「テトゥアンの大会戦」・・美術誌で見たときには抵抗のあった絵です。

思わず立ち止まってしまったセザンヌの「林間の空地」。今まで見てきた風景画とは違いました。細部を省略単純化して自然の深淵さを表現しています。しばし、うなってしまいました。(もちろん心の中でですが・・)

会津の奥深くに建てられた近代的な美術館・・・・朝からたくさん人が来ていました。今回は集客の心配はしなくてよさそうです。





癒しの風景画家安野光雅~喜多方市美術館

2005-08-27 23:18:01 | アート・文化
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酒田を出て喜多方、裏磐梯と旅を続けました。、
喜多方市はラーメンで町おこしをしたのでしょうか。まち全体がラーメン、ラーメンです。
喜多方ラーメンは太麺で、ラーメン大好き、細麺派の私にとってはちょっと残念でした。

ネットで検索していたら、喜多方市にも立派な美術館があることを知りました。
実際行ってみると、こぢんまりとはしていたものの、「安野光雅」の世界展を開催しておりラッキーでした。

安野光雅の絵画はどれも淡い色調の水彩画で、彼の風景画は見ていると穏やかな気持ちになれます。
特に気に入ったのは「飛鳥 耳成山」です。段々畑の淡い緑色が耳成山をバックに単純化されて描かれています。

蔵の町としても有名な喜多方市美術館は煉瓦造りの落ち着いた美術館でした。





庭園の美、日本一の地主~本間美術館

2005-08-27 11:37:30 | アート・文化
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海運業として財をなし日本一の地主となった本間家4代目光道氏が、もともとは庄内藩主をお迎えするために建てた別荘、本間美術館。
今回の美術館めぐりの当初の予定には入れていなかったものの、チケットが土門、酒田の美術館と3館一組で割り引かれていたため、行ってみることにしました。

大正期には天皇も宿泊したことから、格段の箔も付いたことでしょう。
かつて庶民が足を踏み入れることさえできなかったであろう建造物と庭園。
本館「清遠閣」の2階の欄干は10メートルもある北山杉の1本通し、欄間は梅の透かし彫り。
職人の技を想像するだけでもため息が漏れます。

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庭園は贅を尽くしてあります。本間氏が港湾労働者たちの失業対策事業としても、この庭園建築を考えたという解説がなかったら、もっと違うイメージが残ったかも知れません。

佐高信、藤沢周平等々・・・多くの著名人を輩出した酒田市。
今回の旅で少しだけ酒田の風土と文化に触れることができました。




早川義孝展~酒田市美術館

2005-08-25 22:12:00 | アート・文化
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土門拳記念館に隣接して、酒田市美術館があります。
酒田市の郊外にある素敵な建物でした。

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敷地の広さと、外観の凝った作りが特徴的な美術館だと思います。
イサム・ノグチ氏による庭園の彫刻は土門拳記念館にもありました。
設計は早稲田大学の池原義郎氏によるもので、美術館入り口やロビーは採光や風の取り入れ方を工夫してゆったりくつろげる雰囲気になっています。

美術館へ行くと、館内に入る前にその建築物で何となく展示物等の充実度も想像できるような気がします。
そういう意味でも酒田市美術館は期待大でした。

館内は早川義孝の世界で埋め尽くされていました。(内心、他の展示品が殆ど見られず残念でした)
見覚えのある展示作品の数々・・・数点見終わって、絵本の挿絵でおなじみの絵だったことに気付きました。
早川氏が「吟遊詩想画人」といわれるだけあって幻想的な絵画ばかりです。
作品をよく見ているうちに気付いたのは同じモチーフが切り返し繰り返し、色彩を変えて登場してくることです。
たとえば小鳥、木、船、花や月などですが、印象的なのは箒のような形をした白い木々です。

「桜の園」と題した、濃淡の微妙な違いで構成された桜の世界は鮮やかでした。

常設展としては酒田市の近くに黒川という地域があるのですが、そこの伝統芸能「黒川能」を描いた森田茂氏の作品
相当の厚塗りの絵で、遠くから見ると立体作品かと見間違うほどです。
「この作品を家に飾って毎日見たいかと聞かれたら、返答できない作品でしょう。」と解説にありましたが、確かに絵に飲まれ、憔悴してしまいそうです。

この後みた本間美術館も含めて、酒田市は規模の大きい美術館を数館所有しており、財政的に裕福で伝統のあるまちだと実感しました。。







実物よりも・・~土門拳記念館

2005-08-23 17:07:41 | アート・文化
夏の暑さまっただ中の酒田へ行ってきました。
この日、酒田市の気温は35度
デジカメを忘れて携帯でとった写真は陽炎でかすんでみえました。

写真は実物よりもリアルなのでしょうか。
土門拳は写真について
「実物がそこにあっても、実物を何度見ていても、実物以上に実物であり、何度みた以上に見せてくれる写真が本当の写真というものである」
とそんなことを語っておられます。

館内に入るとすぐに様々な仏像の写真が展示されていました。
写真で大きな仏像を見るのは初めてでしたし、前日「興福寺国宝展」(宮城美術館)で実物の仏像を見てきたばかりでしたので、なかなか心に染み通っていかないのが分かりました。

でも、「室生寺」あたりから少しずつ感じ方が変わってきました。
それは仏像をとらえる微妙な角度によるものなのでしょうか。
それとも、写真を写すものの心が、鈍くなった自分の心にも徐々に伝わっていったからなのでしょうか。

「仏像が飛ぶように動く」というようなことも語っておられます。
風景をスケッチしていて、風景が動くという感覚が何となく分かるような気がすることから、氏の言葉に共感するのは浅薄でしょうか。

長い間探していた「弁当をもってこない子」という写真がありました。でも、残念ながら売店で販売していた「筑豊の子ども」という新装版の写真集の中でした。昭和20年代後半、筑豊では学校のどのクラスにも、昼食時にお弁当を持ってこられずじっと席に座って本を読んでいる子どもがいたそうです。
目のやり場に困るから、じっと本を読んでいたのだそうです。
はじめてこの写真を見たとき(どこかの写真展でですが)哀しみというより、怒りを覚えました。貧困に対する怒り・・。さらに、一見ハングリーとは無縁になったような現在でも、それと酷似している現実があるという、普段忘れ去られている事実にもやはり怒りを感じます。

企画展示室の「ヒロシマ」も、衝撃的でした。
「筑豊」も「ヒロシマ」も、写真だからこそ、これほどのインパクトをもって実物をこえる実物を、本質をえぐり出す作業をすることができたのだと思いました。

ところで、土門拳は二十歳頃までは絵を描いていたようです。
なんと17才の時に描いた絵が当時30円で売れた、と略歴に書かれてありました。
その後写真家としての道を定めるまでは紆余曲折が続いたようです。