平年より一週間近くも遅く・・・どうやら「梅雨入り」したらしい北九州です
朝の天気予報では午後にはと言っていたので
今日は何処にも行けないなぁ~と思ってたんだけど
我が家の 優しいターリン は
σ州- -*州の「退屈病」が出るのを恐れて・・・・
今日は 「志賀島」 ↓ に連れて行ってくれましたww
最近の我が家の休日にしては贅沢にも 高速道路 を利用しての移動ですw
日頃から高速なんて滅多に利用しないので勿論ETCなんぞ付けているわけもなく
なぁ~んの恩恵もない休日1000円ww
「志賀島」と聞いて思い出す方も多いかもしれませんが
ここは後漢の光武帝が倭の奴の国王に贈ったとされる国宝の 「金印」 が発掘された場所と言われています
「金印公園」 ↓
海岸沿いにあり、博多湾の眺望が楽しめます!
公園を過ぎて少し進むと 「蒙古塚」 ↓ があります
この地は、文永11年(1274年)および弘安4年(1281年)の二度にわたる元冦襲来の古戦場とされ
古くは「首切塚」とも呼ばれていました
この供養塔は、その際に戦死した元(モンゴル)軍の兵士のために建てられました
志賀島をちょうど半周したところには、国民休暇村があります
その前に広がる海水浴場 ↓
浜辺を歩いて行くと・・・何かある・・・
引き潮の時は歩いて渡れる「沖津宮」でした ↓
反対側に歩いて行くと 大崎展望台 ↓ があります
展望台から駐車場へ向かう途中の景色 ↓
志賀島の島内には9基・西戸崎に1基の「万葉歌碑」があります^^
この日見つけた歌碑の幾つかを紹介します
↓ は沖津宮に向かう海岸沿いにある第10号碑です。
『 志賀の海人は 藻刈り塩焼き いとまなみ 髪梳の小櫛 取りも見なくに 』
↓ は第5号碑と荒雄の碑
『 大船に 小船引きそへ かづくとも 志賀の荒雄に かづき あはめやも 』
↓ は「潮見展望台」から見た玄界灘
写真の左方面から 「海の中道」 を通ってこの島まで来た事になります
海の中道には「海浜公園」や「マリンワールド」といった施設もありますが
今回は時間の関係で・・・パス・・・
志賀海神社の境内にある 「六角堂」 ↓
その昔、神功皇后が対馬にて鹿狩りをされ、その角を多数奉納されたことが起源とされる
鹿角は祈願成就の御礼に奉納され、中にはウキを付けて海に流されて来たものを漁師が拾い上げ奉納したものなどがあり、現在では、1万本以上あるそうです
また、志賀島の地名は「鹿の島」ではなく、「近い島」が訛ったものだとのことです
志賀海神社にある 第1号碑 ↓
『 ちはやぶる 鐘の岬を 過ぎぬとも われは忘れじ 志賀の皇神 』
他にも 第2号碑・第4号碑・第9号碑を見つけましたが省略
そして ↓ は、志賀島から見える「能古島(のこのしま)」 です
いつか・・・ここの紹介記事がアップされるかも・・・
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます