髭を剃るとT字カミソリに詰まる 「髭人ブログ」

「口の周りに毛が生える」という呪いを受けたオッサンがファミコンレビューやら小説やら好きな事をほざくしょ―――もないブログ

花火の妖怪 ~その2~

2011-07-12 17:29:59 | 小説、ストーリー、物語
次の日もずっと渋い顔をしたまま、過ごしていました。子供が不安そうにしていると、ジゴロウはこう答えました。
「大丈夫だ。お前は何も考える事はない。ずっとそのままで良いんだ」
そして、花火を取りに来る当日になりました。村人たちは朝早く大八車を引いてジゴロウのうちの前にやってきました。
「ジゴロウさんよぉ!花火取りに来たぜ~」
何度か呼びかけますがなんの返事もありません。
「まさか、逃げたとか?」
「さすがにそれはないだろう」
「何を考えているかわからん奴だ。トンズラして俺たちが苦しめられる姿を見たいのかもしれん」
大きな声で戸の前で話していても何も反応がないので村人たちは最悪のことを考えました。
「ジゴロウさん!出てこないなら戸をぶち壊してでも入るぞ!」
「何でもいい。花火の一つや二つ持って帰らんと、俺たちゃ終わりだ」
戸に体当たりをしようという所で、ガラッと戸が開いてそこにはジゴロウがいました。
「いるならいるって言え!ホラ、早く作った花火を出さんかい!」
「うるせぇ!とっとと帰れ!」
何と、ジゴロウは大筒を村人に向けたのでした。左手には種火がありました。
「おい!ジゴロウ!お前、何の真似だ!」
「見て分かんねぇのか?コイツをここでぶっぱなすんだよ!面白いぜぇ。楽しいぜぇ」
ジゴロウはニコニコしていました。
「だから何で、そんな事をする必要があんだ?俺たちは花火を取りに来ただけでお前に何かしようって訳じゃねぇよ!」
「そうだよ。俺たちはそれがねぇと来年生きていかれねぇかもしれねぇんだぞ。分かってんのか?」
「当然、お前も一緒に飢え死にだ!そんな事いいわけねぇだろ?ホラ、早く花火を」
村人たちも必死です。
「だったら、今、ここで死んでみるかぁ?ヘッヘッへッ」
「ジゴロウ!そんなもんここでぶっぱなしたらお前も死ぬぞ!」
「ヘッヘッヘッ」
「ジゴロウの奴。すっかり狂人の目だ」
「花火が作れなくておかしくなったんだろうて!」
種火をゆっくりと花火の導火線に近づけます。
「やべぇ!本気だ!みんな逃げるぞ!」
そう言って、村人たちは逃げ帰っていきました。
「ふん。根性なしどもめ。この大筒は蓋をしているだけで中身は空だ」
すると、童はジゴロウの袖を引きながら寂しそうな顔をしました。
「何だよ。馬鹿野郎。おめぇは、何も分かってねぇ。あいつらの言うとおりにしていたらお前はなぁ・・・ケッ!」
ジゴロウは言いかけて、やめて、床に戻って横になりました。完成した花火を何度も見ます。童はジゴロウのそばをフワフワと浮かんだまま、寂しそうな顔をしていました。
「コレ、こしらえんのにどれだけ苦労したと思っていやがる!酒をロクに飲まねぇで、地道にやってきた。それを、俺を散々糞だのゴミだの恥さらしだのと悪態付き続けてきて、兄貴が死んだら、お願いしますだぁ?自分達が生きてぇが為に、俺の最高傑作を差し出せだぁ?どれだけ俺をコケにすれば気が済むんだ。村人全員になんか、生きる資格などありゃしねぇ。皆、死にゃぁいいんだ。死にゃぁな!」
そう言いつつも自分の花火が気になりました。
ジゴロウも腐っても花火師です。自分の作り上げた花火を打ち上げてみたいと少なくとも思いました。
「ああ~!ここにいても腹立たしいだけだ!酒でも買ってくらぁ!」
ジゴロウは酒を買いに行くことにしました。村で酒を買おうとしたらどうなるか分からないので隣町に行くことにしました。留守の最中に村人にこられて花火を勝手に持っていかれるかもしれないので作った花火は床下に隠しました。
「くっくっく・・・馬鹿野郎共が村長の家に集まっていやがる。今頃、どうしようどうしようと慌てているんだろう。良い様だな」
遠く開けたところから、麓の村が見えて村人たちが右往左往しているのが見えました。
気にせず、隣町に歩いていき、酒屋まであと少しというところでした。
「おう!この魚は今が旬!美味いよ~」
「あら、そう?」
「そうよ~!今を逃したら不味くなる一方。また旨くなるのは来年だよ~!そこまで我慢できるってんならいいけどね~」
「じゃぁ、もらっていこうかね?」
「毎度!」
『旬!?』
とある店主と客のやりとりを聞いていてハッとしました。
花火には『旬』という言葉はありませんが火薬には一番良く輝く時期というものがあるのです。それを過ぎてしまっては悪くなる一方なのです。そして火薬は一つだけ使うというのではなく複数使い、全てが上手く調和している状態が当然、一番美しいのです。
ジゴロウは家に向かって駆け出していきました。野をかけ、石を飛び越え、木の根に足を取られ転びましたがすぐに立ち上がり、家へと急ぎ、なんとかたどり着きました。
「ぜぇ!ぜぇ!ぜぇ!」
汗まみれ、泥まみれ、転んで手を切ったらしく手を切っていました。
「い、行くぞ。馬鹿野郎。おめぇを打ち上げっぞ」
そのように言うと、子供は喜んでいました。
「いいなぁ~。お前は気楽で・・・何も分かっていやしねぇ」
子供はニコニコと笑いながらクルクル踊っています。花火は一人で抱えて持っていける大きさではないのでさっき村人が逃げるために置いていった大八車を出して、花火を藁で包み縄で縛り付けた。
「これで、お前とはさよならだな」
しみじみと呟きました。童はビクッと反応して、クルクル回るのをやめました。
「っとその前にのどが渇いたな。水でも一杯」
町から休まず走り続け、息も荒いジゴロウは腰掛けて水を一杯、飲み、立ち上がろうとした所でした。童がジゴロウの指を握っていたのです。
「どうしたんだ?馬鹿野郎」
尋ねると童は首を振って泣き出してしまいました。
「まさか・・・おめぇ・・・な、何やってんだよ。今更、怖気付いたのか?そ、そんな事言ったって・・・そんな事言ったってよ・・・」
ジゴロウの声は震えていました。
「お、お前だって分かっているはずだ。お前は花火の妖怪なんだろ。こんな所でじっとしていたっていいことなんてねぇ。ねぇんだよ・・・だから、目立って来い。お前だってここで湿気っているよりも舞台で咲きてぇだろ?もしかして心配してんのか?馬鹿野郎。何せ俺の一世一代だぞ。へぼい訳がねぇだろうが。だからいつもみたいに無邪気に笑っていろ。そのほうが泣いているお前より良い。な?」
ジゴロウが指先で童の頭をなでると、童は泣きながらでしたが笑顔を見せました。
「そうだ。それでいい。それで・・・いいんだ。馬鹿野郎・・・」
ジゴロウは立ち上がり、それからは無言で大八車を引き始めました。

山道なのででかなりガタガタしているが文句を言っている暇はない。下り坂で落とさないように踏ん張りながら山を降りていく。転んでしまって花火がおかしくなる可能性もあるので慎重に行く。相変わらず、童は喜んでいながらジゴロウを見つめていた。
「お、お前はジゴロウ!」
「何!?」
ジゴロウを見つけた村人たちがすぐに集まってきた。
「今頃になって花火なんか持ってきてどういうつもりだ?」
「俺らをここで殺すつもりかもしれんな」
「何!?鍬とか何でもいい殴れるものを持って来い!」
「万が一がある!女子供は避難させろ!」
村人は物騒な事を言って動き始めていた。
「はぁはぁ・・・」
ジゴロウは息を切らせ、両膝をついて、頭を地面にこすりつけた。
「はぁはぁ・・・コイツを・・・コイツを・・・咲かせてやってはくれねぇか?頼む」
「何を寝言をほざいているんだ!朝、取り入って俺たちを脅したのはお前だろうが!今更、訳の分からぬことを!」
「コイツはまた去年みたいに俺たち全員に恥をかかせるつもりなんだ!」
「ジゴロウはもうここでブチ殺してしまったほうがいい!」
「そうだそうだ!」
ジゴロウの身勝手な物言いにさすがの村人たちも堪忍袋の緒が切れたのだろう。
ジゴロウへの意識の向け方が明らかに変わっていた。
「よし!じゃぁ、俺が!」
「待て」
「村長!?」
そこに現れて村人を制止したのは髭もじゃの村長であった。
「止めてくれるな!村長!コイツをぶち殺さないで皆の怒りが収まるものか!」
「そうだ!去年どれだけの苦渋を飲まされ、またこいつは同じことを繰り返そうとしている!そんな事が許せるかっ!」
「まずはワシの話を聞け」
「・・・。分かったよ。村長。その話が大したことがなければコイツをここで叩き殺す」
静かになってから村長は口を開いた。
「ワシは長いことこの村に住んでおった。お前たちの顔や性格は誰よりも多く知っているつもりだ。
その中で、ワシはジゴロウが頭を下げて人に頼み事をしている姿を見たことがない」
「そういえば・・・」
「大体、馬鹿にしたり見下したりしていた我々を恨めしそうに睨んでいるだけであった。
だが、今回は違う。土下座するなどと言うことはなかった」
「そうまでして俺たちをハメようとしているんだろう?俺たちを信用させるために」
「コイツは嘘をつく為に頭を下げるような男ではない。本当なら、ワシらに土下座するのも死ぬほど嫌であろう。だから、今やっていることは本心なのだろう。それだけ自信をもった出来なのだろうとワシは思う」
「だったら朝、俺たちにやったことは」
ジゴロウが土下座したまま言った。
「朝の時点では、完成していなかった。だから追い返した!今、完成したばかりなのだ!素晴らしいものだ。だからこうしてやってきた訳だ」
「・・・。だからワシの顔に免じてジゴロウの話を聞いてやってはくれないか?」
「しかし、今からでは間に合うかどうか・・・」
「走って城下まで行けば間に合うやもしれん。このまま何もしないまま終わってしまっていいのか?」
「くぅ・・・分かった。」
村人達は悔しそうにしてジゴロウを睨みつけた。ジゴロウはまだ地面に頭をつけたままでこう言った。
「恩に着る!」
「だがな。ジゴロウ。あまり浮かれるなよ。ワシに出来るのはここまでだ。
ワシとて、村の一人だ。村の衆の心が分からんでもない。というより、本心で言えばワシがお前を殺してやりたいぐらいだ」
「・・・」
「だから、この花火大会、結果が振るわないのならば後は村の衆の好きにさせる。
俺はこの村、唯一の花火師だから誰も手を出さないなどと思い上がるなよ。
来年には別の町から立派な花火師を迎え入れることがもう決まっている。
今年もそのつもりであったが断られていたからお前にやらせていただけだ」
「・・・」
「が、村が来年まであればの話だがな。お前にとっては無くなるのを望めばいいのではないか?」
村長が嫌味を言うのを黙って受け入れる。
「村は無くならねぇ。俺の花火がちゃんと打ち上げられれば・・・」
「始めての自信だな。おっと。無駄口を叩いている暇はない。村の衆。早くこれを運んでくれ!一刻も早くだ。」
村人たちは納得がいっていない者たちも何人かいたようだが、その大八車のまま走って城に向かっていった。
「さっきの言葉、忘れるなよ!」
遠くに消えていくジゴロウの作った花火。妖怪は手を振ってそのままいなくなっていった。
それがこの童がジゴロウに見せた最後の姿となった。黙ってその姿を見つめていた。
『これで、本当にさよならだ。馬鹿野郎・・・輝いてこい』
ジゴロウは静かに笑みを見せた。村人たちは花火が無事、期限に間に合うのを願うだけであった。
『これで俺の仕事も終わりだな。これだけ出来れば後はもう何もいらん』
ゆっくりと立ち上がり、立ち去ろうとした。
「おい!待てジゴロウ!どこへ行く!まさか、お前これから逃げるんじゃねぇだろうな!」
「ジゴロウの事はひとまず後だ。行くぞ」
村人が呼び止めようとしたが、これから花火大会の準備があるのでジゴロウ一人に構っている暇はなかった。ジゴロウは、家に帰りそのまま寝そべった。何度か、仕事場を見たがもうそこに子供の姿はない。
「ふん。未練もねぇ。あのまま村人にぶち殺されてもよかったのかもしれんな」
それから、夜遅くになって、村人がジゴロウの家に訪ねてきた。花火は提出期限である日没に間に合わなかったのだという。本来であればいかなる理由があっても許されないのだが参加した村や町の花火は何本も何十本も出すのだが一本しかなかったというのがよほどの自信なのだろうと見た城の者たちから特別に許可がおりたのだった。だが、遅れたという点で評価は厳しくなるだろうという話であった。村人たちは、『それでもいい結果が出ればいいよな』などと嫌味を言ったがジゴロウには関係なかった。
『晴れ舞台で打ち上げてさえくれればそれでいい』
そのように思っていたが、静かになった仕事場を見てため息を吐く。
元々、子供は声を出さなかったから静かであったのだがいるといないというだけで大違いであった。動き回らずじっと寝ているだけでも気持ちは楽しく、嬉しかったものだった。
長い間独りぼっちだった時は何も考えもしないし感じもしなかったというのにここに来て猛烈な寂しさを感じた。心にぽっかりと穴が空いたという感覚だろう。
「あるものが急に無くなって変だと感じるだけだ。すぐ慣れる」
自分自身に強がりを言って誤魔化す。だが、感情は押し寄せてくる。
「ああ!じっとしていると頭がおかしくなりそうだ。早めに花火大会の場所取りでもしてくるか」

少しの金を持ち、出かけた。「必ず帰る」という書き置きを残してジゴロウは家をでた。
途中、町で花火大会の時に飲む酒と少しのつまみを買って離れた川沿いに腰を下ろした。周囲には誰もいなかった。それもそのはずである。打ち上げ場所から10kmも離れたところである。ジゴロウは人ごみを避けたかったから離れた場所から見る事にしたのだ。
それにジゴロウは花火師である。遠くからでも花火を見ればどれぐらいの規模でどのような形であるかは分かるというものだ。
辺りはゆっくりと夜が降りてくる。ジゴロウは既に、酒を飲んでおり、酔っ払っていた。
「まだかねぇ?おっと!始まった」
ドン パッパ ドドドン
輝きからやや遅れて音がついてくる。横になって尻をかきながらほかの人の花火を見守る。
「ま、ありきたりだなぁ・・・」
「次のは、大した事無いな・・・」
「何でその色を混ぜるかねぇ?なっちゃいないよ」
大体、他人が作った花火に対して悪態を垂れた。ちなみにジゴロウの花火は最後という話だ。当然、皆からの期待も高まることだろう。ジゴロウにとっては人からの評価などどうでもよかった。
「んだよっ!まだ入っているかと思えばもう空じゃねぇかよ。馬鹿野郎」
ゆっくりと起き上がってとっくりを傾けてみるがやはり何も入っていない。
とっくりの中の酒は既に全部、飲み干してしまっていた。残っているのは小さなお猪口に入っている分だけだ。
「馬鹿野郎がぁ。俺が作った花火を見ながらガブッと飲みたかったのによぉ・・・一升ぐらい買っとけば良かったぁ?」
しばらく、花火を見つめているがジゴロウの物にはならなかった。一応、最後ということは聞いているし、近くにあった石を積み上げていたので参加した町や村の数を覚えていれば大体わかる。
「そろそろかねぇ?」
一応、お猪口を持って準備していたが手が震えていた。それは自分が、酔っているからだと思っていた。昔のことを思い出してきた。花火師をやらせる為に祖父や父はやりたくもない花火をジゴロウに何年にも渡って何年も教えてきた。ジゴロウも村の同世代の子供たちと一緒に遊びたかった。しかし、祖父や父は許さなかった。兄という優秀な跡取りがいるにもかかわらず。周りの者たちにも期待されず、それどころか罵られる始末。
それだけにジゴロウはずっと花火が嫌いだった。無理矢理、知識や経験だけ叩き込まれただけで、それ以外何も得たものがなかったと思っていた。花火なんか作るよりも遊びたかった。
だが、今回、花火に対して長期間、真面目に作ったのは初めてだった。
それだけに思い入れは深かった。作っているのが楽しかったし、燃えた。それは、ひとえにあの小さな童のおかげだろう。ジゴロウはここまでやらなかっただろう。笑ったり、踊ったり、泣いたり、眠ったり、喜んだり、そのような姿をジゴロウは見続けてきた。
残り少ないお猪口の中の酒を見つめてしみじみと思っていた。
「ああ。いかんいかん。つまんねぇ事を思い出しちまったな」
首を振って、否定していた時であった。
ヒュ~。パァン。パチパチパチ・・・
不意に一発の花火が上がった。決して大きくもなく色も乏しい。
ほかの花火と比べて華やかさはないが淡く、柔らかく優しい紫色の花火がゆっくりと尾を引くように長く輝いて消えた。音は遅れて来て、その空気の振動がジゴロウの体を揺さぶった。
「き、綺麗じゃねぇか。馬鹿野郎」
花火の振動を感じてからジゴロウの全身が震えていた。
「何がありがとうだよ・・・俺が好きにやってただけじゃねぇか。馬鹿野郎・・・俺みたいな死んでも良いクズに、ずっと近くにいたってよぉ・・・別のもっと良い花火師の所に行きゃいいのに・・・ばっきゃろぉぉぉがぁぁぁ・・・」
ポタポタポタポタ・・・
クイッ!
気を紛らわせるために、酒をつごうとしてとっくりを持った瞬間に驚いた。
「くぅっ!あの馬鹿野郎、粋なことをするじゃねぇか。空だったはずのとっくりに酒が湧いていやがる。ハッハッハ。流石、妖怪だって所だな~。ハッハッハ・・・」
ジゴロウは酒を口に運ぶ。とっくりの酒が枯れるまで。ただ塩辛いだけで不味い酒を。

次の日、参加した村や町の順位が発表された。
ジゴロウの花火は41の参加者のうち20位と微妙な結果に終わった。
期限に遅れたこと、1発しかなかったこと、そして今年の有終の美を飾る花火があまりに地味であったことが「期待外れ」「拍子抜け」という評価につながってしまったのである。
だが、他全員の花火師があまりの上出来さに息をのんだ。
誰もが、『今年のどの花火よりも美しい』と言ったほどである。
評価を下すものは全員、プロではない。それを如実に表す結果になった。

結果を知ってから村の者はそのことをジゴロウに伝えようとするとジゴロウは戻っていなかった。逃げ出したという声があがり、探し出そうという動きもあったが、今回の評価は決して劣っているという訳ではなく今年は問題なく乗り越えられるという安堵の気持ちがあって今すぐジゴロウに強硬な措置を取る必要はないという事となった。
「あのクズが真ん中ぐらいにやったというのは、相当頑張ったんだろうて」
そう言った意見が強かった。だが肝心のジゴロウは戻っていなかった。
ひょっとしてもう戻ってこないのではないかという憶測もあったがその日の夜に帰ってくるジゴロウがいた。
「おめぇ、どこいっていたんだ!」
「ゆっくり観光していただけだよ。んで、俺をどうするって?」
「知らないのかよっ。おめぇの41の中で20番目だ!」
「そうか」
あまり気にしていない様子であった。
「だから皆。おめぇにしちゃ良くやったって褒めてくれているんだよ!」
「祭りでもやるのなら俺は遠慮するぜ。来年の花火を早速考えければならんからな」
それは嘘であった。ただ単にジゴロウは人が集まるところが嫌であっただけだ。
「その事なんだがな。もうお前は来年の花火のことは考えなくていいんだ」
「何?」
「来年からは別の街から花火師を迎えることにしたんだ」
「ん?別の花火師だと?って事は、俺はお払い箱か?」
「そういう事だ。お前はあまりにも俺たちを裏切りすぎた。みんなこれ以上は我慢できん。だから他の花火師を迎えることにしたんだ」
「そうか。ふっ」
「何がおかしい?お前から花火を取ったらクズである所しか残らんではないか。どうやって生きるつもりだ?」
「さぁ?わからんよ。その日暮らしで生きていくのも楽しそうではないか?」
ジゴロウは何も答えず自分の部屋に入っていった。
ジゴロウは満足していた。前回の花火で全てを出し尽くしたつもりだったから丁度いい止め時だと思ったからこそ笑ったのだった。
どこか見知らぬ土地で好き勝手やって野垂れ死ぬのも悪くないと思っていた。

数日間で出ていく準備をする。その仕事場は新しく迎える花火師に使ってもらうらしい。
花火は持っていけないのだからジゴロウは身軽であった。戸を開けるとそこには役人らしきものが立っていた。
「男。ここの主はどこにいる?」
「そろそろ来るだろう?新しい奴がな」
「お主は?」
「俺は、元、主だ。」
「おお!お前がジゴロウか!」
「そうだが、アンタ誰だい?」
その役人らしき男は書状を見せてきた。字は読めるが難しい字ばかりで途中で読むのを諦めた。
「どういう意味だい?」
「殿がお前の作った花火をえらく気に入ったから、殿の下で働いてみんかというコトだ」
「俺を、花火師としてか?」
「それ以外にお前を呼び寄せる意味がどこにあろう?」
捨てる神あれば拾う神ありという物なのかもしれない。
「しかしな。この村から追い出されるからな。つくる場所がなぁ・・・」
「ならば好都合ではないか?設備は簡単に用意出来る。そこで存分に手腕を振るえばいい。」
もう花火は作る気になれないと言おうと思っていた。
「分かった。そちらの話に乗ろうではないか?」
役人の表情が曇った。ジゴロウの態度が気に入らなかったのだろう。
「後、条件がある。それが認められないのなら俺はやらん」
「条件?」
ジゴロウが出した条件は、
「人里離れた場所である事」「火薬を十分に揃える事」「生活するのに困らないぐらいの最低限度の金を与える事」そして、「たまにいい酒を持ってくる事」の4つであった。
すぐに、役人は戻って殿様に伝えると殿様は了承し、すぐさまジゴロウは用意してくれた場所に移って花火の制作を始めた。

花火はつくらないと思っていたが殿様の依頼を呑んだのは
『あの時、作らないっつったら馬鹿野郎がいなくなったぐらいで花火をつくるのやめるって事になっちまうからな。そんな情けない真似が出来るか。それに作っていたらあの馬鹿野郎の親戚か友達が湧いて出てくるかもしれん。飯代とか色々かかっているんだ。その分をキッチリ返してもらわんとな』
そのようなことを考えながら花火をつくる。それだけが今のジゴロウを支えていた。
酒をたまに持って来る役人が聞いてくる。
「首尾はどうだ?」
「うるせぇ!馬鹿野郎!今、しっかり作っている所だ!気が削がれる!サッサと帰りやがれ!」
ジゴロウの人間嫌いなのは相変わらずでしたとさ。



おしまい


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