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(小説) 美月リバーシブル ~その2~

2012-09-14 18:51:13 | 美月リバーシブル (小説)
2010年11月22日(月曜日)

授業の最初で先生がこのように言って来た。
「先日やった小テスト。成績が非常に悪い!去年、一年上の先輩に全く同じものをやらせたが平均点は5点も上だったぞ。よって、今日の放課後、成績が悪かった物は補習を行う」
担任が授業始まってすぐに言い出した。と言うか、これは毎年の恒例行事みたいなものだろう。
「ええ~!」
「うるさい。俺だって暇じゃないんだからやりたくはない。予定があるのは俺だって同じだ。だが、流石にこのまま放置しておけば期末テストが惨憺たる結果になるのは目に見えている。そこまで嫌がるのなら別に俺はやらなくてもいいんだぞ。だが、期末での低得点者は結果で補習を行ううえに課題も大量に出すつもりだ。どうする?期末で高得点を取る自信があるのならやめてもいいんだぞぉ。」
やや挑発的であるがそのように言われてしまうと反論しようがない。
「・・・」
光輝もまた小テストで赤点を取っており、補習を受けざるを得ない状況にあった。
「お!倉石君。今日の放課後は忙しいようだね。残念だ。非常に、残念だ。」
他人の不幸は蜜の味と言うか岸が相手の不幸を見てニヤニヤと笑う。こういう所は癇に障るが事実だから反論の余地はない。ただ口をへの字に曲げて耐えるだけだ。
「そ、そうだね」
「じゃ、暇な俺達は帰るわ。行くぞ」
岸と本島が帰り、糸居は黙って、片手を軽く上げて去っていく。頑張れよという意味なのかたまに言葉に出さない小さな心配りが見られた。3人が帰るのを見送り、先生が戻ってくるのを待つ。周囲を見るとポツポツと補習者が残っていた。その中にその比留間の姿もあった。彼女もまた低得点者の常連。補習という事で4名ほどがクラスにいた。
「こう言っては失礼かもしれないが、基礎がまるで出来ていない君達ではここでいつもの授業をやっても付いて来られないだろう。だから、今回の補習は公式の書き取りとする。このプリントに書かれた公式を5回書く。俺は今日7時ぐらいまで学校にいつもりだからそれまでに完成させて職員室にいる俺に提出。いなければ机に置いてくれさえすればいい。では・・・」
そう言って、担任はクラスに取り残された。常連の一人がこういった。
「何が予定があるだよ。プリントを押し付けたらサッサと引き上げちまうんじゃねぇか。嫌がらせばっかしやがってあの性悪野郎」
ガラッ!
再び、クラスに戻ってきた。
「谷岡ー。何か不満な事があるのならいつでも聞いてやるぞ」
「ありません!全然ありません!絶対にありません!心に誓ってありません!」
「ふん。ならば宜しい」
今度はいなくなった。仕方ないので公式の丸写しを開始した。高校生ともなると数学ではxやyなどの記号が増えてくる。これのどこが数なのかといつも思う。そのような記号の羅列を書いていく。外からは野球部やサッカー部などの屋外スポーツ部の声が聞こえた。
「よっしゃ!終わり!」
『早っ!』
先ほど先生に愚痴を言っていた谷岡という奴が終えたらしく立ち上がって教室を去っていった。クラスには3人。
『あの時の彼女は、一体なんだったんだろうか?ドッキリか・・・』
彼女の前の様子を考えているとペンが進まなかった。
もう11月下旬という事もあってか日も沈むので4時半ぐらいから辺りが急に暗くなっていく。
「夕日か・・・綺麗だな」
少し見とれているともう1人が立ち上がって無言で教室から出て行った。教室に残ったのは彼と美月の2人になってしまった。気を取り直して出された課題に集中しようとすると彼女は机に突っ伏していた。
『ええ?ここで寝る?もし先生にバレたら何を言われるか分からないよな。だからと言って寝ちゃダメだよなんて近くに寄ったらキモいから近付くなって言われそうだし、無視して先生に見つかったらその時はその時で何故起こしてくれなかったのかなんて思われるんだろうなぁ』
どちらも地獄しかない。他に道は無いものかと少しの考える間。そして彼に出た答えは
「ゴホン!ゴホン!あぁ。ンン!!ゴホン!」
不自然な咳をして気付いてもらおうと思ったが彼女はピクリともしなかった。
『起きてよ。他に起こすような事出来ないよ』
そのまま咳を続けているとビクッと彼女が反応した。ようやく起きたようであった。自分の咳に気がついたのかと胸を撫で下ろした。すると彼女は周囲を見回していた。
「!?」
そんな彼女の不自然な動きを追っていたら目が合ってしまった。
『ヤバッ!まーた、やな顔されるよ』
しかし明確な嫌悪感は出さなかった。ただ驚いているようで目が点となっていた。
『あれ?ゴミを見るような目をすると思ったのにな・・・』
考えをめぐらしているときに教室のドアが開いた。
「お前、まだやっていたのか。すまんが、急用が出来たから明日、朝までで良い!比留間、ちょっと忘れてて本当にすまん。後はちょっと自分で何とかしてくれ」
「は、はい」
あからさまに女子に甘くするなよと思っていた。担任はそのまま走り去って行った。残された彼は、あと少しだからと課題をこなしてから帰ろうと思ってまだ残っていた。家だと彼の時間を奪おうと誘惑するものが沢山あるからだった。職員室に行って、ノートを先生の机の上に置き、教室に戻ってきた。彼女はまだ終ってないようだった。そのまま無言で帰ろうとすると比留間に止められた。
「すみません。分からない所があるのですが、あ!ちょっ、ちょっと聞いていい?」
何か確かめるかのようなとてもぎこちなく不自然な話し方であったのでまだ寝ぼけているのだろう。
「な、何?」
「何回書けばよかったんで・・・ううん!良かったぁ?」
発音のイントネーションがおかしい。最後のほうは声が裏返りそうになっていた。
「5回書いて明日の先生の授業の時に提出すればいいんだよ」
「そ、そうでしたね。ありがとうございます!」
「え?」
彼女は頭を下げた。普段の彼女から考えればあり得ない行動であった。すると頭の中で何日か前の映像とシンクロした。一致したと思った瞬間、体がブルッと震え、戸惑った。
『ええ?ここでドッキリかぁ?』
馬鹿にされていると思えて来た。少しずつ苛立ってきた。
「ど、どうかした・・・の?」
比留間がちょっと手を伸ばせば触れられる距離にいる。そして自分を気にかけてくれる。いつもならまるで汚いものをみるかのような態度で近付いても避けて通るのに今はこんなにも近い。これが演技だとしてもその落差を意識すれば意識するほど胸が高鳴った。
「別に何もないよ」
「それじゃ、まだ続きがあるから・・・」
彼女を避けるような形となってしまうが彼は席について後1回書けばいい課題を書き始めた。彼女の事が気になりつつも目の前にある課題の方に意識を集中させ、終わらせて職員室の先生の机に置いておこうと席を立った。職員室に向かっている時はずっと彼女の事が頭に張り付いていた。
『もう良い。彼女が今どうなっていようと鞄を取りに行ってすぐに帰ろう』
職員室はいつも通り静かであった。留まる事などせず、サッサとノートを置いて立ち去った。すぐに教室に戻って帰ろうと支度しようと思っていた。教室に入ると彼女は書き写している所を見てそのまま通り過ぎようとしたところに気がついてしまった。
『字が明らかに違う?』
最初の数回と今書いているものと明らかに筆跡が違った。同じものを書くのだから字が並んでいればその違いは分かりやすいだろう。
『どういう事?』
席に付いてじっと黙って考えていた。それから彼女はどこかに電話をし始めたようであった。静かな教室内なのでその声も良く響いた。
「も、もしもし。私ですが、今、学校にいるんですけどお母さん?迎えに来られますか?え?無理ですか?分かりました。頑張って帰ります」
聞き耳を立てた訳ではないが、聞こえてしまったのでどういう事なのか考えてしまう。
『頑張って帰る?』
不可解な受け答えだったが電話の相手が何を言ったのか分からないから考えていても仕方ないからそのまま無言で教室を出た。階段を下りトイレに行きたくなったのでトイレに寄ろうとドアを開けた所で背後から何か慌てた足音がしたので振り返ると誰もいなかった。不審に思いつつも用を足し、手を洗って玄関に着いて下駄箱から室内用のサンダルを取り出し靴に履き替えて玄関から出た。辺りはもう真っ暗であった。グラウンドの方ではライトをつけて野球部やサッカー部が活動していた。
「青春だなぁ」
自分には無縁な世界の話だと思って見送ろうとするとポツポツと雨が降り始めてきた。
「雨か。そうだ。今日、傘を持ってきたんだっけ」
まだ降り始めであったがおいて来た教室まで取りに帰ることにした。すると玄関に戻ると下駄箱とにらめっこしている彼女の姿があった。
『意中の相手にラブレターでも入れるつもりなのかな?な、訳あるのかないか』
そこは女子の下駄箱である。女子同士の関係を少し考えてしまった。そのまま自分の靴を取り出して、履いて玄関を出た。雨は先ほどぱらついていただけで、もう止んでいた。
「そういうフラグもある訳ないよなぁ」
雨が降っていて彼女が持っていなくて相合傘になるなどと都合のいい展開にならない。
ただ、様々なフラグがあったとして自分を嫌う彼女とどう応対していいのだろうか。ゲームのように目の前に選択肢が現れる訳ではないのだ。今までの事は忘れ、帰ろうと思い立ち自転車を取りに行き、跨って校門に向かって走り出そうとした所で彼女がしゃがみ込んでいたのだ。今日は何故、彼女ばかりに縁があるのだろうかと鬱陶しくさえ思った。
『何で見つけてしまったんだろう。知らないままならその方が楽なのにさ・・・』
このまま見てみぬ振りをするのか、それとも声をかけるか悩んだ。
『声をかけたら嫌な顔されるよな。間違いなく・・・だから・・・』
色々と頭をめぐらす。
「どうしたの?気分が悪いの?」
いくら嫌われていると分かっていても流石に外で制服のまましゃがみ込んでいる女子を放置するほど彼は人でなしではなかった。仮に嫌われようとも演技だろうとどっちでも良かった。声をかけておこうと思ったのだ。この行動が、今後の彼の運命を変えようとは本人も思わなかった。
「だ、大丈夫です。こうやってじっとしていれば治りますから」
彼女はそのように言ったが顔を上げるが顔面蒼白であった。とても大丈夫そうには見えない。
「保健室に行った方がいいんじゃない?」
「大丈夫ですから・・・」
そうは言うが声さえも弱々しくまるで別人だった。そこまで辛いのだろうと思えた。何とか保健室に行こうと彼は考えた。だが、その直後、彼は人生最大とも言える障害にぶち当たるのであった。
『一人で歩いていくのは困難みたいだな。じゃぁどうやって行くんだ?おんぶ?お姫様抱っこ?いやいや!そんなのあり得ない。あり得ない。肩を貸すって感じで支えてあげればいいのかな?でも、支えるってどこを?どこまで触れるのがOKで、どこからがOUTなんだ?手は二の腕まで?肩はセーフ?背中はセクハラ?』
年頃の女子に触れる事などなかったからこのような緊急事態でも臆してしまっていた。
『いや、触るのはダメだ。何が何でも、他の生徒にもバレるしな』
「ちょっと待ってて、先生を呼んでくるからさ」
それが一番無難だと思いついて、保健室の先生を呼びに行く事にした。
「先生。女子生徒がしゃがみ込んでいるので一緒に来てください」
「はっ?だったらあなたが連れて来ればいいんじゃないの」
保険の先生は中年一歩手前のふくよかな女性であった。保健室のオバちゃんとかお母さんなどと言われている。男子というと保健室の先生は若い女性というイメージが先行してしまっているために、ガッカリさせられた思い込みの激しい人は少しはいる。
「いや、そういうわけにもいかないんで、来て下さい」
「はいはいはいはい」
光輝が案内していくとその間、オバちゃんが言い始めた。
「全く女の子が弱っているんだから遠慮したって強引に連れて来てしまえばいいのよ。女の子っていうのは待っているもんなのよ。ちょっと断ったぐらいでは動じない人。それだけ私を気にかけてくれるんだって男の子をさ。若さは待ってはくれないんだから。ボケッとしていたらあっという間にオッサンよ。そうなったらそういう強引さはただの押しかけ。完全拒否ね。ダメだぞぉ。草食系君。青春をしろ。青春を」
「は、はぁ・・・」
『こっちの事情も知らないから気楽に言えるんだよ』
自分が動くのが面倒だからそのように言うのだろうと思ってしまう。そして、彼女の元に着くとやはり彼女はしゃがみ込んでいたままだった。
「ああ。比留間さんね。ちょっと、保健室に行きましょう」
彼女の事を知っているようだった。そんな事は知ったからといって得をする訳でもない。
「ちょっと肩を貸すわ。アンタがやりなさい。男の子でしょ?」
「え?俺が?」
「私、肩こりが酷いのよね。だからアンタがやりなさい。それとも嫌なの?比留間さんが嫌いだから?可愛くないから?臭いから?」
「いえ、そんな事ありません。やります。やらせてください。お願いします」
「そうそう。素直が宜しい」
しゃがみ込むと彼女の体がすぐ近くにあった。この時点で体が震えた。頭の思考回路が暴走状態になり、どうしたらいいのか一瞬、肩の組み方を考えてしまったぐらいだ。
「ごめん」
何故か自然と謝罪の言葉が出てしまった。それから彼女の左腕を自分の左肩にかけてゆっくりと立ち上がった。彼女の香りがする。全身に電流が走り、己の全身隅々まで血が行き渡っているのを感じた。
「すみません」
彼女が謝った。『後で殺す』とか悪態つかれるものだと思っていたから意外であった。この時間が保健室まで続くのかと思いきやすぐに邪魔が入った。
「あれ!みっちゃん。どうしたの?先生!」
彼女の友達だろう。別クラスの人で顔は覚えているが名前は出てこなかった。
「この子が見つけたもんだから保健室に連れて行くところ。比留間さんは体調が悪いから静かにしてね」
「はい。でも、この人・・・」
「彼が彼女を見つけてくれたの。だから手伝わせているわけよ。私、肩こりが酷いし」
その子が着いてきた。後で噂を立てられたり言われたりするのだろうと頭が痛かった。
「それじゃ、あなたはここまでね」
「え?先生。でも、みっちゃんの事を気になるから。一緒に帰った方がいいでしょ?」
「保健室は溜まり場じゃないの。比留間さんの友達でも今のあなたは部外者」
「ええ~。でもぉ」
どうも、腑に落ちない様子でこちらをにらみつけて来た。何故、このような目に遭うのか悲しくなってくる。先生はそのまま保健室のドアを閉めた。それから彼女をベッドに寝かせた。こういう場面なら、大抵、保健室の先生は急な用事が出来たとか気を遣うような発言をして保健室から出ていって2人っきりになるのが相場であるがいつもの比留間が相手なら何を言われるか分からないから寧ろこっちの方が良いのだろう。
「軽い貧血ってトコね。少しベッドで横になって休んでいれば治る」
「それは、良かった。じゃ、俺はここで」
「ちょっと待って」
引き止められた。
「何です?」
「比留間さんのことで何か思った?」
「は?」
好きか嫌いかで聞いているのかと思って急になんて事を言うのかと思ったが、その事を言う訳にはいかないから、はぐらかす事にした。
「何かって凄く気分が悪そうだから大丈夫かなって・・・何だかさっきまでとはあまりにも別人に見えたんで、これはただ事じゃないなって。でなければそのまま無視して帰っていたかもしれません。彼女、俺のことあんまり快く思ってないみたいなので・・・」
「そう」
先生は静かに目を落とした。幻滅したという風に見えた。ならば、それで良いと。あまり彼女と接点を持ちたくなかったからだ。どうせ、彼女にその気などないだろう。それで様々な噂など立てられるのは御免被りたかった。彼は波風立てず、静かに学校生活を送るのがベストなのだ。
「比留間さん。別人だって・・・どうする?彼に話す?」
「・・・。そ、そうですね。こ、このままにしたらきっと広がってしまうかも知れないので話しておいた方がいいのかもしれません」
「いいの?」
「いずれこうなる事は分かっていましたから、これからも増えていくと思います」
「そう。でも、彼なら口も軽そうな感じじゃないし、と言うよりそもそも友達がそんなに多いようには見えないし・・・あ、ごめんね。今のは冗談」
何やら重苦しい雰囲気に出来れば内心、関わりたくないとも思ったが先生の余計な一言で少し固くなっていた気分が砕けた。
『いきなり告白されたどうしよう。それって、まさかのまさか・・・いや、まさか過ぎるじゃないか!』
この状況で自分に告白するなどあり得ないなどと思いながらも頭の中を一瞬過ぎってしまったせいで彼は錯乱状態に陥った。そして、彼女は彼の予想を遥かに超える事を言ったのだった。



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