The Remain of My Days!

徒然なる儘にその日その日を暮しゆかば老いもまたいとをかし。

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Hiroshi Fuchigami

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採血の天使たち

2019-08-15 13:21:43 | Weblog
今日もまた天使たちが血を集めに来る。蜜蜂の様に。血は女王蜂の生む子蜂たちの餌となり、新たな天使たちを育むが、女王蜂自身は血を好まず、専らロイヤルゼリーを食す。長生きの為に。

癌患者最期の楽園

2019-08-14 20:01:05 | Weblog
1/2の確率で癌になり、1/3の確率で癌で死ぬのなら、治る見込みのない癌患者が安心して最期を迎えられる様なホスピスが十分に必要だ。特に孤独者には。

最期の贅沢

2019-08-12 10:32:13 | Weblog
人が苦しんで死んで行くのを見るにつけ、自分だけは楽に死にたいと願うものだ。ピンピンころりとポックリ死ねたら世話はない。病院に行ったら最期、願いも虚しく、結構な苦痛を甘受することになる。この国では安楽死は認められていない。

長生きの刑

2019-08-12 08:44:56 | Weblog
今まで死ぬチャンスが数多あったのに悉く好機を逸し百まで生きる人もいる。どうやっても死なないのだ。長生きの刑に処せられたに違いない。長生きも一種の病である。

端然として遷化

2019-08-11 17:50:46 | Weblog
釈尊の悟りとは釈尊の思想体系で諸々の経典を読めばわかる。では、高僧の大悟とは何か?蓋し、釈尊の悟りの自己流の解釈の体系である。臨済は死ぬ時にお前の様な馬鹿が儂の悟りを台無しにするのだと言って、さっさと死んだらしい。見事である。H.Fuchigami

不幸中の不幸

2019-08-10 16:30:46 | Weblog
人生、上り坂、下り坂、まさか、があるように、不幸中の不幸、もある。胃を切った人が管もとれ、食事もとれるようになり、外出許可が出て自宅に帰って冷や麦を食べ、汗だくになったのでシャワーを浴びたたら、黴菌が入り、翌日には、点滴生活に戻って仕舞った。今までの治療は、元の木阿弥になった。またメスを入れる可能性も仄めかされた様だ。状態をみる為、毎日採血されている。恐るべし。

死の恐怖?

2019-08-08 22:15:06 | Weblog
遠からず死ぬことが確定したら、人は死など恐れはしない。恐れても無駄だからだ。人は変人でもない限り、無駄なことはしない。

溺れる者は藁にもすがる?

2019-08-08 17:26:50 | Weblog
何やら小型のノートにメモがびっしりの人、医師に呼び出だされ新薬の説明を受けたのだとか。私はモルモットです、アハハと明るく自嘲した。死ぬ人には見えない。死ぬ時は、笑顔を忘れるな、てか?H.Fuchigami

自らの最期を知る生き物

2019-08-08 01:33:12 | Weblog
チンパンジーは人類の最近種だが、彼らは自分たちが死ぬということを知っているだろうか?チンパンジーが死について語ったという話を知らない。しかし、ホモ・サピエンスは、子供でさえ人も死ぬということを知っている。そればかりか、軈て、地球その者も消滅するということを知る。生き残る地球生物など存在しないのだ。人生は徒労に過ぎない。

放置療法

2019-08-07 11:18:36 | Weblog
最も人気のある民間療法。詰まり、何もしない、何も足さない、何も引かない。癌などになっても、切り刻まれたり、薬剤で体を痛めつけられたくないなら、抑、病院に行かないことだ。