加賀市橋立で古い町並みを散策したあと、次の目的地をめざそうとしたら、
奥さん 「せっかくだから、日本海を見に行かない?」
への次郎 「急な提案だね」
加賀海岸
やって来たのは、古い町並みのすぐ北側です。
森の中に入って行くと、
「松の傷」と書かれた看板がありました。読むと、
太平洋戦争中、このあたりの松に穴を開け、油を採っていたそうです。200本の松から採った油で飛んだ時間は、わずか1時間。この松にも、5㎝大の穴が開いていました。
松林を抜けると、日本海が見えてきました。
下の方におりて行こうとしたら、
奥さん 「立ち入り禁止だって!」
への次郎 「真新しいフェンスだから、正月の地震で崩れたかな」
右下の平地が加佐ノ岬ですが、行くのを諦め、宿泊地の山中温泉に移動しました。
お祝いの宿
山中温泉街は、南北に長く伸びています(翌日の写真)。
ここは、温泉街のちょうど真ん中あたり。ここを通り越して、
温泉街をはずれたあたりにやって来ました。この日の宿泊場所、お祝いの宿です。
山の斜面に建てられた、古い大きな旅館。エスカレーターで上がっていってチェックイン。「いしかわ応援旅行割」の説明を聞き書類にサイン、宿泊料が半額になりました。
5階でエレベーターを乗り継ぎ、9階の部屋に入ってビックリ! まだ3時だというのに、
すでに布団が用意されていました。こんな風? への次郎、旅館の流儀には不慣れです。
休む間もなく、こちら自慢の広~い天然温泉へ。
(公式HP)
ほかに客が二人しかおらず、ゆっくり温泉につかることができました。ここの温泉、硫黄の匂いとヌルヌル感は控えめでした。
温泉から出てビール飲んだら、酔いが回ってうとうと・・・。気づいたらディナーの時間。
大広間に行ったら、すでに料理は並べられていて、さっそく食前酒でカンパイ。
この料理の目玉は、活きアワビの踊り焼とのどぐろの塩焼。ほかに天ぷら、吸い物、デザートが出てきました。とにかく量が多く、平らげるのに1時間以上かかりました。
食後ひと休みしたあと、お土産を見に、1階のロビーにおりてみました。
チェックイン時には気づきませんでしたが、とても広くゴージャスな雰囲気がありました。
ここでお土産を見ていたら、泊り客の年配の女性が話しかけてきました。聞くと、能登から避難している被災者とのこと。家族とばらばらになり、お一人で。あの地震から半年になろうというのに、まだ故郷に帰れない人がいることに、気の毒な思いがしました。
翌朝、カーテンを開けてみると、窓の外は杉林でした。
寝起きに温泉に入り目を覚まし、朝食です。
網のかかったコンロでは、小アジのみりん干しを炙り、ついでに味海苔も焼きました。
隣のコンロには味噌汁がのっていて、最後まで温かくいただきました。アイデアですね。
フロントでチェックアウトを済ませ、スタッフにお礼とねぎらいの言葉を伝え、エスカレーターで出口に。旅館を出ようとしたら、あの被災者の年配女性にまた会いました。日課としている朝の散歩に出るとのこと。
「お元気で」と告げ、つえをつく不自由な後ろ姿を見送りました。
つづく