viento y sol

過ぎ去りし日々の物語を、そして尾張の国から吹く”風”を・・

海燕

2006年02月10日 | mono'logo
       

  南新宿に近い古びたビルの二階に酒場・海燕があった。
  カウンターだけの小さな店
  和服姿の凛とした老婦人がオーナー、いつも一人でカウンター内にいた。

   酒はラガーの瓶ビールだけしか置いてなく、
   栓は客が自分で抜き、手酌で飲むのが店の流儀。
   料理は2~3品を盛り合わせた1皿のみ。
   
  客はレントゲン技師長、外科医、私立探偵、芸能プロダクション社長、
  等々が常連で普通のサラリーマンを見かけることはなかった。

  カラオケなどあるわけなく、ギターが一つ壁にかけてあった。
  いつもギターでつぶやくように"早春賦"を弾き語る男がいた。
  夏でも秋でも早春賦を唄う、
  
   春は名のみの風の寒さや・・・
     時にあらずと声もたてず

  いつの日か表舞台に出るのを夢見て、今はまだ時にあらずと
  自身に言い聞かせているかの如く聞こえてならなかった。
  今は老婦人もいなくなり、海燕もない。