あるがままに高齢を生きる! シャンソン、菜園とともに・・

予測不可能な未来のドラマに期待を寄せつつ、明日を見つめてまだまだ濃い時間を紡げたらとブログを書き続けます。

終戦後のある休憩時間に

2015-08-09 10:36:40 | 日記
戦争に関わることは、あまり書きたくないなぁと思ったのですが・・・。

終戦後、1~2年くらい経ったころ、広島から先輩が転校して来ました。そして言いました。「原子爆弾で死んだ人の骨を、私たちの女学校(旧)の生徒がスコップで片づけたのよ。誰が誰だか解らないしね。」

具体的にその風景を思い描くことは出来ませんでしたが、人間の尊厳など考える余裕などない時代でしたから何ともねぇ。でもその時(新制高校)いたテニス部のメンバーの顔が固まっていたのは確かです。

夫婦の形

2015-08-08 06:49:16 | 日記
「おはよう!」「グッド モーニング!」「グーテン モルゲン!」「ボンジュール!」
「朝だ朝だよ 朝日が昇る」と私が歌えば、「朝日が勢いよく昇ってるから、今日は暑いぞ!」と彼が応えます。

認知症の相手との会話とはとても思えない、我が家の朝の風景です。

完食した朝食の後で、彼は手を合わせながら「今日もおいしかったよ。有難う。春子さんは天才!」と毎食後の決まり文句を唱えます。その時は心から言っているように聞こえます。

でもね、そのすぐ後に意味もなく機嫌が悪くなると、「お前はアホか!バカか!」と大声を出して怒鳴ります。しかしそれも瞬時に忘れ、テレビの話や、別の楽しい話に切り替わります。最近は感情の起伏がどんどん激しくなっていくので、ついていけません。

そこで私は考えました。この状態を楽しもう。すべてが未知の経験なのだから試行錯誤は当たり前!ならば、こちらから先に問題提起をしながら新しい時間を組み立てて行こう、と。

そう決めたら、結構楽しいものなんですね。

周りの老老介護の家庭は、雰囲気の暗いところが殆どですが、我が家では、大きな笑い声が響きますし、この暑さで、20坪ほどの庭のガーデニングのあとは雑草園となり、更にジャングル化したのを眺めながら夫は、「グリーンはいいねぇ。鳥が来て、蝶々が飛び回って、いろんな虫が棲んでいるのを見てると楽しいねぇ」とちゃんとしたことを呟いています。

苦労は続きますが、幸せと言うべきでしょうね。
知り合って65年、夫婦になって57年の昨今です。

今、平和に包まれて

2015-08-04 22:58:22 | 日記
シャンソンの仲間からカボチャをいただきました。今時のカボチャはほんとにおいしくて夫が大好きなのですが、いただいたものはいつも食べてるのとは違う品種で、ワンランク上のおいしさでした。

こんなことを言えるのも平和な世の中なればこそ。

また戦時中を思い出してしまいました。


敵機(B29)の襲撃から身を守るために、自分たちの手で掘った防空壕に身をひそめる回数がどんどん増えていきました。いま思うと、もうすでに戦争末期だったのです。

防空壕の上を、敵の目をごまかすためにカボチャを植えて覆っていました。それはとっくに敵にはばれていたようですが。

食料も底をついていて、防空壕の上の実をつけたカボチャを食べるのですが、当時は調味料の類もなく、砂糖だってなかったので、ただ辛いだけの醤油で味付けしたものを食べておいしいはずがありません。食事は空腹を満たすだけのものでした。そのカボチャのツルも食べましたよ。辛いだけの醤油味で。

それでも家族揃って食事をするその時だけは、しみじみとささやかな幸せを実感することができました。

シャンソンに助けられる幸せ

2015-08-02 19:16:47 | 日記
シャンソンの友人が夜の店を始めたので、一度はお祝いに出かけて楽しい夜を過ごしました。

でもその後、なかなか出かけられずにいたら、今日、毎月第3土曜日はシャンソンナイトで自由に歌える日なんだけど、今月はお盆と重なってお客が来ないと思うので歌いに来ない?との誘いを受けました。

夜はなかなかねぇ。

私は現在老老介護の真最中なのです。よっぽどのことがない限り、出かけられない。

でも仲間の誘い! それに当日のピアニストとも久しく会ってないので、えーい!とばかりに別の仲間と出かけることにしました。要介護人に、一応了解も得たし。

そうなると、もう楽しくて待ち遠しくてたまらない。

私の周りの介護の渦中にある人たちは、一様に暗い表情をしています。終わりの見えない状況の中で、明るくというのも場違いのような気はするのですが。

私は週4日、デイケアで預かってもらい、その間、仲間とシャンソンの勉強をし、ライブを行い、ボランティアに出かけて歌ってもいます。

そのお蔭で、自分自身がとても楽しいし、人にも喜んでいただけるしで、ともすると不幸の真っただ中にいると錯覚しそうな状況を、幸せに変えられてることに感謝をしながら日々を過ごしています。周りのすべてに感謝ですね。