funny life

人生のアクシデントに度々見舞われる。だけど人生ってどうなるか分からないから面白い!

馬の耳に…

2009-09-29 03:56:29 | 日記
私の母は特殊だ。人の話を聞かないというか理解しようとしない会話が出来ない人。話が通じない…まさに馬の耳に念仏だ

ずっと家に居なかった母だが私が高校生くらいになると仕事も生活も安定してきて会話らしい会話をし始めた。私は今まで母とコミュニケーションをとってなかったから少し戸惑ったが、意を決して両親が離婚してから今までずっと言えなかった心の闇をぶつけてみた

私はただ頷いて聞いてくれれば良かった。寂しくて辛かった気持ちを理解して欲しかったのだが、母は自分の弁護しかせず私の気持ちを理解するどころか私を傷つける言葉しか返って来なかった

何度も何度も衝突したが伝わらない、1番理解してほしい人である母に理解してもらえないのは辛かった。そんな中、父から手紙が届いた…母にぶつけた思いの全てを聞いて私への謝りの言葉だったらしいが、ほとんど母を庇った内容だった。

当時、私は父が嫌いだった。なのに母はその父と連絡をとって私の事を喋ってしまう…私は裏切られた気持ちでいっぱいだった。他にも出張で群馬に来た父を「嫌だ!」って言ってるのに家に泊めたり、母の私を傷つける言葉や行動は数えきれない程いっぱいある

私は友達に話すが悩みが重くて聞いてあげる事しか出来ない…と言われ、まるで死に神をしょったように暗くどんよりしていたらしい(笑)
そんな時、似たような境遇の友達いたから話をしてみたら「分かる!分かる!」と言って聞いてくれた。ただそれだけだったけど、私の霧は一瞬にして晴れた

それは私が小さい頃や母に言って貰いたかった言葉だった。ただ一言母にも言ってほしかっただけなのに、その一言の為にどれほど傷ついてしまったのだろう…。私が思いを伝え続けた3年間はなんだったんだろう…

話が通じない人に何を言ってもムダだと高校時代で私は母とのコミュニケーションを諦めてしまった

それからは私が母の話を聞いてあげるだけ…今では、兄や姉も諦めてる職場ではちゃんと良い人を演じてるらしい、でも家族とは会話が出来ない私の母、私だけじゃなく姉も母に傷つけられて何度家出したか分からない

たまに近所の人も母の信じられない言動に相談され、私が代わりに謝る始末本当に何故会話が出来ないのか不思議。何故平気で人を傷つけられるのか不思議。職場の人からは人気もの!?それと同様に家族と接する事が出来ないものか…。

不思議でたまらない…





ラブレター

2009-09-26 03:51:34 | 日記
高校生だったかな?ラブレターを出した事がある。高校で好きな人が出来たけど小学校の時好きだった彼が忘れられず…新しい恋をするためにこの想いをふっ切らなければ!と思って想いだけを手紙に託した。私が初めての大失恋をした彼である

でもちゃっかり返信用の切手を同封してたけど^_^;手紙を出してから三日間くらいは恥ずかしさのあまり眠れなかった

今郵便配達の人が区分けしてるかなとか今配達してるかなとか今手紙読んでるかなとか考えて眠れなかった

結局、返事は来なかったけど…付き合ってください!なんて書いてないし想いだけを伝えたかっただけだから返事なんていらなかったけど、「手紙ありがとう」くらいの返事があってもよかったような…気がしないでもない

私の4年分の想い重たかったかな?手紙は本当に彼の手に渡ったのかな?文章がおかしかったのかな?

当時、友達には「その文章おかしいよ」「それで返事来なかったんじゃない?」と笑われた。

確かに…何から伝えたらいいのか、どう書いていいのか分からずに無我夢中で書いたけど^_^;余計なことまで書いちゃったかも(笑)

今ではその初恋の彼なんて恥ずかしくて一番会いたくない人だ

私の送ったラブレターをもし今でも取ってあるのなら速攻で捨ててほしいと願わずにはいられない。

だけど、ずっとあの時気持ちを伝えてれば良かった…なんて思いながら過ごすよりはラブレターは出して良かったかな?


苦くて恥ずかしい思い出だけど…ね




5月5日

2009-09-25 00:23:49 | 日記
17歳の時の5月5日私は友達と出掛ける約束をしていて、家を出て5分も経たないうちに車とぶつかった。自転車は車のタイヤに巻き込まれグシャグシャ…私は打撲くらいで済んだのだけど、この話には前置きがあり災難続きだった

4月27日に自転車を盗まれてしまい、中古の自転車を買ってもらったのだが…私はその新しい自転車に乗る事もなく風邪を引いて学校を3~4日休んでいて、やっと治って学校に行けると思ったらゴールデンウィークに突入。

G.Wに友達からのお誘いが来て出掛けることにした5月5日、買ってもらって初めて乗る自転車ウキウキしながら出かけたのは良いが、家から出て5分も経たないくらいで新しい自転車がグシャグシャに

左折してくる車との接触だったから そんな大事故にはならず外傷が無かったから大丈夫かと思って、「友達との約束があるので」と私を轢いた人に駅まで送ってもらった

電車に乗って駅で待ち合わせの友達と無事合流して、公衆電話から家に電話をして「ボロボロの自転車置きっぱなしだからなんとかしといて」なんて呑気に電話をして何事も無かったかのように友達と遊んで帰る時に定期が無い事に気づいた!

しまった!乗せてもらった車の中かな?ぶつかった時かなと思いながら家に帰ると、轢いた人が菓子折を持って家に来たみたいで、車の中に落として行った定期も届けてくれて、新しい自転車も買ってくれて無事に解決?と思ったが甘かった

次の日、打撲の痛みで体が動かず…いつも乗る電車を見送り死ぬ思いで自転車を漕いで駅まで着いたものの電車を間違えて乗ってしまうわで散々

学校に着いても教室のドアさえも開けられないほどの激痛が!!!
確かにぶつかったとき何回転か転がったけど…翌日に痛みが来るとは…
医者に言っても打撲だからシップくらいしか貰えず、しばらくは痛みと闘っていた

そんな思い出がある5月5日



4月1日

2009-09-25 00:00:37 | 日記
小学6年生の時に好きだった人を私は高校に入ってもまだ忘れられずに好きだった

その彼(A君)と仲のいい友達(B君)が私ん家の近所に住んでて、私の友達が「A君がB君家に遊びに来てるんだって」と言われ、私はその日がエイプリールフールなんてことをすっかり忘れ、夢中で家を飛び出しB君家まで確かめに行ってしまった

友達に「居なかったよ」というと…今日はエイプリールフールだも~ん!と言われ、悲しさと虚しさでいっぱいだった(T_T)友達も私の好きな気持ちを知ってるのにそんな嘘は酷すぎる。本気でムカついた!

嘘をついても良い日だけど、些細な嘘が人を傷つけていまい悲しくさせるんだなぁって知った一日だった

そんな苦い経験を体験して以来、私はエイプリールフールに嘘をついた事はないしその日は誰とも連絡をとらないようにしている。私のトラウマだ…






昔の日記

2009-09-24 23:06:55 | 人生
中・高時代の日記を読み返すと面白いほどろくな事が書いてなくてびっくりする
不満や愚痴ばかり…なんだか知らないあだ名ばかりで、どの人の事を言ってるのか分からない…思い出せない。

中学は仲の良い3人グループで行動していたけど、3人というのは微妙な関係で気がつくとイキナリ仲間はずれ!?にされてた。女の友情は複雑だ

あとは、受験のストレスでアトピーが悪化したりと大変な時期だった。誰も私には何も言わないけど周りの目が怖かった。何も言わないけど目がかわいそう…といってるみたいに思えて仕方がなかった

仲間外れにされ一匹狼だった私を拾ってくれた友達が良い子達ばかりで、なんとか私は登校拒否にならず中学生活を送れる事が出来た

部活も楽しかったし部活一色だった中学時代、剣道部に入ってしまった私…校庭何十週…持病の喘息が起こり走れない…(T_T)でも一人出来ない自分が悔しくて毎日一周ずつ増やし無理せず徐々に体を慣らしていき持病の喘息も出なくなり、レギュラーになって、ずっと副将を守ってた!

高校時代はアトピーにかなり苦しめられた^_^; 今は普通の人のようにオシャレも楽しめ半袖も抵抗なく着れるようになったが、高校時代は一番酷い時期で…

夏休みなんかも一歩も家から出ずに過ごしていた。朝起きると体中が痛くてシーツも血だらけになってた。思春期でオシャレしたい年頃だった私には辛く苦しいものでしかなく…毎日泣いて過ごしてた。

でも学校生活は楽しかったけど、3年間制服の半袖なんか着た事がない…汚い腕をさらすより暑いのを我慢した方がマシだったし、周りの視線に傷つくよりよっぽどマシだった

自分でもアトピーである事を認めたくなくてひた隠しにしてた…でもホントにこの病気は辛いものがある

大人になってもまた私を苦しめるハメになるし、まだ辛いこともいっぱい待ち受けてる私の人生だけど、どんなに不細工で一生恋人なんて出来なくてもいいからこの病気にだけはなりたくなかったって心底思った時期だったなぁ…

それにしても持病が多すぎ!と突っ込みたくなる!中・高時代の日記が暗い内容なのも分かる気がする…。なんで平凡に過ぎてくれないんだろう…