空(hanul 하늘)風(palam 바람)湖水(hosu 호수)……青空を吹きぬける風が、湖水にさざ波をたてる。

私たちの暮らしは、美しい自然と共生をとりたい物です。そんな日々の暮らしで、感じたことを綴ります。

大井川をあちこち

2016-08-12 23:15:27 | 日記

8月10日(水)午後5時30分に、JR藤枝駅前のホテルオーレにチェックインしました。

送っていただいたレンタカーのお兄さんは、「うちのお客さんで、ここに泊まる方は、あまりいませんね」と言ってましたね。

オープン間もないのに、安かったと思います。


すぐホテルの中にある静岡県で有名なチェーン店の寿司屋さん「沼津魚がし鮨 流れ鮨 藤枝駅南口店」で夕食です。

流れ鮨 藤枝駅南口店

それなりのお値段ですが、うまいです。


息子の彼女も仕事を終えて合流し、今回のメイン「大井川大花火大会」へ移動です。

藤枝から西へ、この辺りの方は「バイパス」という国道一号線を走ります。

新東名が出来るまでは、有料道路だったそうです。

彼女のお父さんが仕事仲間の方にお願いして、会場近く(東町バス停)に駐車場を確保できました。

花火は、それはそれは見事でした。私の写真のなかから一枚だけどうぞ。

19:30から21:00まで花火を堪能しました。JR金谷まで送って貰いました。座ることが出来ました。

藤枝へは、島田・六合・藤枝です。


11日(木)も大井川を観光しました。

蓬莱橋ってご存じですか?

4月頃テレビに何度も出て来ました。

「とと姉ちゃん」の浜松編で出て来ましたね。昨日の花火大会は、JR東海道線の北側。

この蓬莱橋は、南側にあります。

ギネスブック認定!世界一長い木造歩道橋

時代劇の世界にタイムスリップしたかのようなたたずまいの蓬莱橋は、明治12年(1879年)牧之原開墾者たちの共同出資により、農業用の橋として誕生しました。

やがて、初倉地区と島田を結ぶ住民の生活路となり、現在では歩行者と自転車だけが通行できる賃取り橋として観光名所になっています。

全長897.4m、幅2.4mのこの橋は、「世界一長い木造歩道橋」として英国ギネス社の認定を受けました。

夜はライトアップされ、幻想的な風景を楽しめます。

【蓬莱橋の歴史】

1869年(明治2年)7月、最後の将軍徳川慶喜を護衛してきた幕臣たちが大井川右岸、初倉にある牧之原を開拓し、お茶を作り始めました。

当初は大変厳しい環境の中で、筆舌につくせない苦労の連続でありましたが、そのかいがあって順調に茶栽培が営まれるようになりました。

こうして生活が安定するになるにしたがって、初倉の人々は、島田へ生活用品や食料品を買いに出かけるようになってきました。

また、島田の人々も初倉に山林、原野の開墾のために出かけるようになりましたが、大井川を小船で渡らなければならず、大変危険でありました。

そこで、島田宿の開墾人総代達は、時の静岡県令(現在の知事)に橋をかける願いを出し、これが許可され、1879年(明治12年)1月13日に蓬莱橋が完成しました。

しかし、蓬莱橋は木橋のため、大井川の増水のたびに被害を受けてきたので、1965年(昭和40年)4月にコンクリートの橋脚に変え、今日の姿となりました。

1997年(平成9年)12月に「世界一長い木造歩道橋」として英国ギネス社から認定を受け、全国的にも有名な観光名所となりました。

2003年(平成15年)3月には高輝度LED照明機器が設置され、日没とともに緑色の光が橋の輪郭を浮かび上がらせ、幻想的な空間を演出し、島田市民にも大井川の自然と一体となった木橋として親しまれています。

【パワースポットとしての蓬莱橋】

蓬莱橋は、その長さが「897.4m」ということからから「やくなし」→「厄無し」、また「長い木の橋」ということから「長生きの橋」など、厄払いや長寿のご利益スポットでもあります。

橋の対岸は散策路となっていて、長寿祈願の鐘や七福神像などのご利益ポイントが点在しています。

 

最後に私の写真です。

    

    

    

 


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