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Bridge Cafe&GuestHouse in Tiger leaping Gorge 虎跳峡でカフェ館を

だんなは漢族とナシ族のハーフ。
地元の食材を利用したBridge CafeとG・Hを営業中!

2009年!

2009-01-01 10:59:13 | Life of Japan 日本生活1(2007.7~10)
明けましておめでとうございます。
2009年1月1日丑年です。

帰国して約2ヶ月が過ぎました。
最初の1ヶ月は片付けとか毎日散歩したりとのんびりと過ごし、
あまりにも退屈で、翌月から妊婦でもどこか雇ってくれる所があればと思い、
結果1日5時間ほどほぼ毎日働いていました。
久々の日本でのオフィス仕事。ちょっと新鮮な日々でした。

簡単なパソコン作業だったので、座ったまま楽チンな仕事だったけど、
最初の頃はファックス送ったりするのに席を立つことも平気だったのに、
最後の方はおなかが張りやすく、席を立つのもおっくうに。
30日を最後にちょうどこの日がいわゆる世間で言われている産休6週間前でもありました。

今月は検診も週1回に入り、だんな「ホゥ」もやってきたので、
入管の手続きとか今後のこと、2月初旬に控えた出産などで、少しバタバタしそうです。

そんな中1年春夏秋冬号の4回でおしまいの予定だった広島の雑誌「旬遊」↑から
最後にもう一度宣伝も兼ねてどうか?というお話をいただいており、
先月26日最後のシャングリラ通信を寄稿しました。

原稿を考えている間はシャングリラにまだいたけど、提出時はすでに日本でした。
しかも本当にほとんど私たちのカフェとこれからオープン予定のゲストハウスの宣伝のような記事になり、
最後に好きに書かせてくださり、本当に感謝感謝に尽きます。
内容は写真ではわかりにくいかもしれませんが、
「お客さまとの触れ合い」をテーマに書いています。

ほぼ完成に近いゲストハウスに、もう泊まれるのかと思って訪ねてきた旅行者や
カフェでの交流の様子などが中心。
事実、私たちのカフェで食事をしたお客さんから、
今年の冬はオープンしますか?出来ていたら予約したいです!
という嬉しいメールを何通か頂いてます。


残念ながら出産が終わっても、今年はしばらくは日本生活が続きそうなので、
記事にも書いたようにカフェは一時お休み、ゲストハウスのオープンは
もう少し先(予定では今年の夏から秋にかけてを計画中)になりそうです。

カフェはお休みしますが、泊まりの方は義母の民宿に宿泊可能です。

そして…
本日は母の手作り御節を食べたあと、妹夫婦が遊びに来る予定でしたが、
甥が熱を出したらしく来るのはいつになるかわからないので、
近所に初詣に行って来ます。


















コンサート

2008-12-07 11:05:08 | Life of Japan 日本生活1(2007.7~10)
コンサートを見に行ってきました。
母が習っているギターの先生「Bunken」さんが演奏されるギターコンサートです。

他にヴァイオリンなどとの共演や、英語でしゃべらナイトのパックンマックンとの詩の朗読による共演もありました。
あ、二人のトークショーもあり、マックンの存在が私の中では薄かったけど、
なかなかいいじゃん!と改めて二人のアメリカでの英語のお笑いを見てみたいと感じました。

コンサートにはそんなに行くほうではないけど、
クラシックではハンガリー出身の作曲家のものが好きで、リストやブラームスなどを時々聴きます。
ギターよりも藤原真理さんなど、チェロやヴァイオリンの音色の方がどちらかというと好みでしたが、
今回ギターもいい!と思いました。
Bunkenさんのカーネギーホールでの演奏見てみたかった!

ハンガリー系のジプシー音楽やハンガリーのダンスなど、とにかくハンガリーが好きな私は、
ヨーロッパを取材中のときはなるべくハンガリーの首都ブタペストには立ち寄るよう取材旅行の計画をアレンジして、ハンガリー舞踊はたぶん合計3回くらい毎回同じものを見ていたので、
最後はさすがにもう当分見なくてもいいや…と感じたのを覚えています。
毎回舞台の最後に余興で世界各地から来た観光客のためにその国の歌をアレンジして歌ってくれるのがよかった

ついでに言うとハンガリーではそれを見て、美女の谷というワインの産地、
エゲル郊外のセラーに行くのがお決まりでした。
洞窟を改造したセラーで現地のエゲルワインが非常ーーーに安く飲めます。
観光客もいますが、地元の人がペットボトルを持って樽出しワインを買い求めに来るような、
そんな素朴な雰囲気もあります。





会場となったALSOKホールには学生時代劇団四季のキャッツなどのミュージカルを見に行ったのが最後くらい。
そのときもまたミュージカルやってみたい!と影響を受けた単純な私です。

横浜に住んでいたときはアイルランドのリバーダンスや南米のフォルクローレ、
韓国のナンタなど外国の舞台を見る機会が多かったのですが、やはりここは広島。
なかなかそんな大きな舞台を見る機会がないのが残念。

ほどほどに田舎で住みやすいと思うのだけどやっぱり刺激が少な~い。

写真はかなりボケていますが、Bunkenさんとピースアンサンブルによる最後の場面と、
(なじみやすい曲が多くてそれもよかった!私の母と友人はタンゴがよかった!と)
先生とパックンマックンとのトークの様子。
こんなコンサートなら胎教にもいいし、また行きたいな。



















帰宅

2008-11-13 09:26:24 | Life of Japan 日本生活1(2007.7~10)
大学を卒業して住み慣れた家を離れ、郊外に家を新たに買った両親のせいで、
市内から遠くなるし、交通は不便になるし、卒業後ほとんど広島にいないので、
たまに帰ってもなじみのない土地だったけど、
ここもこうやって帰省するうちに大分愛着がわくようになった。

・1年ぶりの母。歳とっていた。
・住宅街の紅葉がきれい。
・私の部屋の中は1年前に出て行ったときのまま。
・日本料理、全て美味しそうに見える。(地元スーパーの平凡な食パンまで!)

翌日早速区役所に行って母子手帳をもらってきました。
ディズニー好きの妹から「プーさんだった?」と聞かれたけど、覚えてない。
家帰ってみると平凡な表紙じゃん!

2本ほどネタ(原稿)を提供した文庫本「困った地球人」も机の上にあった。
頑張って画像も送ればよかった、と本になったものを見てちょっと後悔。

午後、中国から国際電話して予約をいれておいた病院に検診に行く。
向こうでの血液検査の結果など経過報告をする。
中国語で書かれたものだけど、専門用語+英語の簡略表示もあり
訳さなくてもほとんどの項目をわかってくれた。
看護士さんから「あら、中国では未だにこんな項目も調べるのね」とも言われた。
国が違えば事情も違うので検査しなければいけない項目もまだまだたくさんありそう。

エコーを取ってもらって初めて画像も見た。(向こうでは技師しか見られないようになっている。)
ついでに言うと田舎のせいもあるのか、はっきりした予定日も教えてくれないし、
法律で禁止されているのでもちろん男女の区別も教えてくれない。
毎回の検査は「おなか痛くない?出血ない?」でほぼ終わり。
血圧は自分から「先生お願い計って」といってお願いしていたし、
体重も病院の入り口に<計りたい人はここで計りなさい>と言わんばかりにおいてあるだけ。
尿検査もなく(中国の医者は尿検査を嫌う)
子宮底の測定はある周になるとだんなが計ってあげるように本に書いてあった。
上海や北京のような都会ならまた違うのだろうけど。


画像はとても鮮明でその後「3D写真」をもらった。(日本てやっぱりすごい!)
妹に見せると「何コレ?3Dじゃん、私のときはもらえなかったよ」と。

でも日本て変なとこでサービスが過剰。
中国はサービス精神ないからまた極端だけど、
別にアメリカでもオーストラリアでもイタリアでも日本のコンビニ、スーパー、
ガソリンスタンド、郵便局の窓口のような過剰サービスはない。

ちょっと不自然なところもあるけどでもやはり日本は快適

















日本最後の夜

2007-10-19 15:35:07 | Life of Japan 日本生活1(2007.7~10)

日本最後の夜は友人の住む山口県湯田温泉の焼肉でした。

だんなも言ってたけど、日本の焼肉は本当に美味しいって!

何よりもお肉が新鮮。

素敵なお店に連れて行ってもらって美味しいご飯とお酒で

幸せな友人夫婦(新婚さん)を見て、

私たちも勉強させられました。

温泉もよかった。

今年は温泉に縁があった年になりました。

道後温泉、下呂温泉、奥飛騨温泉、草津温泉、鹿沢温泉、そして湯田温泉。

最後は素敵な夜になりました。







カップル2

2007-10-04 16:44:04 | Life of Japan 日本生活1(2007.7~10)

 

 いつか島に住みたいです。
 いや、帰りたいです。

 祖父、祖母の住む島。

 歳とったら瀬戸内の島に腰を落ち着けて、
 そこで雲南料理屋とカフェする?
 
 雲南コーヒーや現地のビール、お茶仕入れて。

 こんな話をしたら結構乗り気なだんな。



 今日の新聞に蒲刈のことが。タイムリーだ。

 2008年末には隣の島とも橋が架かるって。
 そうなると芸予7島が全部つながるらしいです。

 え、そうなると四国・今治も目と鼻の先だ。



 楽しみ。

 ちなみにこれは若いカップル。






カップル1

2007-10-04 16:38:47 | Life of Japan 日本生活1(2007.7~10)

 これは年配のカップル。
 下蒲刈島の海。

 日本の海水浴場55選、
 渚100選だとは知らなかった。

 確かに、今まで見てきた瀬戸内海の海とは違って
 砂浜が白い、綺麗!

 海を見て思うことは
 素潜りと釣りしたーーーい。

 母とドライブ。

 こんな日もあと数日。

 
 

 
 

ゴーヤジュース@自家栽培野菜

2007-09-27 09:21:30 | Life of Japan 日本生活1(2007.7~10)

 実家の庭で採れたゴーヤ、ナス、ピーマン…
 庭で作っているものの他に広島市から畑を1年3000円で借りて
 近所の畑で大葉、さつまいも、いちご、なす、ネギ、ミニトマトを
 作っています。

 食卓に上る野菜は自家製のもので間に合うことも。
 
 母の毎日の朝食は大変充実しています。

 自宅でとれた苦瓜にパイナップルを加えて作った「ゴーヤジュース」。
 これをバナナにかえて作ったときの方が私的には飲みやすくてお気に入り。

 同じく自家製のヨーグルトにレーズン。
 フレッシュサラダ。レタスやミニトマトだったり、キャベツだったり。
 50回以上は混ぜたと思われる納豆にネギをまぜ、ノリで巻いたもの。
 そしてハムエッグに食パン半切れ。

 これで今年の暑い夏も夏バテ知らずで過ごせたみたい。

 朝しっかりとご飯食べられるのって健康的でいいな。

 シャングリラに帰ってもこんな食事ができるといいのに・・・


 


旬遊

2007-09-21 20:42:26 | Life of Japan 日本生活1(2007.7~10)
 
 昨年だんなの在留資格が取れ、二人で3ヶ月ほど日本滞在したときのこと。
 短い間お世話になり、(在留資格申請中とあわせて約2ヶ月という本当に短期間)
 働いていた某新聞社があります。

 主に女性がターゲットの週間で発行される新聞なのですが、
 そのときに知り合った編集部のスタッフの一人Mさんが今は別の出版社で働いていて、
 前職?つながりが縁で、彼女が手がける雑誌にシャングリラ通信を書かせてもらうことに。

 旬遊www.syun-yu.jp という年に4回発行の季刊誌ですが、
 HPで拝見する限りではとても読み応えのある大人の雑誌。おもしろい!
 (シャングリラ通信を書く話があったときはまさにシャングリラにいたので、
 現物を手にしたことがなかった。当たり前なんだけど)

 ネット事情の悪いここ、シャングリラで果たしてきちんと責任持って書いていけるかどうか??など、
 不安要素をいくつか抱えながらも、カフェの宣伝とシャングリラの魅力がたくさんの人に伝わるなら、と引き受けました。

 これは6月下旬に発売されたもの。

 記事は…シャングリラ通信①
 <大渓谷・虎跳峡に住む人と食>と題してペンネームのほう直子で書きました。

 原稿執筆は2005年の昆明留学中に某出版社のガイドブック取材で
 取材費が出るんなら♪という事で授業そこそこにして、訪れたシンガポール取材が最後。
(新聞社でも書いてたけど新米はリライトが多かった。ので書いてる気しなかった。
あれからお世話になった編プロの人が中国関係の仕事あったら紹介するよ、って
言ってくれたのに話ないじゃん!)

 2年ぶりでしょうか。なんか久々の本職?で楽しかった!
 このときは心に余裕もあったし。
 この記事を書かせてもらって、その後、登録している「海外書き人クラブ」でも
 紹介させてもらいました。といってもここではやっと自己紹介が終わったばかり。
 
 今回再び一時帰国したので、その際、次回の原稿の打ち合わせも兼ねて、
 直接掲載雑誌をいただきました。

 さて、今月号ですが、あれからどうなってるのかちょっと不安。

 もうすぐシャングリラに帰るわけですが、
 カフェに必要な雑貨買いに行ったり、新しいメニュー考えたりと
 気持ちはすでに(仕方なしに)シャングリラです。

 帰りたくない~けど、そうも言ってられないし。
 
 なので(気持ちはシャングリラなので)次回はもっといいものが書きたいな、と
 意欲満々です。次回に続けばの話だけど。

 そして気づいたのがこのタイトル。
 卒論と同じだ~。卒論は沖縄でした。

 沖縄の食と社会??確かそんなタイトルだったような気がする。
 先生ごめんなさい。今じゃ恥ずかしくてとても読めない。


 






 





 

Family 

2007-09-15 17:35:24 | Life of Japan 日本生活1(2007.7~10)

 男気の強いボスととてもやさしい奥さん、そして愉快なメンバーに恵まれて
 
 腰の痛みさえなければ最高の毎日でした。

 だんなも平気で歌歌いながらのびのびと切ってます。

 「もう!歌なんか歌って、」と言うと

 ボスが「いんだよ、歌わせておいて。そうでもしなきゃあ毎日つまんないもんな」って。


 ‘過的hen自在’ と言ったところでしょうか。

 

 

 ここの生活を体験してみると、とても虎跳峡とよく似ていることに気がつきました。

 もし、ですよ、もし私がこの農村に生まれ育っていたら

 もう少し今の虎跳の生活をもっとスムーズに受け入れることができただろうな、って思いました。

 <似ている点>

 ①竹ぼうきがある。

 ---竹ぼうき、虎跳の生活には不可欠です。
    土ぼこりの舞う大きな庭はこれで掃くのがラク。
    虎跳にいたときは「こんなの中国でしか使わないだろうな」って思っていました。
    特に中国の農村部でしか。ここ嬬恋に来て「あ、ここにもある」という感じでした。

 ②ごみの分別が都会ほどはっきりなく、瓶などもやせない物以外はほとんど自宅で燃やす。

 ---虎跳では誰もゴミの回収に来ないのでごみを自分で燃やしています。
    瓶類さえも。「昔の日本ってこんな風に自分で燃やしていたのかな~」と感じながら
   ゴミを燃やしていましたが、ここもそう。

 ③村中が親戚だらけに近い。

 ---さすが農村。ボスのお姉さんも農家、親戚も農家。
    付き合いが濃い感じ。わかんないけど。
    そして虎跳もあっちもだんなの親戚、あの山の家もお父さんのお兄さんの息子とか、そんなのだらけ。正直疲れます。

 ④キャベツのおすそ分けとか近所付き合いがある。

 ---広島の実家ではある程度ありますが、横浜で働いていたときは
    隣の人、上の階の人、1年に何度見たか、という感じ。
    こんな濃い近所付き合いすっかり忘れてた。

 ⑤キャベツ切りで農家同士助け、助けられがある。

 ---つまり虎跳でいう返工と同じ。
    とうもろこしの収穫が一家だけでは間に合わないから今日は無償で手伝ってもらって明日は無償で手伝いに行くという。ここは無償でないけどやっぱりシステム的に似ている。法事とかが迫っていて、準備に追われキャベツどころじゃないとき、でもキャベツが育ちすぎて早く切ってしまわないと駄目になってしまうようなとき、近所の農家の人が手伝いに来て、イッキにキャベツを切ってしまうと、
法事の準備に手がかけられて助かる、とかそういうことは今でもあるらしい。




今すぐ思い出せないけど、とにかく似ている点が多いなと感じた日々でした。


だから余計都会育ちの私があそこでやっていくのは大変なんだ、と再認識。


別に農家するわけではなく、商売するのだけど、風習は農村だもん。



これからも考えさせられる日々になりそうです。