白龍のオウム・アーレフで過ごした日々

オウム・アーレフと新団体「ひかりの輪」について考える。

更新

2008-07-31 21:43:01 | Weblog

コメント欄が100を超えているので、更新しておきます。

といっても載せるような記事があるわけではありません。w

 

アーレフのお家の事情に関して、野田さんのブログで暴露されていますが、

もうあほらしくてそれについてコメントする気もありません。

 

ひかりの輪は、有力なスタッフが次々辞めていき、

アーレフより先に、こちらのほうが難破しそうな感じで、

気の毒で批判する気も起きなくなりました。

 

ということで、かつてのオウムの人達に贈る歌を一つ。^^

 

「魁 男塾」 一世風靡セピア

http://jp.youtube.com/watch?v=zSO6wHIVw6w


贖罪の対話

2008-07-02 00:48:03 | Weblog

 オンフ板に掲載されていた記事ですが、こちらにも掲載させていただきます。この記事の元信者の方は、教団の事件関係者で、個人的に謝罪のための行動を起こしている、数少ない元サの一人だと思います。

 

 

「刑終え、被害者河野さんに贖罪の対話続ける元オウム信者」  

 

 47歳になったその男性は27日、山口県から高速バスを乗り継いで、半年ぶりに松本市にやって来た。向かった先は、市内の病院。ちょうど14年前、市街地にまかれた猛毒ガスのサリンを吸い、重い障害が残った河野澄子さん(60)が療養していた。  

 

 「また、庭の掃除をしにきました」。男性は、ベッドの脇で前かがみになって澄子さんに声をかけた後、あの日惨劇に見舞われた北深志の河野さん宅へと急いだ。  

 

 男性は、サリンをまく噴霧車の製造にかかわったオウム真理教(アレフに改称)の元信者。7人が死亡、600人近くが重軽症を負った松本サリン事件での殺人ほう助、殺人未遂ほう助などに問われて、懲役10年の実刑判決が確定し、2006年3月に刑を終えて出所した。  

 

 その年の6月に初めて河野さん宅を訪れて以来、10回以上も足を運び、澄子さんを見舞って庭木の剪(せん)定(てい)をし、夫で事件の被害者の義行さん(58)とも対話を続ける。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

信濃毎日新聞 6月28日(土)

http://www.shinmai.co.jp/news/20080628/KT080628FTI090001000022.htm