YASUKOの人生珍道中

2006年秋、新しく始まるYASUKOの人生はブリスベン!この先どうなることやら…珍道中

☆ お知らせ ☆

2011-04-26 19:31:29 | Weblog

明日27日(水)から
5月31日(火)までの5週間。

お店の近くの、お友達の、イタリア人の、リタの家に 『ハウスシッター』 に行きます。
要するに
リタがイタリアに行ってる間の5週間。
リタのお家の 『お留守番』 です。

リタのお家は、ホームステイの生徒が3人いるので、お留守番がいないとお泊りで出かけられないのです。

私にとっては、お店まで歩いて5分の所に住めるのは、めっ茶ラッキ~


でもね、リタのお家はPCが使えないみたいで…
持って行くのも面倒なので…

明日からは、このブログもEメールも、この家に帰って来た時(週一くらい)しか書けません 
あしからず…ご了承…下さい 


でもね、
私、6月に日本に 行きます!! 

8日から22日までの2週間。

でも、日本での予定は…未定。

今回は、癌持ちのニム氏のお顔を見に行くのが目的なので、予定はニム氏の治療状況、体調次第です。

いつ、会えるかわからないから…
8日からの2週間、みんな、できる限り空けておいてね 

また、みんなの素敵な笑顔に逢えるのを楽しみにしています 

Goma

2011-04-25 20:31:22 | Weblog

明日までスクールホリデーなので、子供向けのイベントがいっぱいでした。



『白』 だけのレゴの作品。
子供たちも参加できます!



『お願い事 リボン』



壁にくっつけてあるリボン、一つ一つに願い事が書いてあり(自分で書くのではありません)、自分の好きなのを一つ、持って帰れます。

『私が、もっと大きかったらいいのに!』
『素敵なお庭が欲しい!』
『バレリーナになって世界を回りたい!』
『家中がハッピーになるように!』
… なんか、日本の神社みたいね。
その中に 『もっと、孫たちと一緒の時間が欲しい!』 って言うのもあった。 ちょっとビックリ!



なんだろう?



長いトンネルになった 『滑り台』



3階からスタートです。


この催しは、明日までで…(私は、この催しの事は、全然知らないで、急に絵が見たくなって…)
明日は、NAOが子供たちを連れて行くそうです 
 




アートギャラリー

2011-04-25 20:08:42 | Weblog

ブリスベンのアートギャラリーに行ってきました。



噴水です。
放射状にでたパイプから吹き出されたお水が球になって見えます。



私の好きな絵(ここの常設展示らしい)
題名が 『ジャカランダの木の下』
1903年に書かれた作品…誰が描いたのか…忘れた。
ここに行く度にこの絵に会ってるので、今日で…4,5回目?
でも、やっぱり 好き 
だって…
オージーが 『お花見』してるんだもん!






そして、アボリジニの人達の絵みたいな作品2点。
日本の小紋柄みたいで素敵です。



突然 『ikebana』 と題して…草月流だそうです。 










イースター(復活祭)

2011-04-23 21:36:55 | Weblog

昨日(グッドフライデー)から、イースターのお休みが始まっています。
その中で、メインは明日(イースターサンデー)

サンタクロースと同じように、子供たちの用意した 『巣』 の中に 『イースターバニー』 がプレゼントを持ってきてくれます。

そして、明日は 『エッグハント(あらかじめ隠しておいた、卵形のチョコを子供たちが探す)』 をします。
↑ この写真のケーキは、ナオが作った 『イースターケーキ』

あんまり良く判らないけど…
イースターには、鳥の巣、たまご、が欠かせません。


これは、ゆで卵に輪ゴムを掛けて、フードカラーを溶かしたお水に漬けて、染めた(輪ゴムのところが白く残ってる)たまご。
子供達が作ったんだって 



本当は明日のために…だったんだけど…
その日に、みんな食べちゃったんだって 







サラのおかあさんが作ってくれたカップケーキ。
本当の鳥の巣に、本当のたまごみたいで、めっちゃ可愛い 




そして、子供達が寝た後で…
イースターバニーからのプレゼントのセッティングが、終わりました 
(右上のかごは、私から、子供たちに!)

明日が楽しみね 









ウエリントン・ポイント

2011-04-22 21:49:49 | Weblog

今日から、『イースターホリデー』が始まって、5連休です。

ウチのお店は、今日(金)と25日(月)がお休み。

ゆっく~り 朝寝して、
久しぶりにミシンを出して、直し物や形見分けに貰った布での巾着袋作り。
ゴールドコーストのテイフ(専門学校)に行き始めた、Nao のお友達の子供のM君が遊びに来たので、
『ウエリントンポイント』 という海岸に行ってきました。

干潮が6時半だったので、潮が引いた後に、向こうに見える小さな島まで道ができて、歩いて渡れるの!



マングローブ。
満潮だと…頭までお水の中…なのかな~?



ここから、真ん中に小さく見えてる島まで、歩いて渡ります。



かにの穴が、いっぱいあいていた。



右端に見えるのが、スタート地点。



コーヒー持って。



貝で『連れてって~!』のメッセージ。



周りを、ちょっと掘ってみると…
出てくる出てくる。



小さいんだけど、アサリよりもハマグリに近い、色と形。
魚屋さんに売ってる 『ピピ』 って言う貝みたいなんだけど…小さい。




Kyのサンダルをスコップ代わりに…
本当に面白いくらい出てくる!!



島に着きました。



海で汲んで来た海水に、洗った貝を漬けて…砂抜き。
(でも…砂地だから…大丈夫かも?) って思って、4個だけ小さなお鍋で茹でて、食べてみたら…
うん、思ってた通り、ほとんど砂がない。
なので、即、お味噌汁に!



まさか、貝のお味噌汁ができるなんて考えてなかったんだけど…
今日のメニューは
『マグロの漬け丼』 『しいたけ、にんじん、高野豆腐煮』『じゃがじゃが(昨日の牛丼の残りだから、肉は入ってない肉じゃが。)』
それに 『貝のお味噌汁』+ この間ニム氏に送ってもらった 『かつお梅』 で、完璧な日本食 











お洒落、大好き!

2011-04-21 23:58:03 | Weblog

私流、お洒落の基本は色合わせ。

お洋服の上と下は、無地ならば同系色。
柄物の時は、どちらかは無地にして、柄の中の一色を選ぶ。
靴とバッグは同じ色。
アクセサリー同士は同じ色。

と、まあ、こんな感じなんだけどね。

この写真のお姉さん。
ほとんど毎朝、すれ違うんだけど…
本当に私の基本通りなの 

めっちゃくちゃお洒落で、お金持ち だと思う。

だって、毎日、絶対に上から下まで替えてるもん!!
絶対に昨日と同じものは身に付けていないのよ!!

この上の写真は、写真を取ってみよう!って思った初日。
気が付かれないように撮るのが、とっても難しいの 



これが2日目。
シャツの縞の中に、細~い赤が入ってるの!
この組み合わせは、ハイテクニック 



そして3日目。

ね。
本当に、毎日、ガラッと違うでしょ?
靴もバッグも、本当にシンプルなんだけど、とっても質が良くて、手入れしてあるの。


この人さ~、どんなお仕事してるのかな~?
絶対にスタイリストがいると思うんだけど…
お洋服やさんかな~?
でもね、残念な事に、表情が…ちょっと…怖い 

こんなに毎日素敵なお洋服着てたら、すっごい笑顔になると思うんだけど…

超、気になる~~ 

でね、
携帯で、歩きながらメールしてる振りして写してるんだけどね。
とってもいけないことだし、ばれると英語で説明できないから…
もう、写真、止めないとね。

でも…
う~、気になる~~





 

バスの行き先

2011-04-21 23:45:16 | Weblog

これは、お客さんを乗せていないバス(回送車って言うのかな?)

普通は 『Sorry not in service』 って書いてあるんだけど…
今日のはちょっと楽しい 

勿論、クリスマスには 『Merry christmas』 お正月には 『Happy new year』になるのよ!
 


そして、久しぶりにバスの中の箒。
今日のは本格的に、正に 『お掃除中』 だよね~。白く付いてる足跡を消そうと思ったのかな~?
でも、時間がなくなっちゃったのかな~?
 
これで…この箒は…
私が乗ってる間中…倒れませんでした 

『 残された者の歩き方 』

2011-04-20 20:50:02 | Weblog

素敵なお友達が、今の日本のことを書いた素敵な文章を見つけたと、携帯メールで綴って、送ってくれました。

五木寛之さんの文章だそうです。
短く、抜き出そうと思ったけど…できなかった…

 『 もちろん人間らしく引き揚げてきた人も大勢いるだろう。しかし、私は決して自分を許すことのできない負い目を感じつづけてきた。 生き残ったこと自体が、そもそも大きな借金をかかえたような気がするのである。 《善き者は逝く》 という言葉が、どこかで聞こえている。それを乗り越えて、力強く、明るく生きることは至難のわざである。 いま私たちは戦後最大の試練にみまわれているといっても差し支えないのかもしれない。 原発の行方は不明だが、どんなに好意的にみても、あと半世紀は後遺症はつづくだろう。 この国は、二度目の敗戦をむかえたのではないか。国対国の戦争ではない、べつの戦いに敗れようとしているのではないか。 そんな思いが、ふと胸をついてにじみ出してくる。明日が見えない、というほど不安なことはない。私たちには、いま、明日が見えていない。逆にいえば、きょう一日を精一杯生きるしかないのだ。 いま、この時期にだれが明日を語ることができるだろう。明日はどうなるかわからない、と、いうことがわかっているだけでも、ましなほうではあるまいか。 今回の東日本大震災が
、この国の第二の敗戦であると、みな心の底では感じているはずだ。戦時中の大本営発表のことを、どうしても思いださずにはいられないのである。 私たちは、生き残った者の一人としていま生きている。 戦争の時代を生き延びた幸運な者の一人として。 そして、戦後の繰り返した災害のなかからも、生き残った。 その生き残った者の一員として、私たちはどのようにこの現実を歩いていけばいいのか。 私にはまだその道筋は見えていない。第二の戦後を迎えて、途方にくれているだけだ。 言葉を失う、という局面を、これまで何度となく体験してきた。今回もまたそうだった。 しかし、なんとか言葉を発するしかない。たとえどんなにそれがもどかしい事だったとしてもである。 戦後には、まだ言論の自由、という空気が巷にみちみちていた。たとえ占領軍によって、さまざまに制限されていたとしてもである。 現在、私たちを包んでいるのは、鉄の格子ではない。ビニール質の、透明で柔らかな檻である。 生き残ってきた者の抱える心理的な後遺症は、カウンセリングなどで癒されるたぐいのものではない。 明治期の作家たちは、みな鬱をかかえて生きていた。「不機嫌な時代」といわれるゆえんである。 一方では明るい国家的成功があり、一方では急激な近代化の矛盾が大きな影をおとしていた時代である。 私たちはいま、あたらしい「不機嫌な時代」と向き合っている。しかし、そこで誰に苛立ちをぶつけるわけにもいかないという、屈折した状況である。 明治の流行語のひとつに、 「暗愁」 というのがあった。漱石も、鴎外も、荷風も、みなこの語を用いて自らの何といえない鬱屈した感情を託した。 明治から大正の初期くらいまで、それは人びとのひそかに愛する言葉だった。やがて軍国主義の流れのなかで、「暗愁」などという不景気な言葉は消えていく。それが最後に使われたのは、敗戦の夏、永井荷風の岡山での日記においてである。いまあらためて、その語が身にしみてならない。』

この中で
『今日一日を精一杯生きるしかないのだ。』 が大好き 

私は最後まで、私らしく 『凛』として生きたい。



それから、ニム氏から教えて貰ったんだけど、北海道でペットフードの製造・販売始めた方が、

3/31~4/12までペット用の支援物資を携え現地で活動して来ました。
そして、また第2回目の支援に向ったのだそうです。
活動内容を記録・感じた事をアップしています。

http://blog.real-dogfood.com/?cid=19740

現地の様子が、とても細かく、報告されています。
本当に素敵です!!

偉そうな事言ってばっかで、何の行動も起こせない私には、神様みたいに思える 

リアルさ~ん、頑張れ~~