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餃子倶楽部

あぁ、今日もビールがおいしい。

紅の豚年 2

2007-01-09 00:10:16 | Speak, Gyoza

 アンニョンハセヨ。
 連休最後の夜も,真夜中を過ぎて,少し感傷的になったりする時刻となりました。連夜のお相手は,私,さまようスローラーナー,gyogyo oh!-oh!でございます。
 昨夜,パリ=コミューンの挽歌,『さくらんぼの実る頃』をご紹介しましたが,この曲が挿入歌として流れる『紅の豚』を,もう何度目になるのでしょう,また見たくなり,私,今日の午後はテレビの前で,勇敢で誇り高い,そして何より自由なヒコーキ野郎となっておりました。
 『風の谷のナウシカ』,『天空の城ラピュタ』,『となりのトトロ』など,そして特にこの『紅の豚』を見ると,宮崎駿という人は本当に空を飛ぶのが好きなんだということがわかります。村上龍氏が書いていましたように,宮崎氏は「空を飛ぶときに見える景色,空を飛ぶときの感覚などが本当に好きで,そういった自分の好きな世界しか描かない」のです。村上氏は続けて,「何だそんな単純なことか,と言われそうだが,いつも真理というのはミもフタもなくて単純なものだ」と何だか少し申し訳なさそうに述べていました。ともあれ,宮崎氏の気持ちがあまりに純粋で,率直なものであるからこそ,見ている側にダイレクトに伝わり,こんな日本の中年男が飛行艇に乗り込み,昔々のアドリア海で天駆けるなどといったことになるのでしょう。
 いやあ,いつ見てもかっこいいですな。主人公の豚は。
 主人公の豚は本当の名前がマルコ・パゴットというイタリア空軍の元大尉でした。ホテル・アドリアーノの壁に今も貼ってある昔の写真や,回想シーンに現れるマルコはかなりハンサムな青年でした。マルコは,無数の飛行機が墜落してゆく激戦の最中,親友を失います。一人生還したマルコは,親友を救えなかった自分が許せず,それまでの自分を捨てることにします。彼は軍を辞め,魔法で豚の姿になった後,誇りと女と金を賭けて,一人空中海賊を相手に空を飛び回り,「紅の豚」と呼ばれました。映画の中で,彼はポルコ・ロッソと呼ばれていますが,これはイタリア語で「赤い豚」という意味です。
 この一匹狼ならぬ,一匹豚が,豚のくせに,いや豚であるからこそ一層,かっこよいのです。ポルコが豚になったのは,死んでゆく親友に何もできなかった自分を責めるあまり,もはや人間の顔をして生きてゆくことができなかったからだと思いますが,もう一つには,マルコが自らのハードボイルド的美学を完全無欠に追求せんがために,つまり,外見にかかわらず,内面的な自由を自らの自律心のみで達成可能とするための試練として,自分で自分に豚になる魔法をかけた面もあるのではないかと,私はそう考えております。
 ある日,軍時代の仲間がポルコを軍に呼び戻そうと現れます。

 フェラーリン「なぁマルコ,空軍にもどれよ。いまなら俺達の力でなんとかする」
 ポルコ「ファシストになるより,ブタの方がましさ」
 フェラーリン「冒険飛行家の時代は終っちまったんだ。国家とか民族とか,くだらないスポンサーをしょってとぶしかないんだよ」
 ポルコ「おれはおれのためにしかとばねえよ」

 また,居酒屋のおやじが,政府が空賊連合まで抱き込もうとしていると,そうなったら空賊狩りなどで食っていくことなどできなくなり,そういう連中を相手に商売をしている自分も出稼ぎに出るしかないとポルコに言います。

 おやじ「アメリカにいかなきゃならねぇのは,俺達の方だよ」
 ポルコ「さらば,アドリア海の自由と放埒の日々よってわけだ」
 おやじ「それ,バイロンかい?」
 ポルコ「いやおれだよ。またな」

 なんと,完結した,力強いアイデンティティでありましょうか。
 そして,ポルコが空賊に撃墜されたという噂が流れる中,彼の身を案じるジーナにポルコから電話がかかってきて,あの有名なセリフが語られます。

 ジーナ「いくら心配したって,あんた達飛行挺乗りは,女を桟橋の金具ぐらいにしか考えてないんでしょう」
 ポルコ「…」
 ジーナ「今にローストポークになっちゃうかしら…わたし,イヤよ,そんなお葬式」
 ポルコ「とばねえ豚はただの豚だ…」

 こうしたなんの屈託も,けれんもない生き様と,おのれの流儀を決して変えることがない男っぷりに女たちは心を奪われていくのでしょう。アメリカ人ヒコーキ乗りカーチスとの勝負を前にした晩,ポルコの飛行機を設計した17才の少女フィオに何か話してといわれ,ポルコは空軍時代,ジーナと結婚したばかりのベルリーニを失ったときの話をします。

 ポルコ「ベルリーニ,いくな。ジーナをどうする気だ。おれがかわりにいく…気がついたら,海面スレスレをオレだけひとりとんでいた…」
 フィオ「神様がまだ来るなっていったのね」
 ポルコ「へへ,オレには,お前はずーっとそうして,ひとりでとんでろっていわれた気がしたがね」
 フィオ「そんなハズはないわ。ポルコはいい人だもの」
 ポルコ「いい奴は死んだやつらさ。それにな,あそこは地獄かもしれねえ」

 そして,フィオは「わたし,ポルコが生きて帰ってきてくれてうれしい。わたし,ポルコのことすきだもの」といって,ポルコのほっぺにキスをするのです。
 誇り高い空賊たちも,自分たちを相手に賞金稼ぎをしているポルコの腕前と哲学は嫉妬をこめて認めざるを得ません。ポルコにいいようにやっつけられたマンマユート団のボスは,カーチスとの勝負で後ろをとったポルコが機関銃を撃たないのを見て,不思議がる見物人やフィオにこう言います。

 ボス「ブタは殺しはやらねぇんだ…いまうつと,アメリカ野郎にも当たっちまうからな。相手がよれて,おとなしくなってから,エンジンに二三発あててケリをつける気なんだよ。戦争じゃねえとかなんとか,キザでイヤな野郎だぜ」

 マンマユートとはイタリア語で「ママ,助けて」という意味なのですが,その名前が示すように,マンマユート団の連中は,ボスも含め,荒々しい空賊でありながら,ちょっと間が抜けていて,茶目っ気のある純粋な男たちです。『天空の城ラピュタ』でドーラばあさんに率いられる空賊たちを思い出します。
 空から地上に降りてきて,派手な殴り合いの末に,カーチスを倒した後,ポルコは「おれだけのためにとぶ」ために,自分の自由な空へ戻ろうとします。そして,彼について行こうとするフィオを「ジーナ。こいつをかたぎの世界にもどしてやってくれ」と言って,無理矢理ジーナの艇(ふね)に押し込みます。ポルコは一度決めたことを絶対に変えないということを知っているので,フィオは諦めて,ポルコの唇にお別れのキスをします。おそらくは,カーチスとの勝負の前の晩のことを思い出しながら。

 フィオ「ポルコ」
 ポルコ「ああ」
 フィオ「ポルコはどうしてブタになっちゃったの」
 ポルコ「さあてね…」
 フィオ「私,マルコ・パゴット大尉のこと,沢山しってるの。父が同じ部隊だったでしょう。大尉が嵐の海におりて,敵のパイロットをたすけた時の話,大好きで,何度もきいたわ」
 ポルコ「………」
 フィオ「ポルコ,わたしがキスしてみようか」
 ポルコ「アァ?!」
 フィオ「ホラッ,蛙になった王子さまがお姫さまのキッスで人間に戻る話,あるじゃない」
 ポルコ「バカヤロ,そういうものはいちばん大事な時にとっとけ」

 そして映画は,ポルコが人間の姿に戻ることを暗示するシーンで終わります。それは,ポルコが人間らしさを取り戻したことを意味しているのでしょう。そして,同時にそれはマルコの試練が終わったこと,すなわち,彼が誰にも何にも頼ることなく,全き自由を手にできる段階に達したことをも意味するものでしょう。
 みにくいあひるの子の姿をしていたって,実は立派で美しい白鳥なのです。この映画は,いかに実行困難に思えるものでも,人の努力によって可能になるものなら,強靱な意志と不屈の精神力を持ってすれば,何だってできる,そして何にだってなれるということを,人はすべからく完全に自由な可能態であるということを,真っ直ぐ,そして実に魅力的に,私たちに教えてくれると思います。
 ポルコ,カッコイイです。今年は豚年,私たちも自由な豚になって,思い通りにやってみようではありませんか。
 話が少し長くなってしまいました。今夜は,『紅の豚』エンディングテーマ,『時には昔の話を』を聴きながらお別れすることにしましょう。『さくらんぼの実る頃』と同じく,歌はこちらも加藤登紀子さんです。
 みなさま,本年もよろしくおつきあいの程,お願い申し上げます。お相手はさまようスローラーナー,gyogyo oh!-oh!でした。
 では,晩安(ワンハン)。

 『時には昔の話を』(作詞 加藤登紀子)

 
 時には昔の話をしようか
 通いなれた 馴染みのあの店
 マロニエの並木が 窓辺に見えてた
 コーヒーを一杯で一日
 見えない明日を むやみに探して
 誰もが希望を託した
 揺れていた時代の 熱い風に吹かれて
 体中で瞬間(とき)を感じた そうだね

 道端で眠ったこともあったね
 どこにも行けない みんなで
 お金は無くても なんとか生きてた
 貧しさが明日を運んだ
 小さな下宿屋に いく人も押しかけ
 朝まで騒いで眠った
 嵐のように毎日が 燃えていた
 息が切れるまで走った そうだね

 一枚残った写真をご覧よ
 ひげづらの男は 君だね
 どこに居るのか 今ではわからない
 友達も何人かいるけど
 あの日の全てが 空しいものだと
 それは誰にも言えない
 今でも同じように 見果てぬ夢を描いて
 走り続けているよね どこかで

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