昨日はまた電話口撃でパニックになった。
ひどかったので救急車にまたお世話になり、
夜中の何時か頃にやっと帰宅できることになった。
直後から息が出来なくなり、
このまま死ぬのではという感じの怖さが襲ってくる。
息の仕方が分からない。
どうやって息をしていたのか・・・いったい。
その時の恐怖は何度経験しても同じだ。
みんなしんどいところを通ってきた。
やっと和解の時がきたんじゃないか。
父が逝ってしまうまでに「ごめんね」という時間が、
やっと持てるのではないんだろうか。
そうしないとこれからも父の亡霊に悩まされ続けるだろう。
いつも父に監視され、携帯で呼び出されるトラウマから抜け出せない。
それは、本当に悲しく辛いことだと思う。
私は父が何か医学の先進的なもので生かされて、
苦しいのに、痛いのに、これから来るガンの痛みにおののいて、
そうやって今を過ごしていることに耐えられないだけだ。
もしも、IVHで痛みもなく会話も今くらい出来て、
イエスさまの救いの話をもっと語れたら、
もっと長生きして欲しいとさえ思っている。
しかし父は「痛い」「しんどい」を繰り返し、苦痛に顔をゆがめる。
そんな父を見ている私は、
「もう充分だよ、もう精一杯がんばったよね」
と言ってあげたくなる。
医療倫理とはなんぞや。
ただただ死期を延ばして息をさせるだけが医学なのか?
家族の思いも、家族の生活も生き方も尊重して治療方針を決めて欲しい。
それがインフォームドコンセントだと思う。
くぅ
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