今朝起きて、思ったよりの大雪だ、これこそ"かみ雪"ですな、処で私にとっての3月10日は60余年経っても忘れられなない日です。
今日10日は「東京大空襲の日」なのです。特に空襲を受けたわけでもないが、何故か脳裏に焼き付いてるのです。
その時 急性虫垂炎で 横須賀海軍病院で手術を受け入院しておりました。
警戒警報と空襲警報が同じくらいに発令された。衛生兵の怒鳴る声に担架で防空壕に放り込まれた?傷は殆ど直ってたので そーと壕の外を見る、北空は赤く、交さする探照灯(サーチライト)は実に壮観??目を奪われる。
まさか東京とは思わなかった。死者10万負傷者11万 家を失った人は100万人などの被害はずーと後で聞いた。
風呂に入って時々古傷を見ては3月10日を思うのです
処で昨年の今日は体調を崩しI病院に緊急入院、ライフスタイルも必然的に変わり現在に至っております。
今日10日は「東京大空襲の日」なのです。特に空襲を受けたわけでもないが、何故か脳裏に焼き付いてるのです。
その時 急性虫垂炎で 横須賀海軍病院で手術を受け入院しておりました。
警戒警報と空襲警報が同じくらいに発令された。衛生兵の怒鳴る声に担架で防空壕に放り込まれた?傷は殆ど直ってたので そーと壕の外を見る、北空は赤く、交さする探照灯(サーチライト)は実に壮観??目を奪われる。
まさか東京とは思わなかった。死者10万負傷者11万 家を失った人は100万人などの被害はずーと後で聞いた。
風呂に入って時々古傷を見ては3月10日を思うのです
処で昨年の今日は体調を崩しI病院に緊急入院、ライフスタイルも必然的に変わり現在に至っております。
だんだん語り継ぐ方がいなくなり、戦後生まれの人間には普通の3月10日になっています。
ずっとブログで語ってくださいね。
大切なことと思います。
ことを思い出しました。
東京の親戚へ疎開の手伝いにいっていた叔父が
浅草方面が真っ赤に燃えていて凄く怖かったと
話してくれたことなど幼い私にもその様子が分かり
大人の話に聞き入り毎日の空襲警報に怖い思いを
したことなど、今の平和な生活に感謝しながら。