さかいほういちのオオサンショウウオ生活

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短編時代小説 生首フリーマーケット

2009年06月26日 17時50分04秒 | 動画
関ヶ原の戦では八千人あまりの戦死者がでたという。
戦場は死体の山で、戦場を流れる川は真っ赤に染まった。
今でも「黒血川」というエキサイティングな名前の川が流れている。

死んだ武士の首は通貨として通用する。
部隊を解雇された雑兵や傭兵、また近所の百姓までもが、死体から首だけを切り離し生首市場で武将の首を売っていた。
特に位の高い武将は値段が高価に売買される。
そのためか、死体から武具や兜だけを引っ剥がし、名もない兵士の生首にもっともらしい兜をかぶせ位の高い武将に偽装した。

生首市場は、今でいうフリーマーケットのようなものである。
傭兵に徳川も豊臣も善も悪も無い。
徳川方だけでなく豊臣方の傭兵まで呉越同舟、和気藹々と仲よく生首を売っていた。
市場は生臭い血の匂いで充満していたが、そんな悪臭もしばらくすると慣れてしまうものだ。

傭兵の五作は、徳川方に雇われていたが戦の混乱に乗じて生首市場で生首を売っている。
なにしろ元はタダである、どうせ傭兵の稼ぎなどしれているのだ、この機会に儲けない手はない。
ゴザを敷いて、死体から切り離した生首を無造作に十数個並べている。
中には腐り始めて腐乱臭を放ち眼球がドロリとたれているものもある。

五作のゴザの前に位の高そうな武士が二人やってきた。
五作の見覚えのある武将である。
しかし、相手の武将は一傭兵である五作のことなど知りもしないであろう。

「この首はいくらだ?」
武将の一人が五作に言った。
「この首ですか・・・位の高そうな武将ですよ」
五作はもったいぶって値を吊り上げようとしてる。
「だから、いくらだと聞いておるのだっ!」
武将は高飛車に言った。
「そうでございますね・・・三両でどうでしょう」
五作は相手の顔色をうかがいながらにやけた顔で言った。
「三両か・・・高い!一両にならんか?」武将が言う。
「この兜からすると、相当位の高い武将ですぜ!」
五作は考えるふりをしながら続けて言った。
「二両でどうです?」

「二両か・・・よかろう、その首を売ってくれ」
武将は部下であろうもう一人の武将に二両払うように命じた。
五作はありがたく二両を受け取り、並べてあった生首の一つを武将に渡した。
どうせ元はタダの生首である、二両の大儲けである。

少し離れた場所で、二人の武将のひそひそ話しが五作に聞こえた。
「この首は親方様に間違いない」
「目の下の小さな黒子が証拠でござるな・・・」
「なぜ親方様の首を値切ったのでござるか・・」
「値切らず飛びついたのなら、素性がバレんとも限らんからな・・・」
「しかし、親方様の首が二両とは情けない・・」
「だから、用を足すときは我らの目の前でと、念を押したのに・・・」
「小便をしている背後からでも切りつけられたのであろう・・・」
「無念でござる・・・」
一人の武将の目からハラハラと涙がこぼれているのを、五作は遠目からだがハッキリと見て取った。

「チッ・・・しまったぜ、もうちょっと値を吊り上げりゃよかった・・」
聞こえぬふりをしながら、さも残念そうに舌打ちをした。
五作は懐にある二両を撫でながら考える。
「これで半年は遊んで暮らせるちゅーもんだぜ・・」
「そらとも、これを元手に小商いでもするか・・・」


夕暮れも過ぎ、空に星が見て取れるくらい暗くなってくると、生首フリーマーケットもお開きになる。
なにしろ累々と死体の山に開かれた市場である。
湿気の多い日など、死体に含まれたリンが発光し、ユラユラと光る人魂の盆踊りが出現し気味の悪いことこの上ない。

五作はゴザの上の生首をほったらかして、その場を離れた。
また明日になれば五作のような名もない傭兵が、このゴザの前に座って腐りかけた生首を売るのだ。
「京にでもでかけるか、それとも尾張にでも出て美味いもんでも食うか・・・」
懐の二両をカチカチさせながら、これからのことを考える。
「そうだ、京都行こう!」
そう決意すると、五作は京都へ向かう細い山道を歩いていった。

深い山々に囲まれた関ヶ原の山道は、夜になれば真っ暗で何も見えないに等しい。
時折、オオカミの遠吠えが聞こえるだけである。
そんな山道をとぼとぼ歩く五作の背後から、突然ガサゴソと音がしたかと思った瞬間、五作の胸のあたりが焼けるように痛んだ。
五作の意識が一瞬に消滅し、地面の上に転倒した。
五作の体の回りの土が鮮血で染められたが、闇の中ではそれすら見えない。

「やったか・・」
さきほど生首を買った武将が、五作の胸を突き刺したのだ。
「死んでおります・・・もう安心です」
「これで、親方様が死んだ秘密は守られるでしょう」
「まだ、親方様には生きていてもらわなくては困る」
「影武者を用立て、5年後くらいに病死と言うことで死んでもらおことにしよう・・」
二人の武将は五作の死体を後に、関ヶ原の闇の中に消えていった。

生首市場は命がけのフリーマーケットである。
位の高い生首は、ハイリスク・ハイリターンなのだ。

関ヶ原の山道に横たわる五作の首は、、また誰かの手によって胴体から切られ、生首市場の格安商品として並ぶことだろう。