GOKIGENRADIO

バーボングラス片手のロックな毎日

私の家政夫ナギサさん 女性の幸せ

2020-07-09 19:25:30 | MUSIC/TV/MOVIE

新型コロナの影響で開始が遅れてた「私の家政夫ナギサさん」がようやく始まった。

これがなかなか面白い。

多部未華子の表(仕事)の顔と裏(家)の顔のギャップがいい。

とは言っても名作「ホタルノヒカリ」の綾瀬はるかのような干物女ではない。今回の多部未華子はただ単に仕事が忙しすぎて、家では炊事・洗濯・掃除や片付けなどしようという気にならないからとっちらかってるって感じ。綾瀬はるかの場合は職場できっちりテキパキしてるから、家ではただゴロゴロしてたい、面倒臭いってのだからね。ただし「義母と娘のブルース」での綾瀬はるかは公私ともに完璧だ。

 

今回の「私の家政夫ナギサさん」も漫画が原作。原作のタイトルは「家政夫ナギサさん」だが、読んでないので先入観なしに見た。設定が違和感なく、展開がスムーズで見やすいぞと。面白くなりそうだと。

 

多部未華子の役は大手製薬会社のMR(医薬情報担当者)で、常に成績優秀のバリバリのキャリアウーマン。

MRならでは多忙から、家に帰ったら寝るだけ。テーブルは資料や物で溢れ、床はいろんなものが散乱し、宅配で届いたダンボールは未開封のものも多数で積み上げられてる。ベットは服に占領されソファで寝る毎日。

まぁ、こういう人いるよね。どんどん居場所、スペースが侵略されていく人。そして片付けないから物がよく無くなる。あれがない、どこいったって毎回大騒ぎね。整理ができない人は整頓もできない。置く場所も毎回適当だから、次使う時にまず探すという行為からしなければいけない。

 

几帳面とか神経質とかやはりA型やねとか言われ続けてきた俺には全く無縁だが、身の回りにはこの手の人が多いのだ。

使ったものはすぐ片付けるとか、元あった場所に戻すとかできないのよね。そのくせ、ここにあると(ある方が)便利とか、何かのついでに一緒にやった(片付けた)方が合理的とか言い訳するの。

買い物から帰ってきてまず冷蔵庫に食材入れたり、補充・補填って作業ができない人は要注意。これがあれば整理ができると、整理グッズや収納グッズを買うのだが、まぁ、使わんね。大きさもサイズも毎回バラバラで統一性がないから、それを置く場所でさえバラバラになるもの。それごとどこかに行方不明になるのがオチか、買ってきて一度も使われないかのどっちかだ。

 

おっと、いけない。昔の彼女を思い出してどんどん愚痴のようになっちまったい。このブログ読んでたら「私の事(悪口)書いてるな」ってバレて、「それならこっちも」と俺の過去の性癖とかをSNSでリベンジ暴露されたりとかされたら困るので、話を「私の家政夫ナギサさん」に戻そう。

 

そんな多部未華子の28歳の誕生日に、妹の樹里ちゃんが送り込んだのが家政婦ナギサさん。

多部未華子が初対面でいきなり「オッサンじゃん」と言った通り、ナギサさん演じるのは大森南朋で、樹里の勤める家事代行会社のエース、男ながら超売れっ子のスーパー家政婦さんらしい。

 

まぁ、ここからのドタバタ劇の面白さは観てみてくれた方が早い。多部未華子の製薬会社MRの多忙っぷりと家でのダメっぷりのギャップとか、大森南朋のスーパー家政婦っぷりはね。

このドラマの見どころはそこではない。

多部未華子はなぜそんなに頑張るのか。なぜそんなに周囲の期待に応じようとするのか。そのあたりの描写がいいのよ。

 

多部未華子が小さい頃に憧れた「お母さん」になる夢は、専業主婦の母親・草刈民代の「そんなくだらない夢より、キャリア持ちなさい」の言葉によって砕かれた。

そうなのよね。親は自分ができなかったことを娘(子供)に求めるのよね。

 

バブル以前、90年代までは女の人はお年頃になったら結婚。出産、子育てってのが当たり前で、24歳までにいい相手を見つけるってのが風潮だった。25歳になったらX'masのツリーやケーキと同じで、それ以降はニーズが無いと。今考えたらひどい話だな。

この時代までは女は短大からOLって流れが主流。企業も自社社員の嫁候補を入社させてんのか?って感じで容姿優先、学歴は4大卒とかはNo(入社時点で短大卒より2歳年上になる)。営業職(管理職)希望なんてご勘弁って感じだった。

OLもそれ分かってて、働くのは給与分、腰掛け、お茶汲みとコピー取りで結構、三高(高学歴・高収入・高収入)の相手を見つけたらすぐ寿退社するよってノリ。

愛よりお金。愛より見栄。愛より安定性。あと条件に三高にプラス次男ってのも忘れちゃいけない。長男だと親と同居や老後の面倒見なきゃいけないもん、そんなの最初からパスね。

だから、会社もどんなに男性社員が忙しくても有給取ってグアムやサイパンに行こうが、定時で上がろうが、どうせさっさと相手見つけて寿退社するんだろうってね。

ごめんね、一部そうじゃない人もいたし、そうじゃない会社もあったのは知ってますよ。

 

それが「私も男性社員に負けないぐらい働きたい」とか「女性だからと仕事が認められないのはおかしい」なんて言い出す女性が増えて、90年代に男女均等雇用法とかできた。

DINKS(ダブルインカムノーキッズ)って言葉ができたのもこの頃だな。結婚を選択しない、子供を作らない、お互いを尊重し、お互いが楽しむ。この頃から女性の一人暮らしやおやじギャルと呼ばれる女子も増え始めたな。

でも、社会も働く女性に寛容、女性のキャリアも認める(認めざるをえない)風潮に変わってきたけど、まだまだ世間で言う女性の幸せは「いい相手を見つけて結婚すること」だった。

 

それを顕著に表したドラマが、松嶋菜々子のヒット作「やまとなでしこ」(2000年)だろう。

松嶋菜々子演じるスチュワーデス(死語)が「愛よりお金」と、お金持ちの玉の輿を夢見て合コン三昧の日々。松嶋は「私の統計では27歳が売り時のピーク」と言ってたな。バブル時の「X'masツリー」より10年で2-3年余裕ができたのだね。

今回のドラマでは28歳がキーワード。さらに伸びたか。28で結婚、29歳のうちに出産、30歳までになんとかって呪縛は続く。

 

男女均等雇用法とかできても会社は関係なしに、「まだ(嫁に)行かないの?」とどんどんお局扱い。親や親戚にも「まだ結婚しないの?」「高齢出産はしんどいよ」などとせっつかれる。それが現状。

 

そして今、結婚しない男女が増え少子化が懸念されてる。働くのが忙しくて恋愛する暇がないのもあるし、相手に依存するとか頼るとか躊躇する人が増えたんだろう。

結婚しても早々と離婚してシングルになる人も多い。シングルマザーは働きたくても保育園の空きがないと嘆く。実家には戻りたくないとか頼りたくないとか、周りにも同じようなシングルがいるから甘えちゃいけないとか。

それでも世間は男女平等が盛んに叫ばれ、スチュワーデスはCA客室乗務員になり、ナース(看護婦)は看護師になった。このドラマでもわざわざ家政婦ではなく家政夫って記載されてるくらいだ。

今や女性の積極的登用が政府方針にまでなってる。女性の活躍を後押し、女性の職場環境の改善、有給産休育休の取得、家庭での男性の協力・・・。

 

でもさ、これってすべての女性が歓迎してるのかね。

 

誤解無きように先に記載しておくが、俺は女性だからとか男性だからとかとやかく言う気は無い。働く女性?俺の業界は女性がもともと主流で、女性がガンガン活躍してる、働いてる。俺がこの世界に入った時には「男なのに何故?」とか逆に言われてたくらいだからな。

お客様でも専業主婦や兼業主婦、子育てに勤しんでる方から子供がいない夫婦。キャリア選択して結婚してない人、縁がなかった人、シングルマザーに熟年離婚した人・・・いろいろおられるからな。わかってるつもりだよ。

 

だから余計に「男のくせに」とか「女だてらに」とかどうでもいい。ジェンダーフリーとかまで行くと「ちょっとそれは・・・」てのも出てくるが、男でも女でも働くとかに関しては関係無いと思ってる。

でも、これも先に書いておくが「男女平等」はありえないと思ってる。「男女公平」と思ってるからな。

よく違いがわからんと言われるが、男には子供を産むは無理だし、女は体力などでどうしても差が出る。例えば重たいものは男が代わりに持てばいい。それがたとえ霊長類最強と呼ばれる女性でもね。

平等は男も女も全部一緒って考えで、公平は足りない部分や苦手なところは補い合うことだと思ってる。公平と平等は違うのさ。

 

「家事は女がするべき」なんて昭和初期の考えも無い代わりに、最近の「子育ては男も手伝うべき」って声だかに叫ばれるのもちょっとなって思う。

「女はさっさと結婚して家庭に入り子供産め」なんて元禄時代の考えも無いが、「女も恋や愛に現(うつつ)ぬかさずキャリアアップすべきだ」などと、大正デモクラーシーや昭和ウーマンリヴ団体みたいな人も苦手だ。

 

でも、これでいいの?

男女平等が声だかに叫ばれ、働く女性を支援、女性の活躍を応援、結婚するなら家族の協力が不可欠・・・。それ以外の選択はダメなの?

これが今回このドラマを見て感じたこと。

 

多部未華子は専業主婦だったお母さん(草刈民代)に「将来の夢がおかあさんなんて言うな」「そんなつまらないものに憧れてどうする」と言われ育ち、「あなたはどんどんキャリア積んでバリバリ働きなさい」って呪縛に囚われてる。

妹の樹里は大学時代に結婚して出産してお母さんの期待に添える子になれなかった。だから余計母は多部未華子に期待してる、押し付ける。「あなたはやればできる子だから」と。

 

「いいお嫁さんになること」を夢見るのは志が低いことなの?

「家事をきっちりこなし、美味しい料理を作り旦那様のサポートするお嫁さんになること」は夢がないことなの?

「子供産んで、子育てして、世話をするのが楽しい」と感じるのはダメな女なの?

バリバリ働いて、結婚しない、子供を産まない選択をすることになってもそれが女の幸せなの?

 

その答えは今後、家政夫ナギサさんが出してくれるだろう。

第一回目で多部未華子は大森南朋に問う。

「男なのになぜあなたは家政婦(夫)をしてるの?」と。

大森南朋は答える。

「私はこれが好きだから職業に選んだんです」と。そして「喜んでもらえるのが好きだからです」と。

 

多様性の時代って言いながら同調圧力が激しいこの時代。

結婚しないでバリバリ働くことを望む女子がいてもいいし、家庭に入って旦那のサポート(世話)や子育てを望む女子がいてもいいと思うんだけどなぁ。

 

「逃げるは恥だが役に立つ」がヒットしたのは、家事を仕事とみなし、相応の対価(給与)をもらうってことが描かれてたからじゃないのかなぁ。

専業主婦は家事をして当たり前で感謝もされない。食わせてやってるのは俺だなどと思い上がられても我慢。そんなんおかしいぞって。ちゃんと家事も正当な報酬に換算しなきゃって。

家事代行をそのまま日常生活に取り入れる偽装結婚を提案する新垣結衣。合理的に考えそれもアリですねと選択してOKする星野源。まぁ、結婚のことを永久就職っていうもんな。

で、二人に好きとか恋愛感情という厄介な感情が芽生えすったもんだして、そしてドラマ終盤でついに正式な結婚にしようと星野源はプロポーズし、契約内容の見直しを提案。今まで払ってた報酬を貯金に回そうとか言う星野源に新垣結衣はこう言う。

「それは恋愛(好き)の搾取です」

この言葉がこの共感された(ヒットした)ドラマすべてを表してる気がする。

 

愛があればお金なんて。まぁ、長くは続かない。

愛よりお金よ。お金で買えないものもあるなんてのはロマンチストの言い訳だろう。

それなら愛はお金だ。って割り切って言われた方が納得するのかな。

 

「逃げるは恥だが役に立つ」でも仕事を始めて多忙になった新垣結衣は、家事を星野源と分担するが、星野源の出来なさに不満になる。まぁ星野源は家事できないから家事代行頼んでたんだからね。当たり前の結果だ。これは愛ではどうにもならん。

新垣結衣も星野源から最近手抜きが目立つと指摘される。「今まではお仕事(報酬貰う)ならきっちりしなきゃと意識してやってた」とカミングアウト。

そう、愛はお金なのかもしれない。

独身貫いて大手化粧品会社副部長になってる石田ゆり子も、結婚にメリットを見出せず独身貴族を謳歌してるSEの大谷亮平も、独身のプロ・星野源もお金に余裕がある生活しているもんな。ギリギリの生活をしてる(た)のは新垣結衣だけだ。

 

「やまとなでしこ」の松嶋菜々子は「この世で一番嫌いなのは貧乏」「女を幸せにしてくれるのはお金だけ」と言い切ってた。

 

女性の幸せは、その人が望むスタイルであればいいのだ。

周りがごちゃごちゃ言う必要ないのだ。

 

さぁ「私の家政夫ナギサさん」。これからどういう展開になるか。

楽しみだ。