日本の近代化・文明化を進めようとした当時の知識人や政府関係者は、キリスト教こそ西欧文明の精神的支柱であると見ており、西欧諸国に近づくためにはキリスト教に対抗できる精神的支柱を構築する必要があると考えたのである。そこで、成立間もない明治政府は当初、権力基盤を補強するためにも天皇権威を高める手段となる神道の国教化が有効であると判断し、それを積極的に進めようとしたが、結局失敗する。なぜならばアニミズムを起源とする神祇信仰には多様な神概念が存在し、それを一つにまとめて統一的な教義を作るなど、所詮無理なことであったからである。
こうして、明治政府の策動はさまざまな抵抗や軋轢を生んで挫折したが、神道の優位性までが放棄されたのではなかった。近代国家の条件として政教分離や信教の自由の保障も必要であるとされたこともあって、政府は神道の優位性を保ちつつ新たな位置づけを模索していき、たどり着いたのが神道非宗教論である。つまり、キリスト教をモデルにreligionの訳語として宗教の語が定着するのと、神道非宗教論とは表裏の関係にある。この結果、神道は国家儀礼としての位置が与えられることになり、これがのちに国家神道と呼ばれていくようになる。確かに表面上は政教分離が実現したように見えるが、国家儀礼に位置付けられた国家神道の存在は事実上、すべての宗教の優位に立つことになった。
したがって、熱心にただ一つの神を信仰するとイメージされやすい宗教概念は、明治期の西欧文明を規範として進められた近代化の過程のなかで創設された歴史的産物である。その宗教のモデルはあくまで文明の象徴としてのキリスト教であったから、その対極に位置づけられることになった民衆世界の宗教活動は、未開の象徴として文明国にはあってはならないものとなった。近代国家の成立過程は民俗信仰を強権的に再編成する過程でもって、この時期に民衆世界の宗教活動が「淫祠邪教」と見なされて弾圧されたのは、そうした背景があったからである。(p.12-13)
・・・『日本イエズス会礼法指針』を参照すれば、既存の秩序にしたがって教勢を伸ばしていこうとするのがこのときのイエズス会の基本的態度であったことがわかる。また、ヨーロッパのキリスト教では決して許されない偶像崇拝についても、日本の秩序を脅かさないことを優先して一定程度目をつむることを認めている。しかし、それでも宣教師は一枚岩ではなく、布教活動の実をあげるために軍事的に征服することが必要だ、と考えていた宣教師が存在したことも間違いない。(p.28-29)
本書で示してきたように、近世日本の宗教活動はキリシタンを含めて実に多様であったといわなければならない。・・・
注目されるのは、日本列島に伝統的に継承されてきたこれら多様な神仏信仰ばかりでなく、禁止されていたはずのキリシタンさえ近世の宗教活動として幕末まで継承されていったという事実である。また、仏教・神道・キリスト教という枠組みも曖昧な点があり、その境界領域に位置する宗教も多様に存在した。修験道・陰陽道は神仏習合の典型例であり、潜伏キリシタンも神仏信仰との混淆という特徴が見られる。隠し念仏・隠れ念仏、不受不施派などの既存宗教の”異端”も含めて、近世の宗教活動は現代人の私たちが想像する以上にたいへん多様であったといえる。そして、同じ一人の近世人が、その多様な宗教活動のなかから複数の宗教活動に関わりを持っていたことも珍しくはなかった。檀那寺の活動を行いながら鎮守の活動にも関わり、その一方で檀那寺や氏子関係とは無関係な神社参詣にも出かけたりお札を求めたりもし、さらに宗教者が介在しない民間信仰にさんかしたり流行神も拝んだした。
・・・
69年前、全員キリスト教徒の爆撃機乗組員が、“ファットマン”、プルトニウム原爆を、日本の長崎に投下し、何万人もの無辜の一般市民を瞬時に殲滅させたが、彼等の中でも、不釣り合いなほど多数は、日本人のキリスト教徒で、更に無数の人々が、永久に残る負傷、あるいは致命傷を負った。
1945年、アメリカは、世界最大のキリスト教国(つまり、諸々の教会が、山上の垂訓として教えられているイエスの倫理を、圧倒的に、心から教えたり、忠実に守ったりしそこねている国を、キリスト教と呼べるとすればだが)だった。
午前11:02に、浦上天主堂上空で原爆が爆発するまで、長崎は、日本最大のキリスト教都市だった。浦上天主堂は、東アジア最大のキリスト教大聖堂だった。
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午前11:02、木曜朝ミサのさなか、何百人もの長崎キリスト教徒はゆだり、蒸発し、炭化し、天主堂上空500メートルで爆発した、焼けつく放射能の火の玉へと消えた。間もなくきのこ雲から降った黒い雨が、長崎の神道信者、仏教徒やキリスト教徒の入り交じった多数の亡骸を包んだに違いない。長崎の黒い雨の神学的な含意は、あらゆる宗派の神学者達の心をひるませるに違いない。
長崎キリスト教信者の死者数
大半の長崎のキリスト教徒は、爆破から生き残れなかった。ゆるしの告解に出席していた全員を含め、6,000人が即死した。12,000人の教会員のうち、8,500人が原爆の結果として亡くなった。他の多くの人々も重い病状になった。
三つの女子修道院と、キリスト教女学校が、黒煙となって消滅するか、炭の塊と化した。何万人もの非戦闘員の神道信者や仏教徒日本人も即死し、更に多くの人々が、致命傷を負ったり、治療もできないほど負傷したりした。犠牲者の子孫の中には致命的なプルトニウムや、原爆が生み出した他の放射性同位元素によって引き起こされた、継代悪性腫瘍や、免疫不全のために亡くなりつつある方々もいる。
ここで、本記事の重要点の一つをあげよう。日本の帝国主義政権が、200年間にわたる迫害でできなかったことを(日本キリスト教の破壊)、アメリカのキリスト教徒は、9秒でなし遂げたのだ。
第二次世界大戦以来の数十年間で、キリスト教が、ゆっくりと復興した今でも、日本人教会信者数は、総人口のわずか1%というものでしかなく、キリスト教礼拝への平均出席者は、わずか30人と報じられている。戦争末期における長崎の絶滅が、一時は活気に満ちていた教会を、損なってしまったことは確実だ。
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ジョージ・ザベルカ神父は、第509混成部隊(首尾よく原子爆弾を標的に送り込むことが唯一の任務である、アメリカ合州国空軍の1500人の兵士集団)のカトリック従軍司祭だった。ザベルカは、現代の教会が戦争について教えてくれることと、初期の平和主義的な教会が殺人という暴力について教えていたこととの間の矛盾を最終的に認めるに至った数少ないキリスト教指導者の一人だ。
ザベルカが従軍牧師を解雇されてから数十年後、彼は結局、組織的な大量虐殺、つまり現代の戦争を、宗教的に正当化することで、自分も教会も深刻な倫理的、神学的過ちを犯したという結論をだした。彼は結局、自ら述べているとおり、所属する国家の敵は、新約聖書の価値体系によれば、神の敵ではなく、むしろ神に愛されている神の子の仲間であり、それゆえ、神の信者達によって殺されるべきではないことを理解するようになった。
ザベルカ神父が標準的な暴力に寛容なキリスト教から転向したことで、ミシガン州デトロイトの聖職者会議も180度転換した。マーチン・ルーサー・キング同様に、福音非暴力という真実に誠心誠意力を注ぐことを固く決めた彼は、余生を、軍国主義、人種差別や経済的搾取等の暴力を含む、あらゆる形の暴力への反対をはっきり発言することに捧げることにした。ザベルカは、爆撃50周年に、長崎訪問まで行い、自らがおこなった犯罪上の役割を、涙ながらに、懺悔し、許しを請うた。
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/194589-7f2a.html
http://christiantestimonies.blog.fc2.com/blog-entry-543.html
オリュンピアで行われるオリュンピア祭は、ギリシアにおける四大競技大祭のうちの一つであった。これらの四つの競技大会は以下の通りである。
- オリュンピア大祭:開催地オリュンピア 4年に1度開催 祭神:ゼウス
- ネメアー大祭:開催地ネメアー 2年に1度開催 祭神:ゼウス
- イストモス大祭:開催地イストモス(現・イストミア) 2年に1度開催 祭神:ポセイドン
- ピューティア大祭:開催地デルポイ 4年に1度開催 祭神:アポロン
これら4つの競技大祭のうち、大神であるゼウスに捧げられるオリュンピア祭が最も盛大に行われた。
最末期、キリスト教が広まるにつれ、異教ローマ神の祭典であるオリュンピアは、しだいに廃れていった。313年、ローマはキリスト教を認め、392年、国教とした。この時キリスト教以外の宗教は禁じられた事によりオリュンピア大祭も禁じられる事になった。最後の第293回オリュンピア祭は、翌393年に開催され、これが古代オリンピック最後の年となった。この後、ローマの異教神殿破壊令によりオリュンピアは神域を破壊され長い歴史の幕を閉じている。
◆なぜ紀元394年に幕を閉じたのでしょう?
当時の支配者、ローマ帝国皇帝テオドシウス1世が異教的な行事をすべて禁止したからです。キリスト教徒はオリンピックを嫌悪していました。肉体をたたえ、裸で走り回り、酒を飲み、密通する。すべてが許し難いことでした。
In a rare interview with Pokémon creator Satoshi Tajiri, he admits that the games were created as a backlash against his Christian parents. He also says that the games are tailored towards an anti-Christian sentiment or Satanism.
http://www.p4rgaming.com/pokemon-creator-admits-games-aimed-towards-satanists/
そこまで行ったら、一線を超えています。完全に共産党のペースに乗せられている。罠にハマっている。救い難い愚行です。
このような福音派と共産党の共闘は、許されることでしょうか?
マルクス主義は科学信仰=唯物論を基礎とする反キリスト教の思想運動です。キリスト教は唯物史観=マルクス主義=共産党の敵であり、唯物史観=マルクス主義=共産党はキリスト教の敵です。
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日本共産党は1922(大正11)年に、コミンテルン(レーニンが創った共産主義インターナショナル)日本支部として誕生しました。日本共産党は1966年から「文化大革命」を批判して、中国共産党との関係を断絶しました。しかし、1998年に日本共産党は中国共産党との関係を回復しました。
共産主義=マルクス・レーニン主義が、唯物史観を基礎とする、一体的な国際的運動であることを、忘れてはなりません。マルクス、エンゲルス著『共産党宣言』では、革命は「既存の全社会組織を暴力的に転覆することによってのみ達成できる」と説かれています。
https://www.npa.go.jp/archive/keibi/syouten/syouten269/sec02/sec02_01.htm
ちなみに、ナチスの正式名は「国家社会主義ドイツ労働者党」 (Nationalsozialistische Deutsche Arbeiterpartei 、略称: NSDAP)です。ナチスもイタリアの国家ファシスト党(Partito Nazionale Fascista)も共産党も同じく国家社会主義=全体主義の政党です。
http://kanai.hatenablog.jp/entry/2015/10/04/%E7%A6%8F%E9%9F%B3%E6%B4%BE%E3%81%A8%E5%85%B1%E7%94%A3%E5%85%9A%E3%81%AE%E5%85%B1%E9%97%98%EF%BC%9F%EF%BC%88%EF%BC%93%EF%BC%89
その代表中核はロシアン・マフィアであった。
激しい殺し合いの末、全米のマフィアを統一したマフィア=
「マーダー・インク殺人株式会社」はロシアン・マフィアで
あった。
マーダー・インク=殺人株式会社は、
第二次大戦後イスラエルを建国した。
その中心人物がショーン・アイゼンベルグである。
アイゼンベルグは中国の地下経済、麻薬売買を仕切り、
その第二次大戦中のビジネス・パートナーが、
日本の右翼のボス里美甫(はじめ)であった。
アイゼンベルグの部下の麻薬の密売人が吉田茂(後に日本の
首相=2007年現在の麻生太郎外務大臣の祖父)と、
岸信介(後に日本の首相=現在の安倍晋三首相の祖父)
であった。
現在、北朝鮮の核兵器を製造しているこのアイゼンベルグ社
を始めとしたロシアン・マフィアの故郷となったイスラエル
に、続々とロシアン・マフィアの移住・ 入植が続いている
理由はここにある。
ソ連共産党時代、人間の「心の中まで管理」しようとした
ソ連の秘密警察は、ロシア正教会を支配下に置いた。
市民は教会に来て「悩みや家庭のトラブル」を相談する。
教会を秘密警察の「事務所」にする事によって、秘密警察
KGBは市民の生活の全てを「把握、管理」した。
KGBには、国内問題を扱う第一総局と
対外問題を扱う第二総局がある。
現在、第二総局は対外諜報庁SVRとして
独立機関となっている。
このSVRがイスラエルの西岸地区に林立する
ロシア正教会の正体であり、アラブに対する
スパイ活動の拠点となっている。
特にSVRの精鋭組織、対外諜報第一総局PGUが
パレスチナのハマスとファタハの内紛「創出」に
専念し始めている。
注意すべきはロシアには300万人のキリスト教原理主義
教会の信者がおり、別名CIA教会と呼ばれるこの教会の
信者が、イスラエルの西岸地区に居住し始めている事である。
彼等は「日本人、アジア人、アラブ人等有色人種を
絶滅させよ」と主張している。
ブッシュ大統領は熱心なこのキリスト教原理主義の信者
であり、KGBとCIA、イスラエルのモサドが西岸地区で
合同部隊を編成し始めている。
http://blogs.yahoo.co.jp/y2001317/21390518.html
拙稿「米国銀行の倒産劇の行方 」に記したように、ロシア正教会の教会はロシアのスパイ組織・諜報組織、そしてロシア経済を支配下に置くプーチン一派の事務所となり、ロシアン・マフィアのアングラ・マネー運用の出先機関となっている。
近年、ロシア正教の信徒等ほとんど居ない北朝鮮、しかも宗教・思想に関しては事実上、戒厳令下にある北朝鮮に、このロシア正教の教会が次々建設されているのはなぜなのだろうか?
http://blog.goo.ne.jp/fugimi63119/e/565f591df6a3195a702e5c4d3a53f3ec
モスクワ神学校でロシア正教会司祭教育を受けてきた北朝鮮留学生4人が、18日卒業したとインターファクス通信が19日、報道した。
モスクワ神学校校長であるエウゲニー・ベレースキー大主教は、彼らに直接卒業証書を授与、篤い信仰生活を送ることと、司祭として万人を愛と尊敬心で接するよう語った。
卒業生らは現在、平壌(ピョンヤン)で工事中の北朝鮮初のロシア正教会聖堂「聖三位一体聖堂(貞栢寺院)」で司祭として活動するということだ。
金、崔、朴、パ氏などの姓を持つ北朝鮮留学生らはロシア正教会と朝鮮(チョソン)正教連盟間の交流協定により2003年3月、交換学生の資格でモスクワ神学校に派遣された。これは2002年、ロシアを訪問した北朝鮮の金正日国防委員長が平壌にロシア正教聖堂を建てると約束、その後の措置である。
http://japanese.joins.com/article/j_article.php?aid=63752
完璧な日本語を話し、人間的な魅力と知性を兼ね備えていたプロのスパイ、ワシリー・オシェプコフは数年にわたってシベリアに送られ、そこで柔道の指導を行い、その後、モスクワに戻ってからも、柔道の普及活動に尽力しました。そして、ソ連のフリースタイル格闘技「サンボ」の創始者となりました。
http://jp.sputniknews.com/japanese.ruvr.ru/2012_10_03/90048089/