白い肌をした女だった。
あ、とか、うん、といった相槌の気だるさより、わかりやすい単語の羅列を好むその女との会話は、刺激的だが、単調だった。俺はもっと違うものを求めているはずだった。思い巡らして、すぐ気恥ずかしくなる。なんだ、麦わら帽子とかコットンのリネンとか、俺ぁいったい何人だ、と嘲い、女の顔を覗き込むと、その目は青かった。
ああ。俺は何がしたいんだろう。
とりあえず今夜はクーラーの設定温度の低い部屋で寝たい。分厚い蒲団をかぶって。省エネとかエコとか、大概の人間、つまり俺のような貧乏人には、何とかネーゼやらなんやら着飾った連中のかざす理想論以上に、みすぼらしい生活の知恵にすぎない。
狭い建物に狭い車で赴く。狭いエレベーター、狭い廊下、狭い部屋。
寝具だけが馬鹿丁寧に広くて、女の上背は思った以上に大きく、俺は情けなくも小さい。
普通サイズの恋。
俺は恋をしていた。この素性も知れぬ女に。伝えたかった。俺はあんたが好きなんだが。そんな切り出し方はどうだろう。吃りつつ俺は、発する単語一つ一つを悔しいぐらい噛み締めていた。
恋がとたんに小さくなる。恋すら人並みにいかぬのか。大恋愛など望まない。せめて、中庸を、俺は感じたい。皮を剥いでしまえば、俺は兎の肉塊だ。このクロコダイルみたいな女に喰われてしまったら、もう俺は夢にも死にたいなんて思わない。アリゲーターとクロコダイルはどう違うんだっけ。しかしながら、こいつはアリゲーターではない。目がまるでクロコダイル。
鰐の眼が俺を見て、初めて言葉意外の音を口にした。
俺は大恋愛を夢見る下らない音を聞く。深き溝。俺と女を隔てる、深き溝。
二元論的要素を並べ立てる。
どれもしっくりとこない。
俺の恋心は膨張してゆく。鰐は喰らいはするが受け入れない。俺は鰐と融け合いたい惨めな哺乳類ヒト科オス。これを人間はなんと呼ぶ。人の間に生きる即ち人間なら、鰐に恋する俺はなんだ。
人語を解する鰐は、最後に俺を音を立てて殺めた。
溝を埋めたのは俺の体液が少々と万札が10枚。
鰐は人間が女の姿を取り戻していた。あんまり美人な白人女に、俺は乱暴な言葉を吐き捨てる。しかし女はにこりと口のはを持ち上げる。こいつはきっと、俺の使える言葉では、汚いものを何も知らないんだ。
FUCK OFFとか云おうとして、俺は先ほどの醜悪な行為を思い出し、こりゃ普通にヤりてえよ、と自分自身を鼓舞したものの、どうにもうまくいかない。
もう恋は終わったんだよ。
シャンソンのような終末の気分。きれいだなあ。キラキラしてる。
しかしながら、俺はFUCKは何語か知っている。アメリカ語だ。
“Where is your country?”
適当に作った英文。意味は伝わるか。そもそも英語でいいのか。言葉なんかでいいのか。俺は日本語しか使えないが、もううんざりだ。英語やらなんやら外国語なんて考えただけでぞっとするね。いかんいかん俺はすぐ思考の沼に逃避するな。
返答はなかった。
女は俺には微塵も興味がないのだ、と改めて思い知らされる。しかしその無関心に、鰐ゆえのぬめり気はなく、もはや俺たちは人間同士、というより、俺は屑だ、死にたい。
死にたいが、俺はやはり死ぬより心地よい恋を、阿呆臭い一時を、また求めてしまうんだろう。
この世は愛に満ち満ちているね、エリーゼ。
俺はさいあいのひとに彼の有名な名を捧ぐ。ひけないピアノをひく俺はきっと金持ちよりイケメンより、あんたを思うよ。