彼女は、先生が「便利」と教えてくれましたと最後まで言い張っていたそうで、自分が間違っていたと絶対言わないモンゴル人なんだよ、と。
便利と満足は、実際に使ってみないとその違いが分かりにくいですから、先生がそのように教えたのかもしれませんし、彼女がいつの間にか間違えて覚えてしまったのかもしれません。
夫がそのように細かく出来事を伝えてくれるようになったのは、つい、最近のことです。
夫には、頭の柔らかい部分もあるんだなぁと感心しました。
私はといえば、間違っていると言う発想にはならなくて、どこまでもすれ違ったまま会話が続きそうです。
トゥールさんとの会話は、感覚的に理解しあっていますが、ちょっと立ち止まって、「まてよ」と思うときも必要だなと感じました。
夫は、トゥールさんと私の間柄はまず友達なのだから、細かいチェックは要らないのではないかと言います。
私も、そのつもりでいますが、時々感じるわけの分からない不快感は、立ち止まってみたら、解消出来るかなと思うのです。
トゥールさんと私にとっての、キーワードを神経質にならないで、探してみようと思いました。
「とっさの一言」モンゴル語編 重宝してます。夫が。青年たちの仕事に乾杯。