風のこたろう

'05年4月6日~'07年4月7日 ウランバートル生活日記
'09年8月~  詩吟三昧の徒然日記

おかたづけ

2010年10月23日 | 徒然に日々のことを
出産のため、娘たちが荷物を運び込むよていでした。
孫の急な発熱のため、日延べになりかわいい孫には、会えなかった。

出産後にやってくるその日のために、一部屋空けるのですが、いろいろと作業の必要があり、その前に、季節の入れ替えと同時に、大聡怩竏zしに匹敵する作業になりそうです。

夫がいないので、大物の移動が出来ないので、今日は、小物の整理を始めました。

娘は最初は、自分たちの家に来て欲しい意向があったので、結論が出るまで、待ちの状態でした。
どうやら、出産後実家に帰る決心が付いたようで、荷物運びに相成ったしだい・・・
今日のところは、相成らなかったけどね。



増えに増えた荷物を、どう片付けるか悩みながら、処分できるものはないかと奥のほうを眺めたのです。

5年日記が出てきました。
書いた覚えがないので、ぱらぱらとめくってみると。覚えがないのは道理だ、最初の年に、ほんの少し書いただけで、残りの4年分は全て白紙。

目も程度のことを書く欄しかないのに、まったくかけてないのは、ペンを持つ気持ちのゆとりがそのころからなくなりつつあったから。

母を引き取って、数年後のこと、いろんな事件が起こって、母が別の人になってしまったあの日々。

すっかり忘れていたのですが、その白紙を眺めているとあれこれと思い出し、その白紙のように物事を覚えないで忘れることに必死で毎日を過ごしていました。

毎朝、あるいは前日寝む時にその日のことをリセットして、何事もなかったように新しい日を迎えることにしたのでした。

それは、自分の心を守るすべだったわけで、愚痴すら書かない、書けない毎日でした。

その努力(?)のおかげで、いまでは、程よくではなくとってもよく物事を忘れるようになったのですが、友人に言わせると、単なる加齢だよともいわれますが。(トホホ・・・)

そのおかげで、長い介護の間に、ぎっくり腰にも、内科的病気にも、心の病にもかからずにすごすことが出来ました。

家族の程よい無関心を装う手助けも、ほんとに、心に負担がかからなくて、自分を律しながら、支えられながら、すごすことが出来たのです。

今、その、白紙の語る長い長い物語の期間は、大阪のおすみさんの介護のホームページの掲示板に、愚痴を書かせてもらうことで、解消もしました。

そんな、思いを手元に残さず、ページがおくられると、一見消えてしまうような錯覚が、澱を溜めなくて、わすれてしまうことができるのです。
PCマジックでありますね。
しかも、「そうそうわかるよわかるよ」といってくれる人たちが、孤独感を癒してくれていた時期でもあります。



いろんなこと、書かずにはいられないときと、書き残したくない時と、書く気力がないまったくないときと・・・・・

あのころは、ほんとに良くがんばったなぁ。。。

約束しては、キャンセルし、約束してはその日になって忘れて電話で催促されたり、出かける支度をしては、出かけられなくなったり。

白紙の物語るあのころの、壮絶な日々を、すっかり忘れていました。
きっと、それは、介護の対象が実の母だったからかもしれません。

そして、家族のいいタイミングの「見なかった振り」に助けられていたのです。


突然出てきた5年日記。
今日は、書き込みのあるところを切り取って別の日記に貼り付け、白紙部分は、処分。




コメント    この記事についてブログを書く
« そろそろ | トップ | 昇段試験 »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。