風のこたろう

'05年4月6日~'07年4月7日 ウランバートル生活日記
'09年8月~  詩吟三昧の徒然日記

始まりは12月

2021年01月26日 | 詩吟
第三波が襲ってきたさなかの12月27日の中央会に出席するということを家族に伝えた時、不要不急の外出を控えよとの夫の宣言。

そこから、くすぶりが始まったのだが、そのことを忘れることとして、明るいけれど、寂しい二人と一匹のお正月を、迎えました。

そして、次の中央会の予定は、24日。
三日前に、その、準備のスタートを切って、コンビニに印刷に向かう。
それとなく、「行くよ」のサインを出しておいた。
二日前、はっきりと意思表明をしたら、「緊急事態宣言」が出ているのだから、「出かけること能わず」の予想通りの反応が返ってきました。

そのため、私は、(もし、私が欠席をしたら)の仮定のもとに、夫向けのレメ[トを作成。

日頃、多少の会話の中から、ある程度の活動内容は、理解が届いているはずですが、夫の理解度は、あくまでも「楽しんでいるのなら、いい時間を過ごしておいでよ」という程度です。

よく、幹事会でも「何を言っているかわからない」と言われるほど、説明が下手なので、レメ[トを書いて、理解を深めてもらうことを決めました。
夫の評価は、「良」。

そのレメ[トを幹事長に提出したら、忙しい中、レメ[トを読みこんだうえ、質問もいれた懇切な返信がすぐさま届きました。
夫には、その対応だけで十分だったのかもしれませんが、幹事長は、明日の会議で取り上げますとの更なる対応でした。

それで、1月24日は、出席可能となりました。ただし、午前中のみ。

さて、当日、一幹事の提案に、中央会の貴重な時間を惜しげもなく割いていただきました。

幹事会が、些細な意見もおろそかにせず会長以下全員で考えていることなど、高度な機能をもって働いていて、ただ、わいわい楽しく集まっているのではないことを実感してくれたように思います。

結果、家人の理解度が、「不要不急」から『不要ではないが、不急である』という評価へと変化しました。


家族内の軋轢を幹事会に持ちこんでしまいましたが、「緊急事態宣言」下の「不要不急の外出を控える」ことをどうとらえるかの問題もからんでいるので、、、と言い訳をさせてください。


おもいがけず長い時間を割いて、検討して頂きました。

結果、数日前(12月25日)のこの日記にも書いた、
”KANGIN TOKYO NEWS”は、中央会から全会員に手渡しという原則は、何をもってしても変えられませんでした。

そのため、印刷した”KANGIN TOKYO NEWS”を中央会会場へ何としても届けねばならない。

どうしても届ける時間がない時、幹事長がPDFを受け取って、その日の朝印刷をします。

という、結論です。

私が、欠席の時自宅で、出来る作業「案」は、手渡しの原則から外れるため却下です。

日頃大事にしていることは、揺るがないということで、納得の結論。
初めからわかっていたことです。

私の担当する仕事が、欠席によってできない時は、早めに決断して、幹事長のお手間を取らせないようにいたします。
そして、一緒に作業しているTさんとより一層話し、協力し合って、事後の処理(欠席者に郵送)も滞りのないようにいたします。

私のかかわる会が、不要ではないと認識をしたので、これからの、コロナ下では、「不急」について、夫とのやりとりが続くことになります。

さしあたって、問題になるのは、2月20日の大会の後方支援についてです。
これについては、まず、無理なので、深手を負わない程度で、終了したいです。

この、行動は、平和が来たときに、今までのように、何のこだわりもなく活動を続けられることを念頭に置いて、家庭平和の維持を考えながら続けます。

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