風のこたろう

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太田道灌の集い

2017年07月22日 | 詩吟
第18回太田道灌の集い

本日、22日、伊勢原市文化会館にて、行われました。

東京芦孝会として、プログラムの一つを飾りました。

「七重八重花は咲けども山吹の みの一つだに なきぞ悲しき」の和歌吟詠と太田道灌の漢詩大合吟と書道吟、あっという間の5分間で、観客は、もうお終い?との反応だったそうです。
芦孝会会の出番の写真は、芦孝会のHPをご覧ください。


それもそのはず、40人の大合吟と、着物姿の女性2人が舞台上手と下手から登場し、和歌の前詠と後詠をそれぞれで吟詠。大合吟と共に太田道灌(愛敬四山)をさらさらと書く野田芦孝会長の書道吟という贅沢な構成になっています。

詩吟というと、習ったことのない人、聞いたこともない人にとっては、退屈に感じがちの分野ですが、これだけ豪勢に、あっという間に終わるプログラムは未だかつてなかったろうと思います。
まるで、花火を打ち上げたようなものです。

東京から、芦孝会トップの豪華メンバーが遠路伊勢原までのりこんでの出演です。
それぞれが、独吟を十分聞かせられる顔ぶれが、合吟だったのですから、吟じ足りなかったと思います。

それを承知で、野田 芦孝会長の号令で、全員の気持ちを太田道灌へと高められたので、短時間で、バッチリと見事な合吟にしあがりました。
メンバーの潜在能力と心意気があったからこそのこと。

これは一朝一夕で、出来上がったものではなく、関吟流としてたゆまぬ研鑽を重ねてきたからこその賜物なのです。

そしてお互いを支えあうことのできる信頼感があるからこそ、責任あるトップバッターの吟詠が、その十分な心意気を見せて、すさまじい「気」を作り上げ、その気が仲間の気と呼応して、共鳴を起こしたのです。

誰が欠けても創りえなかったステージであったと思います。


それぞれが、それぞれの場でふさわしい動きができたのは、皆の気を高めた元は、誰だったのか、何だったのかを知るべしです。

それをしることが、今日の要。
その、発破と後押しがあってこその、大成功であったと、思います。

此の処の東京芦孝会の好成績は、それぞれが、瞬間に集中し、「気」をコントロールするすべを身につけてきたからでしょう。


誰か一人だけの力では、成し得ないことも、それぞれがそれぞれの役目をはたし、補い合うことができる信頼関係があるから、今日があったと思います。






今日の私の反省。

公式の場所に出かけていく際には、関吟のバッチ着用という鉄則を忘れていました。

暑いし、汗になるから、舞台衣装に着替えるのだから、それで事足りる。
着替えた後の衣装の処理などのことを優先に考えてしまって、ラフな涼しい服装で、行ってしまったこと。


せめて、ラフスタイルでもバッチを着用すべき、公式の場所であったこと。

次回には、肝に銘じねばなりません。





   手作り兜の会先導による「エイ、エイ、オー」
  


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