風のこたろう

'05年4月6日~'07年4月7日 ウランバートル生活日記
'09年8月~  詩吟三昧の徒然日記

生後一か月

2008年05月27日 | 風のこたろう裏日記
24日の一ヶ月検診で、母子ともに健康体とお墨付きを頂きました。
体重は、5,095グラム、身長は60センチ。
同じ日に来ていたベビーたちの中で、ダントツ肌艶もよく、よく育っていました。

娘も、体重は元に戻り、お陰で母乳もたっぷり出て、言うことはありません。

一ヶ月があっという間似すぎ、月末に帰宅するはずの予定が半月ほど延びて、ほっとしているところです。

たっぷり出る母乳でも、孫のお腹がすくのとおっぱいを飲む体力との競争で、今のところ2時間おきにおなかがすいて目が覚めるので、ママは睡眠不足で、ふらふらです。
それでも、窶れを見せないのは、食べても食べてもお腹がすいて、どんどんおっぱいになるとてもよい循環が続いているからのようです。

小食で、残すことの多かった娘の口から、お腹がすいた、おいしい、多めによそってもまだ食べられるとの言葉が、当たり前のように出てくるのが、なんとも珍しくうれしい。

この睡眠不足のまま、家に帰って家事をこなすのはかわいそうと思ってか、婿殿から帰宅延期の申し出があり、6月中旬以降になりました。

6月からは、私の休みが終わるのですが、様子を見ながら、休暇延長か、娘の家事復帰リハビリ開始かを、決めようと思っています。

婿殿の両親も会いに着てくださり、娘の友人も陣中見舞いに来てくださったり、ほどほどににぎやかな日と、来客のない静かな日とを過ごしています。

いろいろと取り越し苦労もしましたが、幸せを絵に描いたような日々に、心がいっぱい栄養を吸い上げて、みずみずしくなっていくのが分かります。

姉娘は、甥っ子の誕生に手放しで喜び、週に一度は会いにきます。
主人は、こわごわにそれでも、満面の笑顔で抱っこしています。
孫の前には、素直な気持ちが大事だと、わかってきたような。。。

いっぱい幸せをばら撒いて、大盤振る舞いの孫は、百面相をして、私を骨抜きにしてくれます。
ほんとに、いい子。<
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男児誕生

2008年05月02日 | 風のこたろう裏日記
4月25日男児 3、840グラム 母子ともに健康。
自然分娩にて、これだけの赤ちゃんですから、ちょっと大変。

良くがんばりました。

4月30日退院。順調におっぱいも出ていて、良く眠ります。
それでも、初めての経験ですから、思うように寝てくれないと思っている母親。

おばあちゃんとしては、おいしいご飯を作るのが仕事。
結構、人任せにしないで、自立しようとしている娘は、思いのほかがんばりやさんだった。

うちに居る間だけでもと、布オムツを購入したのは私。
それ以外のことは、娘の思うとおりにするがいい。

病院から持ち帰った残りの紙おむつが無くなって、布オムツは、何かと問題ありと訴えてくる娘。

布バット式のオムツを干したときの、なんともいえない喜びが身内に湧いてきた。
このごろの赤ちゃんは、紙おむつのせいで、洗濯物のオムツを見て、生まれたなぁとわかることが無い。
なんだか、旗を掲げたようで、晴れがましくもありました。
「あかちゃんここにあり!」です。
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まもなく予定日

2008年04月16日 | 風のこたろう裏日記
仕事で、一ヶ月休みを頂く了承を得て、お手伝いをしてくださる方に、仕事を肩代わりできるように引継ぎ中。
大丈夫かなぁ。
それにしても、一ヶ月も休みをくれるなんて、大盤振る舞いだ。
その間に、良い人が見つかってくれると良いのだけれど、おそらく、いないんだろうなぁ。
早く、フルタイムで働ける人が来て、ちゃんと引継ぎをして円満退社したいものです。

いつ生まれても大丈夫に育っているあかちゃんは、未だ、お腹の中で動いていて、生まれてくる様子はありません。

「育ちすぎて、出てこられなくなるよ~」と呼びかけている娘をそばにして、気持ちが浮き上がってくるのを感じます。

週末には、仕事の疲れをものともせず会いに来る婿殿は、愛妻家であり、そのまま子煩悩になるのを絵に描いたような好青年です。

ごく普通の幸せが、一番安定して長続きするものと言うことが分かるのでした。

初めての、おばあちゃん体験は、いかにして始まることやら。
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あっという間に

2008年04月08日 | 風のこたろう裏日記
早、4月。
長いコートとおさらばして、寒さ対策をしなくてよくなるこのごろ、一番体を冷やしてしまうのもこの時期。

整体とは未だ縁が切れていませんが、普段どおりの生活に戻り、高いところ、低いところ自在に動ける幸せを感じているこのごろです。

娘の予定日もあと10日ほどに迫り、ますますせり出してくるお腹に語りかけています。

始めは、そんな娘を避けて逃げていた鼓太郎が突然、娘の膝の上に静かに優しく乗ってきて、お腹と腕の間に頭をうずめて静かに静かにしたときは、驚きでした。
間もなく、生まれてくるということで、男同士で会話があったのかもしれません。

家の中心に居て、大事にされてきた鼓太郎にとって、次の主役に取って代わられるのは、どんな反応を示すのか、興味深いところです。

さて、娘の予定日は、姉の13回忌の法事と重なりました。
さぁ、出席できるや否や。
昨日久しぶりにあった義姉は、お姉さんが守ってくれてるのだから、法事には無理をしないようにと、言っていました。

義兄も同じ気持ちで居てくれるはずです。

私が長女出産のときは、入院することになったら、母が上京する手はずでしたが、父の介護を代わってくれるはずだった亡姉がぎっくり腰になって、こられなくなりました。
出産経験の無いお隣さんが急遽面唐ゥてくれることになったので、事なきを得ました。

陣痛も退院後の夜の世話も一人でがんばりました。そのとき主人は出張中。
今、娘が里帰りをして日に日にお腹が大きくなるのを喜んで眺めながら、母と私はこの一大イベントを共有できなかったのだなぁと、感じ入るのでした。

母に世話をしてもらえなかったと同時に、母も娘の世話をしてやることが出来なかったわけです。
他の姉たちは、母に世話を受けたのに、母の最期を看取ったのは私だけ。
なんて、因果なことだろう。

娘には、少し冷静すぎるかも知れないと感じつつ、ホットになれないのはなぜかなぁ。
二度目の出産は父の病状が思わしくなくて、母に父のそばを離れさせるわけには行かなかったからです。
それでも、何とか、ヘルパーさんを頼んで、ほんの少しでも孫の世話をしてもらえばよかった、させてあげたかったと思うのは、今だからのこと。

出産は自然の営みであること、あまりに防御しすぎるのは、どうかと思ってしまうのは、私の経験から出てくる言葉なのだろう。
でもねぇ。。。
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還暦 2

2008年03月08日 | 風のこたろう裏日記
ぎっくり腰をしたことを期に、体のことを立ち止まって考える事をしました。

生まれたときは、虚弱でしたが、成人してからは、これといった病気もせず、花粉症もここに引っ越してからは、鳴りを潜めているし、元気になった事を実感し、手放しでいたのです。

体も60年使い続けると、あちこち、手直しをするところが出来てくるもののようです。
いろんな意味で、折り返し地点であるなぁと思ったことでした。

新しいスタートを切るにあたって、ちょうど、いろんなことがリセットされたようで、何でも、お好みのままに出来るわけなのです。

60年を、引きずっていると重いし、さりとて、すっかりおろしてしまうと、すぅすぅと足元に隙間風が吹くような気がして。
ほどほどの荷物をえり分けるのは、なかなか、むずかしい。

いったん、おろしてしまうと取り返しがつかないのか、拾い上げることが出来るのか、、、
拾い上げられるくらいの捨て方なら、捨てたことにならないのか。。。

一つの物事を決めるのに、あちらこちらに揺れ動いて、定まらない。
もっと、もっと、悩んでお決めなさいということなのか。

でも、良く考えてみると、悩むというより、来るかどうか分からない悪い結果のみを思い描いているような。
悩むって、ほんとは、どういうことなのかなぁ。

そんな大きなことよりも、目の前の、家の片づけが、腰をいたわるという大義名分の前に、ちっとも進んでいない。

物を一つ動かすにも、心が定まっていないと、決められないもののようです。

はぁーーー

淵澄
「淵澄取映」《淵は澄んで 映(ひかり)を取る》
「澄んだ淵のように虚心に自分や世の中を観察する」という意味

 川の流れは時に、大岩に遮られて動けなくなることもある。その時は静かに岩を映す淵となり、人を愉しませるのもよいだろう。が、時至れば岩を穿ち、本来の流れを取り戻す。静と動、それは生命の源である水の本質ともいえる。人の生き方もそうありたいものだ。

偶々、見ていたニュースの片隅に額に入った「淵澄」の字が見えました。
早速、ネットで調べてみたら、上のようにありました。

まさに、大岩にさえぎられている感のある私にとって、意味のある文字が目に飛び込んだものです。
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3月 還暦

2008年03月02日 | 風のこたろう裏日記
溜まったビデオをDVDに落としかえる作業をしています。

小学生の頃の娘のビデオは、ほんとにかわいくて、ほほえましくて、おまけに私たち夫婦も若い!

忘れているはずは無いと思っていたことを、こうしてビデオで見せてもらうと、事柄とそのときの思いが蘇ってきて、幸せな時間を過ごすことが出来る。

とても重要なことと思って、わざわざ記録して残したたはずのャCントが、分からない。
年を重ね、状況が変わってくると、残したいほど重要なことだったのかと疑問に思う。
それは、もう、それを見たときに血となり肉となってしまったからかもしれない。
だから、今、繰り返し見たとき、何?と、思ってしまうのではないかしら。

より分けていると、残したいものは、何といっても家族の記録しかないことが分かります。

いまどき、メディアで一般に放送されたものは、何らかの形で、情報を手にできるのですね。
あの頃、懸命に記録しようとしたことは、無駄とはいえないまでも、それに近いものがあります。

決して、他から得られないものは、家族の肖像だけなのでした。

そして、やはり、ビデオを買うきっかけとなったルーブル美術館のシリーズは、今では手に入るけれど、高価でおいそれと私のお小遣いでは手に出来ないのです。

それらは、録画したまま、見返す暇も無く危うく死蔵になるところを、HDDタイプのDVDプレーヤーを手にすることで、DVDに落として、さらに画像がクリアになって、私の手元に残りました。

帰国当初から、早く整理をしたいと思っていたのですが、プレーヤーの使い方すら覚える気力が無くて、そして、ビデオテープの数を思うと途方も無く大変な作業と思えたのですが。

今は、難なくそれをやり終えようとしています。

あの頃は、それほど、私の感受性や、思考や、もろもろの生命力が失われかけていたことが分かります。

誰かのために何かをすることが無い、自分のためだけに生きる生活なんて、何の意味も無いのでした。

今は、かろうじて、私にはすることが在ると思えるようになり、二本足で歩けるようになって、あと少しで、心地よい風を感じられるようになることでしょう。

還暦という魔物を、誕生日が来る前に、その姿を見つけることが出来て、良かった。
我武者羅さの希薄な今、猪突猛進は出来ないのですから。
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痛み その後

2008年02月28日 | 風のこたろう裏日記
聡恚@をかけながら、椅子を動かしても、大丈夫。
硬いものを包丁で切っても大丈夫。
仕事の重いファイルは、分割して持ち上げることにしたら大丈夫。
駆け足も、膝の痛みが起きない程度に大丈夫。

ただし、うつ伏せから起き上がるときは、芯に痛みが残っています。
整体の先生によると、まだまだ。
週に1回の整体通院は、未だ止められないみたい。

仕事も楽にできるようになりました。
二人のメンバーさんに、仕事を教える作業も体調が良いとスムーズに理解してもらえる気がします。
新しい体制になって、このところ、クレームが増えた様に思うのは気のせいなのか、たまたまなのか。

最後の詰めの甘い私には、ここまできっちりした内容の仕事は、苦しみの何物でもない。
その前の段階までの作業は、どちらかと言えば、得意なのだけれど。
がんばって、スキルアップは、無理なことだし、そろそろ、お役目ごめんでもいいのかなぁと言う気がします。

後は、若くて集中力のある人に代わって担当してもらえば、いろんな意味で、労力が省かれる気がします。
決断のタイミングを毎日計っている。

出勤して仕事が始まると、そんな思いは払拭されて、目の前の伝票に精を出してしまいます。
一日終わって、夕食後には疲れ果てて一眠り。
その夢から覚めそうになる頃、しきりに、いつにしようかと考えています。

迷惑をかけてはと思うええかっこしいの私、もういや、明日にでもと思う自分かっての私、せっかく1年の契約をもらったのだから、それまではもったいないと思う私、せめて春のシーズンを終えるまでと引き伸ばす私。
仕事は、あるに越したことがないと元のサイクルに戻す私。

さて、いつかなぁ。。。

痛みが去ったら、嬉々として仕事を楽しみ、辞めたいと思ったことなど忘れるのかと思ったら、予想と反している結果が来たのでした。

整体を卒業したら、また、違ってくるのかしら。
それとも、孫の誕生によって、はっきり決まるのかしら。
のっぴきならないことが起こって、余儀なくされるのかしら。
先に決めて、後悔することはない。
と、思うのは、今までの、即決即断に後悔があるからか。
人生、二者択一をすると、どんなことでも後悔に見舞われることになるのかもね。

迷ったり、後悔したりしないって生き方って、無いものらしいねぇ。
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小室 等 と辛淑玉 ー軟と硬ー

2008年02月24日 | 風のこたろう裏日記
旅立ちの歌から、数十年。
小室等に興味を持ちつつ、今日、始めて生の小室さんに会うチャンスがありました。

カタログハウスの学校・暮らしのセミナーの「小室 等の聞きたい聴かせたい?I」
  http://www.cataloghouse.co.jp/study/index.html

ゲストの辛淑玉(しん すご)さんとのおしゃべりは、すごかった(笑)
小室さんは、すごちゃんと呼んでいたから、前からのお知り合いだったのでしょう。
すごちゃんは、常に攻撃、小室さんは一目散に逃げて戸惑うと言う形で、トークが進みました。

間に挟む小室さんの歌は、トークの合間にその場で決めた歌をギターの弾き語りで歌うのです。小室さんの歌の中で、硬と思われるのと軟と思われるのと2曲ずつ。。。

底にある思いは同じなのに、こんなに表現が違うのかと驚きました。

すごちゃんの置かれた立場、日本にいる欧米ではない外国人、そして、その中では比較的恵まれた立場にある(とご自身が言っている)私が、戦わなくてはと言うのです。
それは、「悪あがき」http://www.iwanami.co.jp/hensyu/sin/sin_kkn/kkn0706/sin_k360.html とすごちゃんは言っています。

ますます好々爺然としてきた小室さんは、果たしてー軟ーで、すごちゃんは、ー硬ーなのかと、ふと思ったのでした。

前フリのトークの中で、夫の賞味期限は10年、そしてその後の妻の生きがいは決して子どもではなく、趣味を生きがいにするほどお金を持たない庶民にとっては、食べることが生きがいになる人がダントツ多いと何かの統計が言っているとか。

そして、すごちゃんがアメリカで研究員をしていたとき、空腹を不快と感じる彼らは、常に食べ続けている。
はぁー、お腹がすいた、おいしいもの食べに行こうというわくわく感、そして食べ終わってお腹がいっぱいになったときの幸福感は、彼らにはないのだと。

なんてもったいないと、その幸福感のないアメリカ人には、食を生きがいにしないのかなぁ。。。

さて、子育てを生きがいと感じる私は、日本人の中にあって、平均値ではないらしい。

人のことより、子育ての終わった私の生きがいを見つけなきゃ。

オルティンドーのあやこんさんのCD発売記念ライブも今日だった。http://blog.livedoor.jp/urtynduu/archives/51827779.html

夜だったし、、、でもちょっぴり残念。
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そういえば

2008年02月21日 | 風のこたろう裏日記
昨日は、シュレッダーの警告を無視せず、ごみをかたづけたし、
今朝は、聡恚@を使った後、腰が重くならなかったし、
とてもじゃないけれど、そんな奥のほうに、、、と思っていた所に気がついたら手をのばしていたし、
洗濯物干しにいっぱいぶら下げたのを、外の竿につるしたし、
明日になっても、多分、腰に痛みを感じないだろうと思える。

顔色もよくなったし、体の循環がよくなって、凝り固まったところが少しずつほぐされてきました。

3人で、協力体制が整った仕事では、まず、私の仕事をIさんに伝えることになりました。
几帳面な人なので、そこのところを配慮しながら、ゆっくり着実に進めていく必要があると、昨日、ひしひしと感じました。

男性だからといって、パートのおばさんに教えられることを何とも思っていない、誠実なところはよい、その分、元気な前向きさがない。
そのくらいの方が、今の私には、パートナーとしてちょうどよいと思います。

その代わり、もう一人の女性パートさん(Nさん)は、進行具合の遅さに、我慢がならないと感じている様子が見え始めています。

年齢が、獅「具合に離れているのと、それぞれの立場が違っているのとで、逃げ道を上手に作っていけばいいのかしら。

まず、愛をもって。

やっと覚えてきたばかりの仕事を、Iさんに混乱せずに分かってもらうにはどうしたらよいのか工夫をしましょう。
周りは難しいんじゃないの、と見ているでしょう。
単純だけれど、一筋縄ではいかない彼のことを押し付けられて、かわいそうにと思っている向きもあるかな。

期待されていない分、へそ曲がりの虫が起きてきそうですが、そこは抑えてとりあえずの目標が出来たということに。。。

彼に自立してもらわねば、私は安心して休むことも辞めることも出来ないわけです。
いざとなったら、一目散に逃げるしかないけれど、そういえば、、、と思える体調の良さを感じたのと同時に、仕事の中に目標を見出したことは、偶然とはいえ、明るい話題です。

そう言いながら、未だ、自分で自分を信じていない部分があり、低い一段さえ降りる決断をできないのでした。

即決即断、決めたらまっすく、まっしぐらの私は、未だ、眠っている。

     は~るよこい<
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さてと

2008年02月19日 | 風のこたろう裏日記
私は、今、熱く語れるものがない。

モンゴルの子どもたちの写真展を見に行って、ちょっと、心が動いたけれど、そのまま動き始めるわけではなく、摩擦でズズズっと止まってしまった。

子どもというキ<潤[ドで激しく反応するための、触媒を失っているみたい。

さぁ、困ったなぁ。

このまま、家に居る人になってもいいかもしれないが、それでは、ちっとも面白くないではないか。

さてと、さてと、と言いながら立ち上がらない。

立ち上がりたいが、まだなのかなぁ。

整体の先生は、まだ未だだよ。と、今日もおっしゃった。

姉の法事にも、無理だよと言うのだもの。

困ったなぁ。

今日は、自転車の段差でがったんにも違和感だけで、痛みは無かったのだから。
確かに、うつ伏せから起き上がるとき、ちょっとね。。。

すし屋の友達に、おれっちなんか、ぎっくり腰は3日で治すさと、言われたんだけど。

来週で、2ヶ月になろうとする私を、奥さんだねぇと言って笑った。

さてと、、、

未だ、のんびりしていた方がよいのかなぁ。。。
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