日本で一番「イキのいい」少年合唱団の一夜の物語

2007-11-19 23:30:27 | 定期演奏会

 これは2007年の今、日本で一番「イキのいい」少年合唱団の隊列に並んで歌っているというのに、それが自分たちのことであるとはおそらく思っていないステキな少年たちの一夜の物語。
平成時代もあと2ヶ月で20年を迎えようとする年、その少年合唱団の名前を挙げようとするのは、決して困難なことではない。
平日の開催。午後6時半開演。夜9時終演という定期演奏会。こんなハンデのある時間帯に、まがりなりにも1800席規模の都心のコンサートホールを様々な層のお客様でそこそこにうめて2時間超を聞かせきる。国内のどこの少年合唱団ならほかにできるというのだろう。
 ほかにも考えてみるべきだ。この1年間、(ミニミニではあるにせよ)単独・一般公開の年間コンサート実施回数が一番多かったボーイソプラノの合唱団の名前は?
録音担当を含む全国展開のテレビCM出演本数の一番多かった少年合唱団は?
国内・非インディーズレーベルでの商品CD吹き込み曲数・枚数最多の男の子の合唱団の名前は?
12月発売、最新版の「千の風になって」のCDを吹き込んでいる児童合唱団はどこ?
どの質問にもフレーベル少年合唱団の名前一つを挙げれば事足りる。

 私たちが男の子の合唱団のコンサートを聞くとき、歌っている団員の姿を見ること自体が演奏会の大きな楽しみの一つであることを思い知らされる。国内で最も「イキのいい」はずの彼らは、歌い姿に全く攻撃的なところや脂ぎったところが無い。はるか神田小川町時代からこの合唱団が持っていた無骨さや前にしゃしゃり出て来ることをしない質朴さが、当夜も魅力的に彼らの隊列をまとめあげる。
 プログラムがミソだ。その少年たちのふるまいはさらにハッキリとしてくる。おそらくこの1年間に吹き込んだCD・DVD(*1)の曲や放送されたCMソングを全てしっかり歌うだけでも定期演奏会の四分の一分量のワンステージを消化することができただろう。だが、一番たっぷりと歌った「ファインプレーを君といっしょに~GoGoジャイアンツ」でもダイジェスト版という慎ましいチョイス。CD版ではフルコーラスを供している「緑のそよ風」でさえハイライトのみという非常に抑制された披露にとどまっている。あとは代表的なCMソングのほんのさわりの部分と曲紹介MCがパート2ステージ冒頭、「ぼくらの活動報告」という地味なタイトルのついたコーナーであっさりと扱われ、ISO14001関連の保育関連書籍「心を育てるリサイクル」(フレーベル館・10月)に収蔵された「リサイクルレンジャー」等の曲目がその後に歌われている。プログラム全体は、この合唱団が1990年代からさかんに打ってきたトータルコンセプトの構成を踏襲して(今回は「星=わたしたちの環境」ということだった)スリムに組み上がっている。出色なのは現状の団員たちの体力をよく知った上で上限ぎりぎりのプログラムの量がはかられていることだった。そして毎週、男の子らと激闘を強いられている指導者がその中から考えつくのだろう、ちょっとした演出の工夫がさりげなく目立たないようにちりばめられていて、年少さんの男の子をステージにあげながらお客様にきちんと満腹感を与えて帰すという一見矛盾するような難しい作業を逆転の発想でなしとげている。
 その簡単な例は、緞帳の下りない終演処理の秀逸さに見られる。例え野暮ったく見える危険性はあってもチームとしての折り目の正しさや礼儀の良さをハッキリと見せて客席を納得させるステージ手法は、もちろんこの合唱団の専売特許では無い。だが、未就学児から中学生までを抱えるフレーベルは終演後、その年齢ごとの隊列をボウ&スクレイプでたたみかけるように片付けて鮮やかに退場していった。あたかもボーイスカウトの一団がビーバー>カブ>ボーイと下の隊からイヤサカを唱えテントを撤収していくような心弾む楽しさ、少年らしいシズル感の良さを演奏会の最後の瞬間まで提供してくれている。マイクスタンドに以前のようなブームを使わず、作為的にフレキシブルをかまして放置する(*2)。A組プレーンのアルトがバミテープを使わず整列位置を勘案する姿を見せる。B組の子どもに常動的な振り付けをさせて揺さぶる。…等々、定演を飾る「さすが保育出版社の合唱団」と言いたくなるような演出手法は枚挙に暇がない。

 毎年様々な発見のあるャbプス系コーナーは今年もパート4への配当。レンガ色の新しいジャケットのお披露目(*3)があり、プチ・ダンディで痛快だったのだが、お楽しみはそこまで。常連のお客様方が密かに楽しみにしている「ソロ」煽りのウレシイ暴挙(?)も無く、最近のフレーベルのフォーマット通りユニゾンで押すちょっとモッタイナイ展開だった。「機関車トーマスのテーマ」など斉唱で仕上げた作品がCD化もされ評価されている中で、ユニゾン自体が特にどうこうというわけではない。課題として見えてきたのは、こじんまりとまとまってすっかり落ち着いてしまったセレクト・アルト使い方。今日のこのコンサートでの彼らの歌いぶりをみると2年前、当時まだ貧弱なプレーンA組の団員にすぎなかったこの少年たちがなぜチームとして非常に魅力的に見えたのかはっきりした。もともと魅力的な声を持ってセレクトにのし上がってきたアルトは現在のフレーベル少年合唱団には何人もいないように見える。良い声は持っていても体力的にあやしいものがあったり、集中力がもう少しあればという子がいたり…その中で何とかがんばって歌っている苦労人に見える子や、先生方がそれとなく目をかけてやっているらしい感じが見え隠れする子や、僅かな経験を大切にして歌う職人のような子や、もう歌っているツラガマエ自体が不敵で素敵でたまらないという子まで…イロイロなタイプの男の子の姿が客席からもしっかりと見えた。様々な子どもたちが混在していた魅力。
「少年合唱団って、結局はチームなんですよ」と、かつて技術的にはとても高いレベルだったよその少年合唱団の6年生団員から繰り返し説かれた。だが、上級生として信頼されて行くに従ってフレーベルの方の彼らはチームとしてではなく『フレーベル少年合唱団』全体のカラーの中へ穏当に収斂されていく。
 この子供たちに比べると現在のプレーンA組のアルト(ほとんどユニゾンなので隊列の中央から右側にいる男の子たち)はアウトロー感満載でケタ違いに面白い。「ソプラノの顔をしたアルト」という役柄を押し付けられているセレクトの上級生に比べ、彼らのハジケ方は「歌っている男の子の姿を見せて人の心を癒す」という日本の少年合唱本来の持つ楽しみ方を最大限に許してくれている。残念なことに訓練が足りず、彼らは2時間半にも及ぶ長丁場の待機でさすがに疲れてしまうのだが、それでもセレクトに彼らが添ったときの立ち姿や声の通し方は実に魅力的だ。

 今回の定期演奏会で、合唱団はステージ後半を中心にめまぐるしい衣裳替えを行なった。ベスト&ボウと靴下のコーデを含めると、少年たちは各ステージ毎に違った格好で登場して歌った勘定になる。現在の団服へとステージユニフォームが切り替わったとき以来、「昭和30年代ブームの今、なぜわざわざ流行最先端の団服を廃して地方の学校制服みたいなデザインの服に替えてしまったのだろう?」とずっと思い続けてきた。だが、当夜の徹底した「お召し替え」を見せられた今、フレーベルのやっているのは少年合唱団の「着せ替え遊び」などではさらさら無い、彼らなりの明確な主張だったのだということに今さらながら気づきはじめている。同様の主張はステハン・スタッフの絞られかたにも見られる。指導者ステージのステージハンドは明らかに人数不足だ。だが、団員たちは新しいユニフォームの背中で言っている。「僕たちは一度、あの僕らの大好きなフレーベル少年合唱団と訣別するんです!」と。
 日本のボーイソプラノの合唱団シーンは、20世紀の後半に幾度もの「訣別」を経験して面白くなってきた。ビクター少年合唱隊が1970年代の初頭「僕たちは日本版ウイーン少年合唱団なんかじゃない!」と、外国の少年合唱団の後追いを止め、フォーマルのステージ衣裳を脱ぎ捨てて鮮やかな黄色い半袖トレーナーをまとったとき。ビッグ・マンモスが80年代に「歌って踊れれば日本中の子どもたちをもっと楽しませることができる」と、合唱をすてユニゾンで歌い始めたとき。90年代に暁星小学校聖歌隊が「文部省学習指導要領よサヨウナラ!」とばかりNHK学コンの金賞校へ颯爽と躍り出たとき。明らかに日本の少年合唱は良い方に変わり私たちのボーイソプラノは格段に面白くなっていった。そして今、私たちのフレーベル少年合唱団は、あの心休まる慈愛と温もりに満ちた紺碧の団服を脱ぎ置いて、精一杯変わろうとしている。
 その兆しは六義園の冬から春のコンサートのステージに、彼らが新団服基本のネイビーを保つマントケープと長ズボンのいでたちで歌い始めたとき、既にもう顕れていて明らかだった。45年の長きにわたりトレードマークであり続けた団服をたたみ、ステージハンドに先日まで隊列で歌っていた団員たちだけを使って…。「サヨウナラ!神田小川町の子ツバメたち!つらいけれど僕たちは、もうあそこに戻れない。」
棒を振っている人が合唱団の優秀なOBなのだから、その思いは気まぐれや思い付きであるはずもない。

 日本で一番「イキのいい」少年合唱団の一夜の物語はこれで終わり。「イキのいい」と言っても魚だけとは限らない。しかも一つだけ思い違いがあった。「月夜の蟹」はナカミが薄く、美味しくないものと相場が決まっている。脱皮をして、産卵の時期でもある。どちらもフレーベル少年合唱団の現状に当てはまるはずなのに、彼らの歌う姿は新鮮で美味しかった。今度聞くときはもっとお腹を空かせて来ようと思う。とっても楽しかった。ごちそうさま!

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*1)「デストロイオールヒューマンズ!日本版」のエンディングテーマは、おそらくフレーベル少年合唱団が今年録音した唯一の商業用DVD収録作品(セガ・2月発売)。ジャケットに「暴力シーンやグロテスクな表現が含まれています」とレートC相当の警告文がついているため、おそらく今回は演奏することができなかった。

*2)フレキシブルスタンドを未就学児に調節させ…あるいは調節できないまま本人が知恵をしぼったり見切ったりする一瞬の愛らしい姿を全て見せる。一方で中学生がこれをいともタヤスく操ったり中堅の団員たちが当然の事のように下級生へ気配りしたりというそれぞれの年齢の姿の鮮やかな対比までをパッケージとして楽しませた。

*3)どうもカマーバンドをしているらしいのだが、側線入りのズボンなのだから、やはりジャケットの襟底からバンドが覗くようにしめる方がダンディーというか男の色気が出ると思うのですが…