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旅猫旅日記

写真と文で綴る旅の風景

山陰への旅5 美しい海岸線を走る

2006-09-13 | 
終着の出雲市には10時4分に到着。外は日差しが強く暑かった。
反対側のホームに停まっていた2両編成の快速「アクアライナー」に乗り換え、さらに西へと向かう。途中、小田駅~波根駅の間では、右側に底が見えるほどに澄んだ日本海と切立った崖や美しい海岸が織りなす絶景が続き、楽しい列車の旅が続いた。このあたりがちょうど、出雲と石見の国境だったところで、いよいよ石見路へと入ったのである。
列車がかなりの速度で走っていたのと、トンネルや木々の間に絶景が現れることもあって、写真を撮るのは難しく、残念ながらこの写真ぐらいしかありません。

山陰への旅4 宍道湖

2006-09-12 | 
島根県の県庁所在地・松江を出てすぐ右手に、夕日の美しさで有名な宍道湖が現れた。
日本で7番目に大きな湖である宍道湖は、ヤマトシジミの漁獲量が日本一で、お土産としても人気があります。宍道湖七珍(しっちん)と呼ばれる料理も有名だが、近年はあまり採れないものもあるらしい。
サンライズ出雲は、しばらく宍道湖沿いを走り、終着駅出雲市を目指します。

山陰への旅3 秋色の出雲路

2006-09-11 | 
目覚めると、眩しい朝日に輝く山陽路を走っていた。
岡山で「サンライズ瀬戸」と別れ、倉敷から伯備線へと入り、秀麗な大山が車窓に見えてくると、山陰最初の町・米子に到着。汗を流しながら登った米子城跡が懐かしい。米子を出ると、車窓には収穫間近の黄色い稲穂が揺れる田んぼが広がり、秋晴れの青い空が眩しいくらいだった。

山陰への旅2 一夜のねぐら

2006-09-10 | 
サンライズ出雲のシングルはこんな感じ。
お世辞にも広いとは言えないが、一夜の寝床としては快適そのもの。
4桁の暗証番号でロックできるシステムも安心だし、何といっても、他の乗客に気兼ねなく寛げるのが魅力。
山陰方面への旅の定宿にしようと思います。

山陰への旅1 サンライズ出雲

2006-09-09 | 
9月8日、東京駅を22時ちょうどに出発する出雲市行の特急寝台「サンライズ出雲」号に乗り、山陰を目指した。
サンライズ出雲は、1998(平成10)年にデビューした新世代の夜行列車で、特急券だけで乗れる「ノビノビ座席」が1両付いている他は、すべて個室寝台。岡山までは、四国の高松へ向かう「サンライズ瀬戸」と手を繋いで走ります。
今回は、B寝台個室シングルを利用。木目調の洒落た室内は快適で、12時間の長旅も苦にならなかった。夜行列車で、これほどぐっすり寝られたのは初めてかも。
写真は、東京駅で出発を待つ「サンライズ出雲」。

福島への旅12 安積のとりめし

2006-09-06 | 
猪苗代を離れ、郡山でお土産と駅弁を購入して、黒磯行きの普通列車に乗車。
昨日通った線路を再び走り、夕暮れの黒磯に到着。ここから、土日のみ運転している快速「フェアウェイ」号へ乗り換え。グリーン車付きの古い特急車両を使ったお得な列車で、ゆったりとしたリクライニングシートが魅力。乗車券と指定席券(510円)で乗れるので、「青春18きっぷ」利用者には人気なのです。
適度に空いている車内で、早速、郡山で購入した駅弁「安積のとりめし」を堪能。高崎や野辺地といった有名な「とりめし」に比べると味が淡白だが、そぼろはかなり好みな味付けだった。白い部分は、卵の白身を使ったもので、個人的にはダメでした(^^;
最近、駅弁も高級化&新幹線停車駅中心となって、手軽なものが減ってきたのが寂しい限りです。この「とりめし」のような弁当が残ってくれることを、切に願う今日この頃である。

福島への旅11 亀ヶ城入口バス停にて

2006-09-05 | 
亀ヶ城跡をゆっくりと散策したあと、駅へ戻るため、近くのバス停へと向かった。
バス停がある通りは商店街となっているのだが、人気も無く、まったく活気が無い。店もほとんど閉まっているし、潰れてしまったような店もあった。
バス停のある美容室の前に、バスを待つ人のために置かれた小さなピンク色のベンチがあった。町の人の小さな心遣いがうれしい。バスが来るまで30分近くあったので、このベンチに腰掛けて、文庫本を開いた。こんなことも、旅の小さな思い出となる。

福島への旅10 亀ヶ城跡2

2006-09-04 | 
亀ヶ城は、城下町に面した追手門側にこそ石垣が積まれているものの、大部分は土塁と空堀で縄張りされた中世の平山城の名残を留めるものだった。
本丸跡からは、間近に磐梯山が望め、裏手には遠く猪苗代湖も輝いていた。
観光客が訪れることは稀だと思われるところだが、思ったよりも見応えのある城跡で、いつまでも残っていて欲しい史跡だった。
写真は、本丸跡から望む磐梯山と本丸土塁跡。

福島への旅8 SL郡山会津路号

2006-09-02 | 
猪苗代地ビール館から猪苗代駅へと戻ってきたら、微かに汽笛が聞こえたように感じたので、急いで駅へと向かうと、偶然にもSLが到着したところだった。たまたま、この日運転されていた「SL郡山会津路号」で、到着したホームは大混雑だったため、反対側のホームへ回って撮影しました。
蒸気を吐く黒い鉄の塊は、まるで呼吸をしている生き物の様。子供たちの歓声と、少年のように目を輝かせているお父さんたちに囲まれて、何だか誇らしげに見えました。

福島への旅7 あらびきこしょうソーセージ

2006-09-01 | 
猪苗代地ビール館でビールを堪能した後、外にあった売店を覗いてみた。
ビールがメインでしたが、その片隅(?)で、食欲をそそるものが焼かれていたのです。それが、写真の「あらびきこしょうソーセージ」!
これは、ジャンクフード好きな旅猫でも、かなり高得点な一品でした。黒胡椒が、絶妙な味わいを引き出しているのが○。いや、ほんとに旨かった(笑。
ちなみに、先端が写っていないのは、その悩ましい姿に、思わずかぶりついてしまったのが原因です(^^;

福島への旅6 猪苗代地ビール

2006-08-31 | 
素晴らしい景色と美味しい料理を堪能しながら、さらにヴァイツェンを追加。
ちょっと冷えが足りなかったのが残念だったが、キリッとした中にもコクのあるヴァイツェンもなかなかでした。
写真は、ヴァイツェンです。

福島への旅5 猪苗代地ビール館

2006-08-30 | 
翌朝、郡山駅から福島行の列車にとりあえず乗り込み、発車時間を待っていたのだが、隣に入ってきた会津若松行の快速列車に惹かれ、急遽思い立ったら即行動ということで、急遽乗り換えた。
途中、磐梯熱海に寄り道をしたが、再び列車に乗り、猪苗代駅で下車。駅前のバスターミナルから、すぐに出るというバスに飛び乗り、とりあえず野口英世記念館前へ向かうことにした。バス停に着く直前、右手に「地ビール」の文字が見えたので、バスを降りてすぐに向かったところが「猪苗代地ビール館」。2階にあったレストランの窓際に陣取り、まずはピルスナーを注文。
色付き始めた稲穂の海と残念ながら雲に隠れていた磐梯山の景色を眺めながら、冷えたビールを味わうのは最高ですね。

福島への旅4 郡山駅

2006-08-29 | 
白河を後にして、再び東北本線で北上して、今宵の宿がある郡山駅で下車。
郡山は、福島県の中通りに位置する交通の要衝。北には秀麗な安達太良山、東には阿武隈山系が迫り、西には「天鏡」とも呼ばれる猪苗代湖がある、自然に囲まれた街です。
江戸の頃、郡山は二本松領に属し、3つの代官所が置かれていました。今回泊まった宿は、その代官所が置かれていた「陣屋」と呼ばれる場所にあり、すぐ近くの街角には、「陣屋通り」、「代官小路」と書かれた道標も。
郡山は、文政7年(1824)、奥羽街道の宿場町となり、町の両端に木戸門が建てられたそうですが、戊辰戦争の兵火により代官所も焼失してしまったそうだ。
写真は、郡山の駅前でのスナップです。

福島への旅3 小峰城跡

2006-08-28 | 
白河駅から歩いて数分のところに、白河の街を見つめるように聳える小峰城がある。
小峰城は、興国元年(1340)に小峰が丘と呼ばれる独立した丘陵に、源頼朝の重臣「結城(小山)朝光」を祖先とする名族の支流で、結城白川氏の「結城親朝」が築いたもの。小峰氏は、結城親朝を祖とする。ちなみに、建武の新政における「三木一草」とは、楠木正成、千種忠顕、名和長年とこの結城親朝の実弟結城親光のことを言います。結城白川氏の庶流である小峰氏は、その後結城白川氏の宗家となる。
天正18年(1590)豊臣秀吉による奥州仕置により白川氏が改易となって以後は、織田信長の重臣丹羽長秀の嫡男長重が城主となり、現在残る近世城郭の基礎を築きました。
戊辰戦争の激戦地となり、落城焼失。
平成3年に三重櫓、平成6年に前御門が、史実に基づき、木造により忠実に再建された。
今後も、少しずつ時間をかけて城郭を整備するらしく、何時の日か、堂々とした姿で甦るでしょう。観光目的ではない旧城郭の再建は、城好きにとってはうれしい限りです。

福島への旅2 白河駅

2006-08-27 | 
黒磯から乗り継いだ列車は、那須野ヶ原を走り抜けた。
「次は白河」の車内放送に誘われ、途中の白河駅で下車。
白河は、古代、下野と陸奥との境に位置し、「みちのく」の玄関口といわれた街。松尾芭蕉の句でも有名な白河の関跡もある。
降り立って振り返れば、「東北の駅百選」にも選ばれた瀟洒な駅舎が旅情を感じさせます。