「池田坂」をさらに南へ下ると、キッチンジローがある交差点に出ます。その斜向かいにあるのが「太田姫稲荷神社」。
「淡路坂」の中でも書いたとおり、太田道潅が疱瘡(ほうそう)に罹った娘のために、山城国一口(いもあらい)の里の稲荷を江戸城内に勧請した社(一口(いもあらい)神社)が、中央線の拡幅工事(御茶ノ水~両国間総武線建設)のために神田駿河台一丁目のこの地へ遷座したもの。市街地に埋もれるように建つ狭い境内では、550年もの歴史がある社を創造することは難しい。
「淡路坂」の中でも書いたとおり、太田道潅が疱瘡(ほうそう)に罹った娘のために、山城国一口(いもあらい)の里の稲荷を江戸城内に勧請した社(一口(いもあらい)神社)が、中央線の拡幅工事(御茶ノ水~両国間総武線建設)のために神田駿河台一丁目のこの地へ遷座したもの。市街地に埋もれるように建つ狭い境内では、550年もの歴史がある社を創造することは難しい。