イエス・キリストの福音をご紹介します。

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見よ,わたしは,たなごころにあなたを彫り刻んだ。

2022-05-31 04:48:32 | 日記
いつも御子を覚える
ジェリット・W・ゴング長老
七十人会長会
いつでも,どのようなことについても,どのような所にいても,わたしたちがいつも御子を覚えていられるよう,へりくだり証し,祈ります。
愛する兄弟姉妹の皆さん,わたしがアジアで務めを果たしていた頃,ときどきこう聞かれました。「ゴング長老,アジア地域にいる教会員の数はどのくらいですか。」

わたしは「全世界の人口の半分,つまり36億人ですよ」と答えました。

こうも聞かれました。「全員の名前を覚えるのは大変でしょうね。」

覚えること,忘れることは,日常生活の一部です。例えば,あるとき妻は,新しい携帯電話を探し回った挙げ句,別の電話からその電話を呼び出すことにしました。そして,新しい電話が鳴ると,「誰が電話しているのかしら。まだ誰にも番号を教えていないのに」と不思議に思ったのです。

覚えることと忘れることは,永遠の旅路の一部でもあります。時間,選択の自由,記憶力は,学び,成長し,信仰を増し加える助けとなります。

皆さんがお気に入りの賛美歌の歌詞にこうあります。
主の御名をたたえん
救いのため……
パンと水を分かちて
主を〔覚え〕,証する
毎週聖餐を取るときに,わたしたちは,いつも御子を覚えていることを聖約します。「覚える」という言葉に関する400近い参照聖句から,いつも御子を覚えていられるようにするための方法を6つご紹介しましょう。

第1に,わたしたちは御子と交わした聖約や約束,確約を信頼することによって,いつも御子を覚えていることができます。

主は,アダムの時代から,アダムの子孫が「真理を受け入れて仰ぎ見るとき,シオンは見下ろし,もろもろの天は歓喜に揺れ,地は喜びに震えるであろう」その日まで,永遠に変わることのない主の聖約を覚えておられます。

主は約束したことを覚えておられます。散乱したイスラエルが,イエス・キリストのもう一つの証であるモルモン書によって集められるという約束も,人の価値を覚えている全ての会員や宣教師に与えられている約束も覚えておられるのです。

主は国家や人々を覚え,約束を守ってくださいます。この忙しく,混乱した現代において,「ある者は戦車を誇り,ある者は馬を誇〔ります〕」が,わたしたちは,「これまでと同様に将来も」導いてくださる「われらの神,主のみ名を誇〔ります〕。」「苦難の時代」にあって,わたしたちは「くじかれるのは神の業ではなく,人間の業であることを覚えて」いるのです。

第2に,わたしたちは,生涯を通して主の御手があることを感謝の気持ちで認めることによって,いつも御子を覚えていることができます。

自分の人生に主の御手があったことは,後になって分かることが多いものです。クリスチャンの哲学者セーレン・キェルケゴールが述べたように,「人生は振り返って理解するべきですが,……前に向かって生きるべきもの」なのです。

最近,愛する母の90歳の誕生日を祝いました。母は人生の節目節目にあった神の祝福を,感謝を込めて証していました。家族歴史や家族の伝統,家族のきずなは,過去を懐かしく思い出させてくれるだけでなく,未来への規範と希望を与えてくれます。神権の系譜と祝福師の祝福は,神の御手が世代を超えて働くことを証しています。

皆さんは,自分自身を生ける覚えの書だと考えたことはありますか。そこには,あなたが何をどのように選択して覚えてきたかが刻まれているのです。

例えば,わたしは少年の頃,学校のバスケットボールチームに入りたくてたまらず,練習に練習を重ねました。ある日,コーチがチームにいる身長193センチの州代表選手のセンターと身長188センチのスター選手であるフォワードを指して,わたしにこう言ったのです。「チームに入れてあげてもいいけれど,君はまず試合に出られないだろうね。」そして,「サッカーはどう。いい線行くと思うよ」と優しく励ましてくれたのを覚えています。わたしがサッカーの試合で初めてゴールを決めると,家族は声をあげて喜んでくれました。

わたしたちは,率直に,優しく,忍耐と励ましの言葉をもって,機会や,第2のチャンスを与えてくれた人たちのことを覚えておくことができます。また,わたしたち自身も,誰かが助けを最も必要としているときに思い出してもらえるような存在になれるのです。人から助けられたことや御霊の導きがあったことを感謝の気持ちで覚えていることは,御子を覚える一つの方法です。これは,多くの恵みを数えあげ,主の御業を認める方法なのです。

第3に,「自分の罪を悔い改めた者は赦され,主なるわたしはもうそれを思い起こさない」という主の約束を信頼することによって,いつも御子を覚えていることができます。

告白し罪を捨てることを含めて完全に悔い改めると,罪悪感が拭い去られます。そして,エノスのように「主よ,それはどうしてですか」と尋ねると,「あなたが……キリストを信じているからである」という答えと,「わたしを覚えていなさい」と勧める言葉が聞こえるのです。

一度悔い改めて神権指導者からふさわしいと宣言されたならば,過去の罪を何度も告白する必要はありません。ふさわしくなるとは,完全になるという意味ではないのです。天の御父の幸福の計画は,人生の旅路をつつましく心穏やかに歩み,いつの日かキリストによって完全になることができるようにとわたしたちを招いているのです。今完全でないからといって常に心配したり,挫折感を抱いたり,不幸に感じたりする必要はありません。覚えていてください。神は,わたしたちが誰にも知られたくないと思っていることを全て御存じのうえで,わたしたちのことを愛しておられるのです。

人生では時折,キリストの憐れみと正義,裁きを信じるかどうか,また人と自分を赦し,主の贖いによる癒やしを受けるようにという自由をもたらす主の呼びかけに応じるかどうかを試されることがあります。

ある国の若い女性がジャーナリストの仕事に応募したのですが,彼女に仕事を割り当てた役人はいじわるな人で,こう言いました。「僕のサインで,君はジャーナリストではなく,下水道掘りになるだろうよ。」彼女は大勢の男性の中に一人交じって下水道を掘る仕事をしました。

何年か後,この女性は役人になりました。ある日,仕事で彼女のサインが必要でやって来た男性がいました。

「わたしを覚えている?」と彼女は尋ねましたが,男性は覚えていませんでした。

彼女は言いました。「あなたが覚えていなくとも,わたしは覚えているわ。あなたのサインで,決してジャーナリストにはなれないだろうと言われ,あなたのサインで,大勢の男性の中に一人交じって下水道を掘ることになったのよ。」

彼女は言いました。「自分がされたよりも良い対応をすべきだと感じたのですが,それだけの強さを持ち合わせてはいなかったのです。」時にそのような強さが自分の内になくとも,救い主イエス・キリストの贖いを思い起こすことによってその力を見いだすことができます。

信頼が裏切られ,夢が打ち砕かれ,心が何度も何度も傷つくとき,正義を求め憐れみを必要とするとき,拳を握り締め涙を流すとき,何にすがり何を手放すべきなのかを知りたいとき,わたしたちはいつも御子を思い出すことができます。人生は時折残酷に思えることもありますが,実際にはそれほどでもありません。主の無限の憐れみのおかげで真理と命への道を見いだすことができるのです。

主の御言葉と模範を覚えているとき,人を傷つけることも人から傷つけられることもありません。

わたしの友人の父親は機械工でした。その正直な働きぶりは,丁寧に洗ってあるその手を見れば分かりました。ある日神殿で,誰かが友人の父親に,ここで奉仕する前に手をきれいにするべきだと伝えました。この善良な男性は気を悪くするどころか,それ以後,神殿に参入する前には洗剤を余分に使って自らの手と家族の食器をごしごし洗うようになったのです。このような人こそ,最も清い手と,最も潔い心を持った,「主の山に登るべき者」であり,「その聖所に立つべき者」でしょう。

もし思いやりのない気持ちや恨み,怒りを抱いていたり,人に赦しを請うたりする理由があるのなら,赦しを請うべき時は,今です。

第4に,神は,御自身が常にみもとに喜んで迎えてくださることを覚えているよう呼びかけておられます。

わたしたちは求め,探すことによって学びます。しかし,T・S・エリオットの言葉にあるように,「出発した場所にたどり着いてその場所を初めて知る」ようになるまで探求をやめないでください。準備ができたら,どうか心を開いて,初めて読むかのようにモルモン書をもう一度読んでください。初めて祈るかのように,もう一度,誠心誠意祈ってください。

昔の,あるいはかすかな記憶を頼りに,信仰を深めてください。神には,もう戻れないという地点などないのです。

古今の預言者は,他人や自分の人間的な過ちや欠点,弱点のために,主の回復された福音での真理や聖約,贖いの力を見失わないようにと,わたしたちに切実に説いています。これは,わたしたち不完全な会員が参加してその中で成長していくような教会では特に大切なことです。

預言者ジョセフは言いました。「わたしは自分が完全であると言ったことは一度もありません。しかし,わたしが教えてきた啓示には,まったく誤りがありません。」

第5に,安息日に聖餐を取ることによって,いつも御子を覚えていることができます。地上での務めが終わる頃,また復活後の務めが始まったばかりの頃,救い主はパンとぶどう酒を取り,主の体と血を覚えているようにと言われました。「これを行う度に,あなたがたは,わたしがあなたがたとともにいたこの時を思い起こすであろう。」

聖餐の儀式で,わたしたちは進んで御子の御名を受け,いつも御子を覚え,御子が与えてくださった戒めを守ることを父なる神に証明します。そうすることで,いつも御子の御霊を受けられるようになれるのです。

アミュレクが教えたように,わたしたちが牧場と家畜の群れや,家の者について祈るときや,乏しい人や着る物のない人,病気の人や苦しんでいる人のことを思い起こすときに,主を思い起こします。

最後の第6に,救い主は,御自身がいつもわたしたちを覚えておられるのと同じように,わたしたちも救い主を覚えているようにと勧めておられます。

新世界で,復活された救い主は,その場にいる人々を一人一人招いて,御自分の脇に手を入れさせ,御自分の手と足のくぎ跡に触れさせました。

復活について,聖文にはこう記されています。「手足と関節はことごとくその体に回復される。まことに,髪の毛一筋さえも失われることなく,すべてのものが本来の完全な造りに回復される。」それなら,なぜ救い主の完全な復活体に,いまだに脇腹の傷と,手足のくぎ跡が残っているのかを,どうかよく考えてみてください。

歴史上,時には,死すべき人間に十字架の刑が執行されていたこともあります。しかし,わたしたちの救い主であるイエス・キリストのみが,その純粋な愛のしるしを今も身に残して,わたしたちを受け入れてくださいます。全ての人を主の御名によってみもとに引き寄せるために十字架に上げられるという預言を成就したのは,救い主ただ御一方だけです。

救い主はこう宣言されました。

「たとい彼らが忘れるようなことがあっても,わたしは,あなたを忘れることはない。

見よ,わたしは,たなごころにあなたを彫り刻んだ。

救い主は証しておられます。「わたしは上げられた者である。十字架につけられたイエスである。神の子である。」

いつでも,どのようなことについても,どのような所にいても,わたしたちがいつも御子を覚えていられるよう,へりくだり証し,祈ります。イエス・キリストの神聖かつ聖なる御名により,アーメン。

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このお話は、末日聖徒イエス・キリスト教会2016年4月の総大会からご紹介しました。

赤字は、追加しています。

あなたがたは、わたしの命令を守るかぎり栄えて、約束の地に導かれるであろう。

2022-05-30 04:56:14 | 日記
1ニーファイ2章
20 あなたがたは、わたしの命令めいれいまもるかぎりさかえて、やくそくみちびかれるであろう。まことにそこは、あなたがたのためにわたしがそなえたであって、それはまことに、ほかのあらゆるまさったえりきのである。
20 And inasmuch as ye shall keep my commandments, ye shall prosper, and shall be led to a land of promise; yea, even a land which I have prepared for you; yea, a land which is choice above all other lands.
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1ニーファイ4章
14 わたしニーファイはこのこといたとき、しゅでわたしにわれた、「あなたのそんはわたしの命令めいれいまもるかぎり、やくそくさかえる」ということおもした。
14 And now, when I, Nephi, had heard these words, I remembered the words of the Lord which he spake unto me in the wilderness, saying that: Inasmuch as thy seed shall keep my commandments, they shall prosper in the land of promise.
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2ニーファイ1章
20 しゅは『あなたがたはわたしの命令めいれいまもるかぎりさかえる。しかし、わたしの命令めいれいまもらなければ、わたしのまえからたれる』とわれた。
20 And he hath said that: Inasmuch as ye shall keep my commandments ye shall prosper in the land; but inasmuch as ye will not keep my commandments ye shall be cut off from my presence.
(モルモン書からご紹介しました。)


霊魂のないからだが死んだものであると同様に、行いのない信仰も死んだものなのである。

2022-05-26 04:38:56 | 日記
申命記 

第6章


6:1さてエリコは、イスラエルの人々のゆえに、かたく閉ざして、出入りするものがなかった。




6:2主はヨシュアに言われた、「見よ、わたしはエリコと、その王および大勇士を、あなたの手にわたしている。

6:3あなたがた、いくさびとはみな、町を巡って、町の周囲を一度回らなければならない。六日の間そのようにしなければならない。

6:4七人の祭司たちは、おのおの雄羊の角のラッパを携えて、箱に先立たなければならない。そして七日目には七度町を巡り、祭司たちはラッパを吹き鳴らさなければならない。

6:5そして祭司たちが雄羊の角を長く吹き鳴らし、そのラッパの音が、あなたがたに聞える時、民はみな大声に呼ばわり、叫ばなければならない。そうすれば、町の周囲の石がきは、くずれ落ち、民はみなただちに進んで、攻め上ることができる」。

6:6ヌンの子ヨシュアは祭司たちを召して言った、「あなたがたは契約の箱をかき、七人の祭司たちは雄羊の角のラッパ七本を携えて、主の箱に先立たなければならない」。

6:7そして民に言った、「あなたがたは進んで行って町を巡りなさい。武装した者は主の箱に先立って進まなければならない」。

6:8ヨシュアが民に命じたように、七人の祭司たちは、雄羊の角のラッパ七本を携えて、主に先立って進み、ラッパを吹き鳴らした。主の契約の箱はそのあとに従った。

6:9武装した者はラッパを吹き鳴らす祭司たちに先立って行き、しんがりは箱に従った。ラッパは絶え間なく鳴り響いた。

6:10しかし、ヨシュアは民に命じて言った、「あなたがたは呼ばわってはならない。あなたがたの声を聞えさせてはならない。また口から言葉を出してはならない。ただ、わたしが呼ばわれと命じる日に、あなたがたは呼ばわらなければならない」。

6:11こうして主の箱を持って、町を巡らせ、その周囲を一度回らせた。人々は宿営に帰り、夜を宿営で過ごした。



6:12翌朝ヨシュアは早く起き、祭司たちは主の箱をかき、

6:13七人の祭司たちは、雄羊の角のラッパ七本を携えて、主の箱に先立ち、絶えず、ラッパを吹き鳴らして進み、武装した者はこれに先立って行き、しんがりは主の箱に従った。ラッパは絶え間なく鳴り響いた。

6:14その次の日にも、町の周囲を一度巡って宿営に帰った。六日の間そのようにした。

6:15七日目には、夜明けに、早く起き、同じようにして、町を七度めぐった。町を七度めぐったのはこの日だけであった。

6:16七度目に、祭司たちがラッパを吹いた時、ヨシュアは民に言った、「呼ばわりなさい。主はこの町をあなたがたに賜わった。

6:17この町と、その中のすべてのものは、主への奉納物として滅ぼされなければならない。ただし遊女ラハブと、その家に共におる者はみな生かしておかなければならない。われわれが送った使者たちをかくまったからである。

6:18また、あなたがたは、奉納物に手を触れてはならない。奉納に当り、その奉納物をみずから取って、イスラエルの宿営を、滅ぼさるべきものとし、それを悩ますことのないためである。

6:19ただし、銀と金、青銅と鉄の器は、みな主に聖なる物であるから、主の倉に携え入れなければならない」。

6:20そこで民は呼ばわり、祭司たちはラッパを吹き鳴らした。民はラッパの音を聞くと同時に、みな大声をあげて呼ばわったので、石がきはくずれ落ちた。そこで民はみな、すぐに上って町にはいり、町を攻め取った。



6:21そして町にあるものは、男も、女も、若い者も、老いた者も、また牛、羊、ろばをも、ことごとくつるぎにかけて滅ぼした。

6:22その時ヨシュアは、この地を探ったふたりの人に言った、「あの遊女の家にはいって、その女と彼女に属するすべてのものを連れ出し、彼女に誓ったようにしなさい」。

6:23斥候となったその若い人たちははいって、ラハブとその父母、兄弟、そのほか彼女に属するすべてのものを連れ出し、その親族をみな連れ出して、イスラエルの宿営の外に置いた。



6:24そして火で町とその中のすべてのものを焼いた。ただ、銀と金、青銅と鉄の器は、主の家の倉に納めた。

6:25しかし、遊女ラハブとその父の家の一族と彼女に属するすべてのものとは、ヨシュアが生かしておいたので、ラハブは今日までイスラエルのうちに住んでいる。これはヨシュアがエリコを探らせるためにつかわした使者たちをかくまったためである。

6:26ヨシュアは、その時、人々に誓いを立てて言った、「おおよそ立って、このエリコの町を再建する人は、主の前にのろわれるであろう。
その礎をすえる人は長子を失い、
その門を建てる人は末の子を失うであろう」。

6:27主はヨシュアと共におられ、ヨシュアの名声は、あまねくその地に広がった。

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ヤコブの手紙
2:21わたしたちの父祖アブラハムは、その子イサクを祭壇にささげた時、行いによって義とされたのではなかったか。 2:22あなたが知っているとおり、彼においては、信仰が行いと共に働き、その行いによって信仰が全うされ、 2:23こうして、「アブラハムは神を信じた。それによって、彼は義と認められた」という聖書の言葉が成就し、そして、彼は「神の友」と唱えられたのである。 2:24これでわかるように、人が義とされるのは、行いによるのであって、信仰だけによるのではない。 2:25同じように、かの遊女ラハブでさえも、使者たちをもてなし、彼らを別な道から送り出した時、行いによって義とされたではないか。 2:26霊魂のないからだが死んだものであると同様に、行いのない信仰も死んだものなのである。
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画像は、以下から、引用させていただきました。






ヨルダン川を渡る

2022-05-25 05:04:55 | 日記
ヨシュア記 第4章

4:1民が皆、ヨルダンを渡り終った時、主はヨシュアに言われた、

4:2「民のうちから、部族ごとにひとりずつ、合わせて十二人を選び、

4:3彼らに命じて言いなさい、『ヨルダンの中で祭司たちが足を踏みとどめたその所から、石十二を取り、それを携えて渡り、今夜あなたがたが宿る場所にすえなさい』」。

4:4そこでヨシュアはイスラエルの人々のうちから、部族ごとに、ひとりずつ、かねて定めておいた十二人の者を召し寄せ、

4:5ヨシュアは彼らに言った、「あなたがたの神、主の契約の箱の前に立って行き、ヨルダンの中に進み入り、イスラエルの人々の部族の数にしたがって、おのおの石一つを取り上げ、肩にのせて運びなさい。

4:6これはあなたがたのうちに、しるしとなるであろう。後の日になって、あなたがたの子どもたちが、『これらの石は、どうしたわけですか』と問うならば、

4:7その時あなたがたは彼らに、むかしヨルダンの水が、主の契約の箱の前で、せきとめられたこと、すなわちその箱がヨルダンを渡った時、ヨルダンの水が、せきとめられたことを告げなければならない。こうして、それらの石は永久にイスラエルの人々の記念となるであろう」。

4:8イスラエルの人々はヨシュアが命じたようにし、主がヨシュアに言われたように、イスラエルの人々の部族の数にしたがって、ヨルダンの中から十二の石を取り、それを携えて渡り、彼らの宿る場所へ行って、そこにすえた。



4:9ヨシュアはまたヨルダンの中で、契約の箱をかく祭司たちが、足を踏みとどめた所に、十二の石を立てたが、今日まで、そこに残っている。



4:10箱をかく祭司たちは、主がヨシュアに命じて、民に告げさせられた事が、すべて行われてしまうまで、ヨルダンの中に立っていた。すべてモーセがヨシュアに命じたとおりである。民は急いで渡った。

4:11民がみな渡り終った時、主の箱と祭司たちとは、民の見る前で渡った。



4:12ルベンの子孫とガドの子孫、およびマナセの部族の半ばは、モーセが彼らに命じていたように武装して、イスラエルの人々に先立って渡り、

4:13戦いのために武装したおおよそ四万の者が戦うため、主の前に渡って、エリコの平野に着いた。

4:14この日、主はイスラエルのすべての人の前にヨシュアを尊い者とされたので、彼らはみなモーセを敬ったように、ヨシュアを一生のあいだ敬った。

4:15主はヨシュアに言われた、

4:16「あかしの箱をかく祭司たちに命じて、ヨルダンから上がってこさせなさい」。

4:17ヨシュアは祭司たちに命じて言った、「ヨルダンから上がってきなさい」。

4:18主の契約の箱をかく祭司たちはヨルダンの中から上がってきたが、祭司たちの足の裏がかわいた地にあがると同時に、ヨルダンの水はもとの所に流れかえって、以前のように、その岸にことごとくあふれた。



4:19民は正月の十日に、ヨルダンから上がってきて、エリコの東の境にあるギルガルに宿営した。

4:20そしてヨシュアは、人々がヨルダンから取ってきた十二の石をギルガルに立て、

4:21イスラエルの人々に言った、「後の日にあなたがたの子どもたちが、その父に『これらの石は、どうしたわけですか』とたずねたならば、

4:22『むかしイスラエルがこのヨルダンを、かわいた地にされて渡ったのだ』と言って、その子どもたちに知らせなければならない。

4:23すなわちあなたがたの神、主はヨルダンの水を、あなたがたのために干しからして、あなたがたを渡らせてくださった。それはあたかも、あなたがたの神、主が、われわれのために紅海を干しからして、われわれを渡らせてくださったのと同じである。

4:24このようにされたのは、地のすべての民に、主の手に力のあることを知らせ、あなたがたの神、主をつねに恐れさせるためである」。

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ヨシュアという名前(ヘブライ語ではYehoshuaまたはYeshua)は,「エホバは救う」という意味であることを覚えておくとよいでしょう。また,イエス(Jesus)という名前はYeshuaに由来します。このことを踏まえて,ヨシュアについて読みながら,イスラエルの子らを約束の地に導くという彼の使命が,救い主の使命とどんな点で重なるか考えてください。

※末日聖徒イエス・キリスト教会
「私に従って来なさい」
から、引用しました。


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イエス・キリストは、ヨルダン川でバプテスマを受け、永遠の命という約束の地へと、神の民を導いておられます。


こちらから、学びました。




主があなたがたのうちに不思議を行われるからである

2022-05-24 04:56:01 | 日記

ヨシュア記 第3章


3:1ヨシュアは朝早く起き、イスラエルの人々すべてとともにシッテムを出立して、ヨルダンに行き、それを渡らずに、そこに宿った。

3:2三日の後、つかさたちは宿営の中を行き巡り、

3:3民に命じて言った、「レビびとである祭司たちが、あなたがたの神、主の契約の箱をかきあげるのを見るならば、あなたがたはその所を出立して、そのあとに従わなければならない。

3:4そうすれば、あなたがたは行くべき道を知ることができるであろう。あなたがたは前にこの道をとおったことがないからである。しかし、あなたがたと箱との間には、おおよそ二千キュビトの距離をおかなければならない。それに近づいてはならない」。

3:5ヨシュアはまた民に言った、「あなたがたは身を清めなさい。あす、主があなたがたのうちに不思議を行われるからである」。

3:6ヨシュアは祭司たちに言った、「契約の箱をかき、民に先立って渡りなさい」。そこで彼らは契約の箱をかき、民に先立って進んだ。


3:7主はヨシュアに言われた、「きょうからわたしはすべてのイスラエルの前にあなたを尊い者とするであろう。こうしてわたしがモーセと共にいたように、あなたとともにおることを彼らに知らせるであろう。

3:8あなたは契約の箱をかく祭司たちに命じて言わなければならない、『あなたがたは、ヨルダンの水ぎわへ行くと、すぐ、ヨルダンの中に立ちとどまらなければならない』」。

3:9ヨシュアはイスラエルの人々に言った、「あなたがたはここに近づいて、あなたがたの神、主の言葉を聞きなさい」。

3:10そしてヨシュアは言った、「生ける神があなたがたのうちにおいでになり、あなたがたの前から、カナンびと、ヘテびと、ヒビびと、ペリジびと、ギルガシびと、アモリびと、エブスびとを、必ず追い払われることを、次のことによって、あなたがたは知るであろう。

3:11ごらんなさい。全地の主の契約の箱は、あなたがたに先立ってヨルダンを渡ろうとしている。

3:12それゆえ、今、イスラエルの部族のうちから、部族ごとにひとりずつ、合わせて十二人を選びなさい。

3:13全地の主なる神の箱をかく祭司たちの足の裏が、ヨルダンの水の中に踏みとどまる時、ヨルダンの水は流れをせきとめられ、上から流れくだる水はとどまって、うず高くなるであろう」。

3:14こうして民はヨルダンを渡ろうとして天幕をいで立ち、祭司たちは契約の箱をかき、民に先立って行ったが、

3:15箱をかく者がヨルダンにきて、箱をかく祭司たちの足が水ぎわにひたると同時に、――ヨルダンは刈入れの間中、岸一面にあふれるのであるが、――

3:16上から流れくだる水はとどまって、はるか遠くのザレタンのかたわらにある町アダムのあたりで、うず高く立ち、アラバの海すなわち塩の海の方に流れくだる水は全くせきとめられたので、民はエリコに向かって渡った。

3:17すべてのイスラエルが、かわいた地を渡って行く間、主の契約の箱をかく祭司たちは、ヨルダンの中のかわいた地に立っていた。そしてついに民はみなヨルダンを渡り終った。

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本日もお読みいただいてありがとうございます。

良い1日をお祈りします。