正月も7日を過ぎて”街探”再開です。仙台東照宮や朝日神社、四谷用水”上杉山橋”周辺を巡りました。
冬の青空に陽がさして、すがすがしい気分になり、絶好な参拝日和です。
成人の日でもあり、着物姿の女性もちらほら見受けられました。
仙台東照宮は以前訪問しましたのでこちらをご覧下さい。
辻標3番の二本杉通は、現在の空堀丁付近から、北七番丁までの通り。通りの北端には、
通り名の由来とされる、こちらの朝日神社があります。
縁起によれば、源頼朝の奥州征伐にさかのぼり、朝日巫女の伝説と共に
姥杉、翁杉がありました。杉は代替わりもされたでしょうが、その杉は今はありません。
社内が少々荒れているのが残念です。
現状維持のためでしょうか、まわりは駐車場となっていました。
ひとまわりして東照宮に戻る途中、東北大学農学部跡地、仙台市内一番の話題の現場、上杉イオンの建設現場があります。すでに仙台厚生病院の建物が完成しています。イオンがどんな建物になるか、大きな関心事です。そして目の前の北六番丁の通りは、伊達政宗の町づくりの目玉”四谷用水”が流れていた場所です。(左から右へ)
暗渠となっている四谷用水の数少ない遺構として、用水に架かっていた”かみすぎやまはし”の道標があります。
小さいですが、はっきり読み取れます。
北六番丁通りを東進し、宮町を越えると、梅田川にぶつかり、藩政時代は、ここが本流の終点でした。
金属製の水門があり、これが終点かと思っていましたが、実は下水口で、現在、用水自体は、もっと地下を流れて、大梶方面に通じ、工業用水に使われているそうです。水は、有効活用しないといけませんし、政宗公に申し訳ありません。
いずれ、”四谷用水”については、あらためてその痕跡を”街探”してみようかと思います。
四谷用水については、仙台市のHPに詳しく紹介されています。
四ツ谷用水再発見事業|仙台市 (city.sendai.jp)