広島の人・エポカわ~るど編集日記

広島の人に関する情報誌HP「エポカわ~るど」の姉妹編として、情報を提供します。

出会いの場・交流の場・お好みハウス「あかとんぼ」/福田誠三・英美さん

2012年02月09日 20時34分27秒 | 日記


 福田誠三さん夫妻が経営するお好みハウス「あかとんぼ」は、「広島風お好み焼き+つけ麺の店」として定評があります。加えて、最近いろいろな楽しいイベントを常時開催しており、出会いの場・交流の場「あかとんぼ」としても好評を博しています。その経緯や状況を福田夫妻にお尋ねしました。

詳細⇒http://www.epocaclub.com/


<一言メモ>

「あかとんぼ」にはロマンがあります。
 福田誠三さんは、お父さんが経営していた「とんぼ食堂」で生まれました。当時は病院でなく産婆さんの手で生まれるのが普通だったのです。
 産婆さんは、これで終わりと思っていたら、もう一人小さな赤ん坊が出てきたのでビックリ。これが誠三さんでした。

 誠三さんと一嘉さんは一卵性双生児で、容姿も行動も非常に似通っていました。2人は大学を卒業すると、モーツァルトで修業した後、お父さんが引退した「とんぼ食堂」を引き継ぎました。
 店名は「あかとんぼ」、サービス内容は関西風お好み焼きと広島風お好み焼きに改めました。関西風お好み焼きは売れ行きがよくなかったので、しばらくして撤退しましたが、商売はたいへん順風でした。

 誠三さんが27歳のとき、妻になる英美さんに出会いました。相性が良かったのでしょう。1年で結婚しました。
 誠三さんは語ります。
「いっしょにやっていけると確信したんです。彼女はピアノの先生をしており、ぼく以上の収入があるんです。二馬力なので、ずいぶん貯金ができました。もちろん、それが目的で結婚したわけではありません(笑)。ピアノの先生は3年後辞めました」
 子どもが次々に生まれ、一男三女に恵まれます。みんなバスケットが好きな「バスケット一家」です。
 福田さん一家には、「みんな、やさしくて明るくて」という家訓があります。文字どおり楽しい一家です。

 良い状況はいつまでも続かないものです。誠三さんが35歳のとき、環境が一転しました。バブルがはじけ、おまけに、広島大学が東広島市へ移転しました。そのため、毎日、閑古鳥、まさに「夢のあと」になりました。
 二家族分の収入を上げることが絶望的になったので、兄の一嘉さんは「あかとんぼ」から撤退し、県北の千代田町で美味しい水を使ってパンづくりを始めました。2人がついに離れ離れになったのです。

 誠三さんはピンチから脱するため、お好み焼きの宅配便やつけ麺を始めました。
 「あかとんぼ」の最大の変化は、「出会いの場・交流の場」に生まれ変わったことです。
 お客さんの岡寺憲一さんから、
「お客さんを待つのではなく、呼んだらどうだ」
 と言われ、いろいろなイベントを開催し始めたのです。
 誠三さんの弁。
「お客さんがたいへん喜んでくださいました。大成功です。こんな方法があったのかと思いました」
 奥さんの英美さんの弁
「その頃から、主人は変わりました。お好み焼きを焼くとき、気分が向かないと、それが顔に出ていましたが、今ではいつも楽しそうにお好み焼きを焼くようになりました」

 誠三さんは、これからの抱負を次のように語ります。
「あかとんぼを『人の交流の場』にすることは、これからもずっと続けていきます。『自分も楽しく、他人も楽しく』をモットーに経営していきたいと思っています」
 
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     http://www.epocaclub.com/preserv/index.htm
                            
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