電関人がそれを見たのは、竜華区の罐が阪和線で運用に入っていた時のみ。
らしくないのだが、ある意味貴重な存在だった。
しかもこの写真を撮った時期には、わずかな所属両数のうちに40号機とこの43号機、それに66号機と大窓機が贅沢にも3機居た。
流線型の長い急客機が2軸の貨車を牽く姿は、むしろ新鮮に映った。
1978年8月7日 阪和線 和歌山(?)EF5843号機 貨物 列番不明
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大窓の66号機、カッコよかったです。
兄貴分の大窓65号機、宇都宮運転所に移籍してから 寝台特急 北星を牽引していたのを思い出しました。
関東では一度だけ茶色になった89号機が貨物を牽いたことが確かありましたが,それ以外は聞いた事がありません。
初めましてでよろしかったですかね!?
コメントありがとうございます。
紀州みかんなど重たい荷物はまだまだ貨物列車が日本全国中で
運んでいた佳い時代でしたね。
65号機は電関人が遠征したこの夏には休車扱いになって
宇都宮の庫にいました。
竜華の罐、最後にシールドビーム2灯改造がいただけませんでした。。。
この少し前までEF52が現役だったり、私鉄時代のその歴史も個性的で
なんとなく惹かれる路線でした。
惜しむらくは、この一回だけでしかもあまりの暑さに肝心な
山中渓の名ポイントまで足を運ばずでした(悔)
当時、貨物はED60とEF15,58共通で牽いており、雄ノ山越え対応で重連もありました。
普段は普通夜行「南紀」が唯一の定期旅客運用でしたし、団臨や臨客「きのくに」がないと昼間は貨物のみでしたね。
山中渓で懐浪漫人さんと撮影したのも思い出です。
電関人としては、ちょっと名残惜しい竜華のゴハチたち。
この1回のみの撮影でした。最初に休車になった罐など
竜華には様々なエピソードがあっただけに機関区を覗いてみたかったです。