🟩置かれた場所で咲きなさい🟩
初めての土地、思いがけない役職、未経験の事柄の連続、それは私が当初考えていた修道生活とは、あまりにもかけはなれていて、私はいつの間にか“くれない族”になっていました。
「あいさつしてくれない」こんなに苦労しているのに「ねぎらってくれない」「わかってくれない」
自信を喪失し、修道院を出ようかとまで思いつめた私に、一人の宣教師が一つの短い英語の詩を渡してくれました。その詩の冒頭の一行、それが「置かれたところで咲きなさい」という言葉だったのです。
岡山という土地に置かれ、学長という風当たりの強い立場に置かれ、四苦八苦している私を見るに見かねて、くださったのでしょう。私は変わりました。そうだ。置かれた場に不平不満を持ち、他人の出方で幸せになったり不幸せになったりしては、私は環境の奴隷でしかない。人間と生まれたからには、どんなところに置かれても、そこで環境の主人となり自分の花を咲かせよう、と決心することができました。それは「私が変わる」ことによってのみ可能でした。
いただいた詩は、「置かれたところで咲きなさい」の後に続けて、こう書かれていました。「咲くということは、仕方ないと諦めることではありません。それは自分が笑顔で幸せに生き、周囲の人々も幸せにすることによって、神が、あなたをここにお植えになったのは間違いでなかったと、証明することなのです」
私は、かくて“くれない族”の自分と訣別(けつべつ)しました。私から先に学生にあいさつし、ほほえみかけ、お礼をいう人になったのです。そうしたら不思議なことに、教職員も学生も皆、明るくなり優しくなってくれました。
「置かれたところで咲く」この生き方は、私だけでなく学生、卒業生たちにも波及しました。結婚しても、就職しても、子育てをしても、「こんなはずじゃなかった」と思うことが、次から次に出てきます。そんな時にも、その状況の中で「咲く」努力をしてほしいのです。どうしても咲けない時もあります。雨風が強い時、日照り続きで咲けない日、そんな時には無理に咲かなくてもいい。その代わりに、根を下へ下へと降ろして、根を張るのです。次に咲く花がより大きく、美しいものとなるために。
出典元:(置かれた場所で咲きなさい ノートルダム清心学園 渡辺和子 幻冬舎)📗
私にとっては、この外気の中での美しい研究がありがたい。私の部屋は私を苦しめる。小さすぎ手足を痛める靴のようだ。そして都会… 美しい都会、幾度も言わねばならないが、私が自分を知る一切のものを学び得たのは野原や森の外気の中でのことである☃️
咲かずして散る花はない
努力なく挫折はない
挫折なくまた咲く花もなし
辛い思いは全てプラスになる。苦しかったこと、悲しかったことが、いつか必ず花開く時が来る。辛いこと、悲しいことは幸せになるための必要事項。花開き、実を結ぶときに辞めてしまってはいけない🌸
リンクモア会報誌「めめんと青森第3号」の「青森の人シリーズ」に青森山田高校サッカー部黒田剛監督が登場します。三代目「川よし」での取材は、オーナーに色紙、サイン入り黒田本を贈呈。お返しに田酒とお食事券をいただきました。実に楽しいひとときでした。最近、落ち込み気味の小生は元気パワーを充電できました。黒田夫妻、立木記者、齋藤カメラマン、飛び入り参加のワイズ蔵田社長に感謝します。あまりにも愉快なので時間延長を大将にオファーしたら、コロナ感染防止でガチ断られました。大将が話した時間をロスタイムに参入してほしいと言うべきでした。ますます脂がのって、うなぎ登りの黒田剛監督には、3月7日午後6時から平安閣アネックスで「特別トークショー」をお願いしております。パン粉っこ!爆笑❣️
私は貝になりたい❣️
貝は優しい。食べる人を慰めて何も見返りを求めない(^◇^;)
Did you know?
Once upon a time, there was a time when nothing...... was everything....