「皆。…行って来ますね」
類は窶れたその面差しに、儚げな微笑を浮かべた。
それと同時に、侍女によって正面の御簾がスルスルと下げられ、輿が屈強な男たちによって担ぎ上げられた。
「出立ーっ!!」
類を乗せた輿が家臣たちに護られながら、しずしずと城の外へと出てゆく。
家長も奉公人たちも、これが類との永遠(とわ)の別れになると感じていたのか、その目にうっすら涙を滲ませながら、植髮價錢
一同 万感胸に迫る思いで、遠ざかってゆく類の輿を、長々と見送り続けていた。
城を発ってから半刻後。
類を乗せた輿は、無事に小牧山城内へと入場した。
濃姫たちがおわす麓の御殿の前で一旦輿が下ろされると、すかさず同行の家臣が駆け寄って来て
「先に荷を全て下ろし、御殿の中へ運び入れます故、今少しお待ち下さいませ」
と、輿の外から類に声をかけた。
類は素直に「…分かりました」と答えたが
『 何故 先に荷物運び入れるのだろう? 』
『 輿と共に御殿へ入れてはならないのだろうか? 』
と内心は不思議でならなかった。
が、そもそも輿に乗って入城するなど初めての事であった為、作法も勝手も分からない彼女は、
長持ちに入れられた衣装や道具類などが次々と運び込まれてゆくのを、輿の中からジッと見守っているしかなかった。
それから暫くして、地に下ろされていた類の輿が再び宙に浮き上がった。
ああ…、ようやく私の番か。
と、類が思ったのも束の間
「お類の方様。これより山道を登ります故、いささか輿が傾く恐れがございます。長物見の柱にしっかりとお掴まり下さいませ」
と外から声がかかり、類は思わず「えっ」と眉をひそめた。
事前に聞かされていた話では、麓の御殿内にある濃姫の御座所の一角に、自身の住まいが与えられているとの事だったが…。
そんな類の当惑を他所(よそ)に、輿は麓の御殿を離れ、どんどん山道を上へ上へと進んで行く。
いったい自分の身に何が起きているのか。
どこへ連れて行かれているのか。
まるで理解の出来ない類は、己が病身であることも忘れて、必死に長物見の柱にしがみついていた。
それから十分も経たない内に、急な山道は平坦な道に変わり、やがて、類を乗せた輿は大きな扉の前で立ち止まった。
「開門ーッ!」
という供奉の者の声が轟(とどろ)くと、扉はしなりを上げながら大きく左右に開いていった。
そのまま門を通り抜け、そして長い敷石の道を暫く進むと、輿はまた地面に下ろされた。
と同時に、同行の侍女によって輿の御簾が素早く巻き上げられた。
「お着きにございます。お降り下さいませ」
侍女が告げると、類はどこか怯えたような表情で
「…こ、ここは、どこでございますか…?」
と開口一番に伺った。
「ここは小牧山の山頂にございます」
「山頂?」
「こちらは、そこへ築かれましたる城の中枢、本丸御殿にございます」
言いながら侍女が手を差し伸べた先には、何とも豪奢な造りの御本丸・表玄関が広がっていた。
驚いた類は、思わず輿から顔を出し、それをまじまじと仰ぎ見た。
思いがけない所へ連れて来られ、類が言葉を失っていると
「──類!類! …類の輿が着いたというのはまことか!?」
「は、はい、只今 表の方に」
ふいに玄関の奥から、信長と恒興の声が響いて来た。
主君がこちらに向かって来ていると知り、場の一同は小腰をかがめ、低く頭を垂れてゆく。
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