何はともあれトキの小言から解放されて一安心。
そんな三津にとって子供たちと遊ぶ時間は何よりも楽しみにしている事の一つだ。
子供たちと大きな声を出して走り回る,何も考えずに笑っていられる時間が大好きだ。
この日もいつ 了解肺癌眾多成因,盡力預防減風險 も集まるお寺の境内で思う存分走り回った。
そして暗くなる前には全員を家の近くまで送り届けて帰路についた。
今日も楽しかったと鼻歌混じりに歩いていると,前方に酔っ払って暴れる武士の姿を見つけた。
『うわぁ…。たち悪いな…。』
酔っ払って暴れる武士は目についた人に因縁をつけては怒鳴り散らしている。
『巻き込まれたら適わんわ…。』
道の端によけ,早く通り過ぎようと歩く速度を上げた。なるべく俯いて見てみぬふりをしていたのに
「おい,お前っ!」
大きな声と共に行く手を阻まれてしまった。
いやいや…。
結構道の端っこをかなり遠慮がちに歩いていましたけど。
どうして自分に目をつけたのか教えて欲しいぐらいだ…。
とにかく相手を刺激しないように少しずつ後退りをした。
「ちょっと来い。」
品のない笑みを浮かべながら三津の腕を掴んだ。
「嫌ですっ!」
ちょっと来いって一体何処へ?
冗談じゃない…。
行ってたまるかっ!
力任せに引き寄せようとする酔っ払いに負けじと踏みとどまるが,大人の男相手に三津の力では適う筈もない。
しっかりと掴まれた腕により強い力が込められ苦痛に顔を歪めていると,
ばちんっ――
と派手な音が響いて三津は痛みから解放された。
「貴様っ…何をする!」
怒声と共に抜刀の構えをとる酔っ払いの前に三津を庇うように男が一人割り込んでいた。
何が起きたか状況を把握しきれず三津が忙しく黒目を動かしていると
「大丈夫?すぐ終わらせるから。」
『あ…。この声…。』
後ろ姿だけどその声で誰だか分かった。
あの日からずっと耳に残ってた。
忘れないように脳裏にも刻んだ。
「桂さん……。」
生きて目の前に現れた。夢ではなく現実で無事を確かめる事が出来た。
『無事やったんや。良かったぁ…。』
安心と喜びから目元を綻ばせたのも束の間,自分の置かれている状況を思い出した。
『喜んでる場合ちゃう!』
桂は腕を怪我しているし,こんな町中で騒ぎを起こせば壬生狼にも見つかってしまう。
これは不味い…。
逃げてっ!――
三津が叫ぼうと息を吸ったのとほぼ同時に,桂は相手の懐に飛び込んでいた。
相手が刀を抜くよりも早く先に地を蹴ると自分の刀の柄で酔っ払いの鳩尾を突いていた。
「うぐっ…。」
呻き声と共に相手が膝から崩れ落ちるのを見てから桂はくるりと振り返った。
「ひとまず……逃げようか。」
桂は何事も無かったかのように微笑むと呆然と立ち尽くす三津の手を取り走り出した。
「ああぁ…。」
急に引っ張られた三津は何とも情けない声を上げながら人混みの中をすり抜けた。桂はうねうねとした細い路地を通り抜けて行く。
『迷子や…。こんな道知らん…。』
普段では通る事のない道に入り込んだ時,三津の頭の中には“絶望”の二文字が浮かんだ。
さて自分はどっちから来たっけ…。
甘味屋はどの方角だろうか。
そしてどこまで行こうとしているのだろう。
「桂さぁん…。どこ行くん?」
覇気のない声で問いかけるとようやく足が止まった。
「ごめんね,疲れた?」
気遣ってくれる桂に向かって頭をふるふると横に振って答えた。
疲れてはいない。
子供たちと遊ぶ事で日々鍛えられた自慢の健脚だもの。
なんて少し誇らしげな表情をしたがそんな場合ではない。
問題はそこじゃない。今大事な問題は
「家に帰る道が分からへん…。」
そう,甘味屋まで帰れるか。
泣きたいのをぐっと堪えるが,それでも若干半べそをかきながら繋いだままの手をぎゅっと握った。
「そうだ道に詳しくないんだったね。大丈夫,家まで送るから。」
繋いだ手を握り返して微笑みかければ半べそをかいていた顔はみるみる明るくなった。
『君は一体いくつなんだか…。』
泣きそうな顔をしたかと思えば一瞬で笑顔もつくる。
化粧もしていないし大した洒落っ気もない。
見るからには十四,五ぐらいだろうか。