やがて暗闇の奥から、松明を手にした何百という兵たちの影が、整然と列を成しながら、真っ直ぐこちらへ向かって来る光景が見えた。
濃姫は門の手前でふいに足を止めると、その中に信長の姿がちゃんとあるかどうか、目を凝らして捜し始めた。
しかし、どういう訳か夫の姿が見つからない。
馬上にある男たちの顔ぶれに目を向けても、あの茶筅髷に袖なし帷子の、大うつけ殿の姿は見つけられなかった。植髮價錢
こんな事は始めてだ。
あれほどに奇抜な身形の夫。いつもならば真っ先に目に留まるはずなのに…。
濃姫が思わず困惑していると
「──お濃っ!帰ったぞ!」
先頭の兵たちが城門を潜るのと同時に、溌剌とした信長の声が響いてきた。
濃姫はまるで小鳥のように、頭を上下左右に大きく動かして、愛しい夫の姿を必死に捜した。
しかしそれでも見つからないので、今の声は空耳だったのであろうか?と、濃姫が首を捻っていると、
行列の先頭にいた正装姿の若人が、馬上から素早く地面に降り立って、つかつかと姫の方に歩み寄って来た。
濃姫は再び目を凝らして、向かって来る相手の顔を確認しようとしたが、
後ろの兵たちが手にしている松明の灯りが逆光となり、はっきりとその面差しを窺う事が出来なかった。
それとちょうど同じ時
「姫様ー!お待ち下さいませー!」
「勝手に飛び出していかれては困りまする!」
後ろから三保野とお菜津が、片手に持った手燭の火が消えないように注意しつつ、駆け足でやって来た。
「また姫様は!お一人で行動なされますなと、いつもいつもご注意申し上げておりますのに!」
「左様にございます。以後はお気をつけ下さいませ」
三保野とお菜津の声に気を取られ、濃姫が軽く後ろを振り返っていると
「──外まで出迎えに参るとは、なかなか殊勝な心がけじゃな、お濃」
歩み寄って来ていた先程の若人が、いつの間にか濃姫の前に立ちはだかっていた。
今度は、背後の侍女たちの手燭の灯りのおかげで、はっきりと相手の面差しを拝せるようになったが、
それを目にした瞬間、濃姫は驚きのあまり、一瞬後ろに仰け反ってしまいそうになった。
「……殿…。本当に殿なのでございますか !?」
「応よ。他に誰に見えると申す?」
「だって、その御髪、その御召し物は──」
「おお!これか! どうじゃ、よう似合うているであろう」
「ええ…とても」
信長の変貌ぷっりを目の当たりにして、濃姫は思わず目を白黒させた。
いつの間にやら夫の御髪は美しく結い上げられ、衣装こそ会見の折の長袴ではなかったが、青磁色の木瓜紋入りの裃を見事に着こなしている。
信長が単なるうつけ者でないと分かっていながらも、この大胆な変わり様には、さすがの濃姫も驚きを隠せなかった。
「しかしながら殿。どうして急にそのような、その…、まともな身形を?」
言葉を選ぶようにして姫が訊くと
「そなたが言うたのではないか。蝮の親父殿は礼儀作法や身形にはとかく厳しいお方だと」
「まぁ、その為にわざわざ!?」
「阿呆ぅ、左様な訳があるまい。儂の思惑は別のところじゃ」
「別のと申されますと?」
「それはそれ、色々とな」
「色々では分かりませぬ、しかとお話し下さいま──」
濃姫が訊きかけていると、突然 信長の両腕が大きく広がり、姫の華奢な身体を包み込んだ。
「! …と、殿、何をなされまする!?」